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 子供を助けてもらったお礼を言いたい。そう思っていたがアカデミーと受付を兼任している身分ではタイミングが難しく、俺が受付にいてもカカシ先生が来ない日や、受付に入った時にはすでに報告済みの日が続いていた。わざわざ探し出して声をかけるほどの接点も無く、こういう時に限って本部棟ですれ違うなんて幸運も降ってこない。どうしたものかと悩んでいる内にどんどん時間は過ぎてゆき、気がつけばあの木を見上げている自分がいた。あんな偶然はそうそうないのだと思いつつ、校舎の見回りをしながらいつかと同じ窓の前で立ち止まる。枝越しに見える太陽の光が眩むほどに美しく、思わず廊下を蹴っていた。
 降り立った枝から見上げれば、梢の間から降り注ぐ光が乱反射して燦めき合い、自分自身が光っているのではないかと錯覚する程の明るさだ。熱を帯びた光りが温かな空間を作っていて、優しく包みこむ空気に体の力が抜ける。逆らわずに目を閉じて、背後の幹に背を預けた。もたれ掛った幹に背中をつけたままずるずると腰を下ろしてゆくと急に目の前が暗くなり、瞼越しに当たっていた温もりが消えてしまった。
「何してるの?」
 突然降ってきた声にびっくりして目を開ける。数段上の枝のからこちらを見下ろしているのは、銀髪を日差しに光らせるカカシ先生だった。

 どれだけ求めていたとしても、不意打ちを食らった瞬間に全ては吹き飛んでしまう。会えたら言おうと考えていたことなどどこかへ行ってしまい、パクパクと開けた口から出たのは不敬罪もいいところだった。
「何でいんだよ!?」
 大声で叫んだ俺に目を丸くして驚いている。しまったと思ってももう遅く、言ってしまった言葉は取り返しが付かない。
「あっ、あのっ、すいません、そうじゃなくてあんた程の人が」
 焦ると碌なことが無い。続けようとした言葉はまだ半分しか出せる状態じゃなかったらしく、さらなる追い打ちに頭を抱えた。
「あああっ、すいませんっ!!」
 ガバッと思い切り頭を下げて腰を折る。ふわっと空気が動いて微かに聞こえた葉擦れの音に顔を上げたが、さっきまでカカシ先生がいた場所には誰もいない。いつの間にか地面の上でこちらへ来いと手招きをしていた。正面へ降り立つ俺にニコリと笑いかける。
「驚かせてごめんね?」
「いっ、いえ! こちらこそ大変失礼なことを」
「そういうのはいーよ」
 手甲を填めた手を顔の前でひらひらと振って、ね? というように首を傾げた。揺れる髪が太陽の光を跳ね返して眩しく靡く。上忍っていうのは存在自体が違う次元にあるのかと、目を瞬かせた。黙り込んだままの俺にいいですよ、と笑ってもらえてもこちらの緊張が消えるわけではなく、結局その後も碌な会話は出来なかった。辛うじて子供を助けてくれたことへのお礼を言えたが、それに対しても「うん」の一言だけ、かえってどう答えれば良いのか分からなくなってしまう始末。里で有名な凄腕の上忍は、柔らかな空気を纏った優しくて気さくな人。今までは子供達の上司という文字しか無かった場所に、一つ新しい言葉が加わった。



 アカデミーにあるただの木だったはずが、あそこだけが特別な場所へと変わった。木を見上げる行為はもはや日課といって良い位に定着してしまい、見回り当番でなくとも毎日あの窓へと足を向けてしまう。その奥には確かにある願いがあって、気付いているけど無視したいという複雑な気持ちを抱えていた。
あの木を見上げる時、そこにカカシ先生がいるのではないかと期待している。重なり合う葉の向こうで光ったのは彼の銀髪ではないか、一瞬差した影は、枝に座る彼が体を動かしたせいではないかと目を凝らす自分がどれだけ滑稽なのか。誰に言われるまでもなく、自分自身が一番よく分かっている。それでもやめられないのは、里の有名人との間にあった確かな距離を縮められるのではないかと期待させられたせいだ。天上人がほんの気まぐれで見せてくれた優しさは、平凡な中忍の俺を舞い上がらせて未だ元には戻れない。もう一度、もう一度だけチャンスをもらえたら今度こそと思う気持ちは何日経っても捨てられなかった。

 一方通行だった俺の願いは、ある日突然ほんのちょっとだけ違う流れを呼び込んだ。きっかけは、熱を孕むようになった風と力を増す太陽の光。ぽかぽかと温かかった季節はいつの間にか熱を連れてきて、吹く風は徐々に熱気を含むようになり、日当たりの良い木陰が暑くなっているのではないかと気になり始めた。だから、いつもは眺めるだけだったはずなのに、気がついた時には言葉がこぼれ落ちていたのだ。
「カカシ先生」
 返事を期待していた訳ではないし、むしろ耳に届いた自分の声に何をやっているのだと驚いた位だったのに、驚いて窓から離れようとする俺を引き留めるように声が降ってきた。それはとても小さく、遠くから響く子供の声に掻き消されてしまいそうだったけれど、それでも確かに聞こえたのだ。待ちわびていた声が聞こえ、窓枠にぐっと乗り出して枝の先を見上げる。
「いらっしゃるんですか?」
「うん。なーに?」
 ひょっこりと顔を現した人は、当然のような顔をして木の枝に座っていた。思わぬ偶然に顔が綻ぶ。ここで、彼に会いたかったんだ。もう二度と無いかもしれないなんて悟った振りをしていたけれど、本当はもう一度と願っていた自分に気付き、顔が熱くなった。吹き出す汗を見られたくなくて顔を下げると、頭の上にまた声が降ってくる。
「どうしたの?」
「いえ、何でも」
 呼び止めた所で話などなく、ただあなたに会いたいと思っていたなどと言うことも出来ない。軽率な行為が自らを追い詰めることになって、ひたすら汗をかいた。追求されるかと思ったが、そう、と小さな呟きを残してまた姿が見えなくなってしまう。早鐘のように鳴り響く心臓が痛い。この気持ちは、この熱は。確かに知っているようで、そのどれよりも強い気持ちから逃げられないと分かってしまった。強い眩暈に立っていられず蹲る。俺はどうしたら良いのだろう。
 窓の外を見上げても、いつもと同じ木が風に葉を揺らしているだけ。光の向こうにまだ彼がいるのか、俺には分からなかった。
2021/09/02(木) 16:55 三度目の恋でも COMMENT(0)
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