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◇三度目の恋でもネットプリントss
 先生視点の幕間話



 何回言ってもこうなのだ。皆それなりに気をつけていると言うわりに、あっという間に魔窟へと逆戻り。いざ資料を探しに来てもすぐに見つかったためしがない。つい出そうになった大きな溜息をぐっと飲み込んだ。何故だか分からないがここで溜息をついたら負けた気がする。代わりに大きく鼻息を噴き出して気合いを入れた。絶対に二時間でここから脱出してみせる。ぐっと腕まくりをして、まずは机の板が見えるように山を崩すことにした。



 アカデミーで教える教科は幅広い。それをカバーする為の資料は日々自然と膨らんで、ついには書架へと収まらなくなる。それをどうすべきかと考えるのは、いつだって貧乏くじを引く人間一人だけだ。大抵の人間は、誰かがどうにかするだろうと、持て余した本をぽんと何かの上へ置く。それが一つ二つと積み重なれば、目の前の惨状の出来上がりだ。行動に悪気があるとかないとか、そういう問題ではない。ただそれを自然と許してしまえる人間かどうかの問題であって、残念ながら俺は許してしまえるが見逃せないという残念な性分だった。これが自室なら放っておいただろうけど、と苦笑いが浮かぶ。どうしても、自分勝手にはなりきれない。当たり前のようでいてそうではないのだとこの年ならば分かっているが、それを変えるかどうかはまた別の問題だ。

 一人で生きてきた時間が長かった。まだ庇護を求めても良い年で両親を失い、たった一人で放り出された世界はあまり優しいとは言えなくて。生きてゆく為に、忍として駆け抜けるのが精一杯だった。時代が悪かったという言い方も出来るが、それが慰めになる訳ではないし、恨み言を言うでもない。ただ生きる為に受け入れて諦めていたら、いつの間にか時間が経っていただけの話だ。
 それなりのやりがいと細やかな喜びを、一つずつ拾い集めては大丈夫だと自分を納得させる。平凡な男として、とびきりの幸せはなくともそこそこ生きてゆけるはずだったのに。目を閉じると浮かぶのは、いつだってただ一人の人。目蓋の裏でキラキラと光る銀色が、全てを狂わせてしまったのだ。



 里の誉れと呼ばれる上忍は、その実力だけでなく人気も里一番だった。老若男女あらゆる人間から声をかけられ、色目を使われ、告白されて。それでも誰一人として、彼の心を得られる人間はいなかった。心に決めた人がいるのだとか、もうその相手が亡くなっているのだろうとか、周りは好き放題言っていたが、誰しもが口を揃えて言うことが一つだけある。それは、「優しく振ってもらえるよ」というこれ以上ないくらい皮肉な、本当の話。
 男だろうと女だろうと、たとえ全く面識のない相手だとしても邪険に扱われることはない。誰が告白しても眉を八の字に下げ、あの少し眠たげな目を細めて申し訳なさそうに「ごめんね?」と言ってもらえるらしい。その響きは思わず真っ赤になって逃げ出してしまうほど優しくて、だから玉砕覚悟で突撃する人間が後を絶たないのだ。

 天と地ほども立場の違う人に、何故恋をしてしまったのか。見ない振りをしても、必死に押し潰しても、ずっと変わらず胸の真ん中へと居座り続けた固まりは、ちょっとした刺激で爆発してしまいそうなほどに膨れ上がった。いつどこで破裂するか分からない心を抱えたままでは苦しくて、自ら潰すことを選んだ。結末など分かりきっていても他に道はない。誰にでも変わらないと聞いていたから。きっと、俺にも優しくしてくれると、そう期待して打ち明けたのに。

「いいよ」

 返ってきた言葉に耳を疑った。ひょっとしたらあと十秒。いや、三秒待っていたら違う言葉を言われたかもしれない。でもきっと、俺が頭を下げてしまったから言い直せなかったのだと思う。何で俺は、カカシ先生の顔を見ずに「ありがとうございます」なんて言ってしまったのだろう。あと三秒待っていたら、世界は違っていた。



