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 そろそろ日付を回る。もう待っていても無駄だと諦めてベッドへ入った。昨日までと同じ時間がとんでもない苦痛を伴い、何度も寝返りを打つ。彼は今どこにいるのか、いつ帰ってくるのか。疑問ばかりが頭に浮かびその答えは一つも得られない。安寧な日々に胡座をかき緊張感を失っていた罰なのだろうか。長い間揺らぎを止めていた感情が激しく暴れ出す。彼も同じ気持ちだと思っていた。二人に流れる穏やかな時間を都合良く解釈していただけだったとは。ぐるぐると回り続ける感情に振り回され、いつもなら訪れるはずの眠りが遠い。
 現場を離れたといっても長年の勘が鈍ることはなく、あの瞬間しっかりと理解した。シカマルの動揺が表すのは一つ。カカシさんが帰ってこないのは仕事をしているからではない。
 目を背けたくなるくらいくっきりと浮かび上がり、「何を」と同じくらい「誰と」が膨れ上がる自分に驚いた。
 俺は火影としても彼を全面的に信頼している。彼ほど里を思う人はいないと言ってもいいくらい、里と里に生きる人々を思っている人だ。彼が不安を抱くほどの脅威があるのなら、側近であるシカマルも知っているはずだ。俺に言うほど愚かでは無くともうまくやり過ごすなど簡単なはず。あれは完全に油断している顔だった。意表を突かれたからこそ取り繕うことが出来なかったのだ。シカマルは毎晩カカシさんが家に帰っていると思っていたから、俺からの問いかけに動揺した。
 カカシさんの秘密は完全にプライベートの部分にあるのだろう。長年一緒に暮らしている恋人へ秘密にしなければならない用事とは。それも一日二日ではなく、もうひと月の間続いているのだ。ぽつんと浮かんだ疑問はあっという間に黒い影を落としながら大きくなった。

 どこで、何を――誰と。

 お互いに溺れるくらいの愛情を向け合っていたらこんなに痛みを感じなかったかもしれない。平穏という言葉に隠して緩みきっていたのを見透かされたようだ。自分達は大丈夫だと感じたのはただの油断だったのか。ベッドの上で体を丸めながらそんなはずはないと言い続けた。



 憂おうと嘆こうと独り相撲では意味が無い。目覚まし時計で目覚め、隣で眠る人を見て決めた。疑問があるなら解決しよう。まずはそれからだ。

 卓袱台に並ぶ味噌汁に出し巻き玉子。手渡す茶碗から立ち上る湯気の向こうでいつもと同じ顔が笑っている。
「ありがと。いい匂いだね」
「新しく味噌を開けたので」
「美味しそう。いただきます」
 向かい合って手を合わせるのも変わらない日常と同じ。投げ込む言葉が爆弾にならないように祈りつつ口を開く。
「そろそろラーメンが食べたいです。一楽へ行こうと思うのですが」
「あーごめん、今日は無理だと思う」
「じゃあ明日」
「しばらく忙しいからちょっと予定が立たないかも。未決済の書類が溜まっちゃって、毎日火影室に閉じ込められてるの」
「そうですか。それはそれは……シカマルも大変ですね」
「むしろ尻を叩かれてるよ。今日の出し巻き美味いね」
「ちょっと味を引き締めたくて醤油を。苦みがいいアクセントでしょう」
「うん」
 外れて欲しいと思うことばかり当たる。人生というのは幾つになっても変わらないようだ。


◇◆◇◆◇


 彼に何と言うか。どう自分の中の疑問を解消するか。
 どれだけ考えてもまとまることは無く、焦る気持ちに消耗してゆく。原因であるカカシさんの不在にバレなくてすむからと安堵しているあたり、本末転倒もいいところだ。
 いつしか凪いだように日々を過ごすようになり、愛だの恋だの意識するような行動も無くなった。あまり喜ばしいとは言えない状態になって、彼への気持ちがこんな形をしていたのかと少し感心したりしている。彼を愛しているのは昔から変わらない。ただ時間が経つにつれ情熱が減ったのは感じていた。
 たとえ浮気していると知らされても、もう少し冷静でいられるのではと思っていたのに実際はどうだ。夜も眠れぬほど悩み作り笑いを浮かべることに苦しみ、何より淋しい。共にと見ていたものが自分の独りよがりでしかなかったこと。彼の中で俺が大事にするべき場所から追い出されたのかもしれないということ。望む未来の中に彼の姿が無くなってしまうかもしれないこと。その全てが淋しかった。彼と過ごした時間が嘘だった訳ではない。あれはあれで確かな形として俺の中にあるけれど、徐々に色褪せてしまう気がして恐怖に震える。それほどまでに、と思えば当然「なぜ」と思わざるを得なくなり、また出口のない迷路を彷徨うのだ。

 落ち込んでいる時は好きなものを食べよう。
 いつ帰るか分からない人を待つのはやめて、久々に一楽でラーメンを食べた。一人で答えを出せない問いにかまけていても消耗するだけだ。何より気分転換が必要と一楽の暖簾を潜る。昔のようには食べられなくなったが、変わらぬ美味しさに涙が出そうになった。俺は一楽のラーメンが大好きで、思い出のあちこちにも登場する。それこそ頭と体に刻み込まれた彼の姿がない所にも。
 空になった丼の底を見つめて考える。

 はたけカカシの恋人ではないうみのイルカならばどうするか。

 彼がどうしているか、どうしたいのかよりも重要なことがある。俺は、どうするべきか。彼がどう言おうと何をしていようと、うみのイルカはどう生きてゆくか。グルグル揺れるのは当然だ。軸を定める場所を間違えている。俺は俺らしく。幾つになっても、たとえいい年をしてと言われても、うみのイルカであるならば。
 ラーメンで温まった体が胸の内に救っていた湿り気を吹き飛ばす。俺は俺らしくいこう。たとえ残っているのが幕引きだけだとしても。
2021/09/01(水) 01:15 短い物 COMMENT(0)
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