 迷惑にならないように、嫌がられないように。細心の注意を払ってカカシ先生と付き合い始めた。もちろん二人の関係は誰にも内緒。軽い任務の後、夜間任務が入ってない夜、早朝任務が控えてない場合を選んで慎重に声をかけた。飯に誘う時は受付の外で声をかけたし、たとえ誰かに見られたとしても普通の飲み友達に見えていたはず。一緒の時を過ごせるのは嬉しくて、でも負担に思われないよう常に平常心を忘れずに。浮かれる心を押さえながら続ける逢瀬はそれなりに楽しかったが、そう長くは続かない。ある日突然気付くのだ。俺が追いかけるのは、いつも彼の背中。カカシ先生から声をかけられることはなく、いつだって俺が追いかけて彼の背中へ縋るのだ。待ってください、こっちを向いて。繰り返される言葉が向こうから返されることなどなかった。

 夢はいつか醒める。それでも現実を繋げてゆくには、因が必要だった。どれだけ見つめても探っても何も見つからず、一人途方に暮れる。

「いいよ」

 たった一言だけが全てだった。拒絶も否定もないけれど、受容も肯定もない。ただ彼はそこにいて流されているだけのようで、胸の中に生まれた闇は日に日に大きくなっていった。胸の中心にあった苦しいほどの恋心は、いつの間にか不安や疑心に変わってしまい、どうしても消えてくれない。誰も受け入れなかった人が、俺だけに「いいよ」と言ってくれた。それだけを信じ続けるには人生を知りすぎていた。俺はいい年をした大人で、もう無垢な子供ではないのだから。

 無言で向けられた背中に喉を詰まらせ、求められれば心が弾む。日々激しく上下する感情を持て余し、少し疲れていた。今更恋人面して甘えるなど出来なかったし、どう思っているのかと正面切って問い質すことも出来ない。何がいけなかったのか、どこで間違えてしまったのかとどれだけ考えたとしても、結局は独り相撲だ。彼に迷惑をかけたくない。だけど悲鳴を上げる心はもっと違う形を望んでいる。口に出せない思いや身の程知らずな願いが、胸の中の闇をどんどん大きくしていった。


   ***


 単純作業は頭を空っぽにして取り組めるが、胸の痛みを思い起こさせる。今やるべきではなかったと、机の上を片付けた所で切り上げた。最後に残った本を持ち上げると、下敷きになっていた巻物が目に入る。手を伸ばそうとして動きが止まった。淡い桃色の巻物なんてあっただろうか。きっちり封じてあるのを確認して慎重に開く。最初の一文を見て思わず大声が出てしまった。
「何だこりゃ」

――押して駄目なら引いてみろ

 誰かが作ったダミーかと読み進めると、作ったのは自来也様だと分かった。生唾をごくんと飲み込み、緊張に乾いた唇をペロリと舐める。墨で記された術の名前を、そっと指先でなぞった。今ここで、この巻物に出会ったのは、そういうことなのかもしれない。きっとそうなんだ。

 もし、いつも背中にかけられていた声が聞こえなくなったら、彼はどうするんだろう。決して距離が縮まらない人を追いかけ続ける鬼ごっこは、永遠に続くように思えて辛かった。この術を使えば鬼が入れ替わるかもしれない。ひょっとしたら何か見えるのかもと過ぎった思いは甘く、ほんの僅かな期待がぐっと膨れ上がった。彼が一方的に鬼ごっこをやめたとしても、それはそれで、多分。



 突如目の前に現れた誘惑に抗うのは難しかった。誰もいない、放課後の資料室。薄闇に包まれた部屋はしんとしていて、落ち着こうと深呼吸する音が響き渡る。恋縛りの術と書かれた横に、印を組む順番が記してあった。印の組み立て自体はそう難しくなく、すぐにでも発動できそうだ。三忍とまで呼ばれた人の術は完璧に見えて、拒絶する理由が見つからない。俺が今この術を使っても、困る人などいないはずだ。恋人という肩書きを持つ彼でさえも、困らないかもしれない。



 心の中で後押しする声を退けるには、些か疲れていた。何度も訪れている場所、何度も見ている机なのに、この巻物を見た覚えはない。そこに意味を見出すのは間違っているのだろうか。すぐに巻物を閉じていれば道は違ったのかも知れないが、分岐点はもう過ぎた。今俺の前に広がるのは一本道だ。だから突き進め。

 一つ深呼吸をしてチャクラの流れを確認する。勝手な行動にチクリと胸が痛んだが、それ以上に救われたいと願ってしまった。大丈夫、術の中身は確認済み。封じられた巻物を開いたのは申し訳ないが、術自体には問題はない。
 広げた巻物と真っ直ぐに向かい合う。両手で一つ目の印を組んだ。身体を巡るチャクラが指先に集中する。後戻りはもう出来ない。
2021/09/02(木) 16:59 三度目の恋でも COMMENT(0)
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