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 ざわめきに満ちた居酒屋であっても、向かいに座る人の声はよく聞こえる。だからあまりにも意外なひと言に、から揚げを摘まもうとしていた箸が止まってしまった。
 手の中の杯をじっと眺めるカカシさんは黙ったままだ。こちらの返答を待つような様子に、聞き間違いではないのだと確信する。
 間をもたすために止まっていた箸で、から揚げを摘まみ上げまるごと口に入れた。咀嚼しながら問いを反芻し、何からこんな話になったんだっけと頭を捻るも意味はない。
 酔いの回った席の話など、一呼吸の間に変わってしまうものだ。たったいま爆笑した話題だって、波が収まった時には忘れていることだってある。重要なのは、彼が答えを待っているというそれだけだ。ならば答えねばならない。
「伽、ですか」
「はい」
 即座に帰ってきた言葉に酒で喉を湿らせる。
楽しい話題ではない。彼との間で、これまでに口に上ったこともない。なぜ聞きたいのだろう。
「あの、一応お伺いしますけど、なんかそういう問題があるとか」
「ないよ。ないない」
 慌てたように手を振るのでホッとした。いま現在そういう問題があるとしたら、悩んでいるのは俺の元生徒の可能性を捨てきれない。こういうことは弱い立場の人間が泣くものだから。
「えと、では俺の話ですよね」
「うん」
「古い話になりますが」
 アカデミーの教師となってからは、外の任務を受けることが少なくなった。俺が戦場へ出ていたのはナルトが入学する前頃だから、十年近く前になる。
「嫌な話ですけどありましたよ。やっぱり男所帯ですから。特に戦場は、常に緊張感を持ち続けるよう強いられる場所ですし、交戦の昂りをそのまま陣へ持ってきてしまうヤツもいました。興奮をそっちに結びつけて解消しようとするって、カカシさんも分かりますよね。男だし」
「まあね」
 言葉少なな相槌に頷いて先を続ける。
「そうなると、手っ取り早く発散させようとするヤツも出てくるんです。一人でやるならいい。誰かにやらせようとするヤツもいて、それが伽と呼ばれる時もあります」
「先生は?」
「俺?」
「そう」
「どう思います?」
 聞き返されるとは思っていなかったのか、ピクリと眉毛が動いた。テーブルに頬杖をついて顔を近づける。さっきまでよりもぐっと顔が近い。
「無いでしょ」
 やけにキッパリというのでふき出しそうになるのを堪えた。ここで大笑いしたらカカシさんの顔が悲惨なことになる。
「正~解!俺は伽に呼ばれたことなんてありません。でっかいし可愛げねえし、やっぱそういうのは中性的とか小さいヤツが呼ばれるんですよね。いわゆるキレイどころってのが」
「だと思った」
 笑いと共に飲み込まれ、空になってしまった杯へ徳利を差し出した。
「俺はねえ、どっちかっていうと殴られるほうでした」
 またピクリと眉が動いて苦笑する。昔の話だというのに。

 伽に呼ばれることを喜ぶヤツなどいない。戦場の暗いテントでいくら尻を差し出したからといって、それが何になるというのか。限定的な場所で庇護されたとしても、里へ帰れば本当の女たちが待っている。戦場で好き放題したヤツらは自分が組み敷いていた相手のことなど忘れ、また新たな戦場へ行くだけだ。
 仮初めの器として使われた体が、顔と名前を伴って引き上げられることなんて聞いたことがない。そもそも俺達はただの忍で、任務をこなしているにすぎないのだ。
 それでも呼ぶヤツはいる。そして逆らえないことも分かっている。みな仕方のないことだと自分に言い聞かせ、ただ朝を待つのだ。
 俺もそうすれば良かったのだろうが、いかんせん黙っていられない質だったからしょうがない。ありとあらゆる手を使って出来る限りの妨害をしていた。頼まれもしない水を持ってゆくなんてのは可愛いほうで、病人が出た里からの伝令がきた部隊長が呼んでいるなどと思いつく限りの用件をテントの前で呼びかける。とにかくありったけだ。
 大抵はすぐ見破られ邪魔をするなと追い払われるのだが、ついでとばかり盛大に鬱憤をぶつけてゆくヤツもいた。
ある時期からは、それが狙いに変わっていただろう。こちらにしてみればしてやったり。ただの興奮であれば、こちらを痛めつけることで欲が霧散する場合もあり、伽にと選ばれた仲間とテントへ戻ることができるから。

「それじゃ体がもたないでしょう」
「うーん。でも幸いなことに、そこまでクズばっかりの部隊には当たらなくって。だからって有効ってわけでもなかったんだよな。切羽詰まって敵襲だ!って言ったこともあったし」
「敵襲!?」
「あ、さすがにカカシさんも驚いた」
 はははと笑ったら渋い顔をされてしまった。当然だ。
「何回言いに行っても門前払い。だけどその時呼ばれてたのが、アカデミーに入る前からの友達だったから、どうしても助けたかった。とうとうネタが尽きてダメだと思いつつ叫んでみたら、もう大騒ぎでした。全員大慌てで飛び出したのにだーれもいないっていう。さすがにヤバいって気づいたけど、どうしようもねえし。そしたら歩哨が猪を引き摺ってきて」
「い、いのしし?」
「はい。俺のことを指して、こいつしょんべん行った時に森の中見て叫んだんですぐに探りにいったけど、いたのは猪でした、って。せっかくなんで鍋しますかって」
「……嘘でしょ?」
「ビックリなほんとです。助けてくれたんですよね。それで反省して、抱かれるほうに回りました」
「は?」
「人肌って不思議なんですよ。くっついている内に心が落ち着くみたいなのがあるっていうか。ほら、子どもが怯えてたら抱き締めてやったりするでしょう」
「ああ、そういう……」
「誰かが呼ばれたらまず俺が行くんです。で、まだ作業が~とかちょっと他に呼ばれてて~とか理由つけて時間を稼ぐ。待つ間にマッサージしますので!って転がして。ふざけんなお前じゃねえってキレられるけど、まあまあとか宥めつつちょっとずつ触ってくんですよ。体がほぐれるとなんとなく感情も緩んだなって、あれ不思議だったなあ」
「体と心は直結してるものだからね。特異状態下の興奮が、強張った体に閉じ込められていたんでしょう。体が柔らかくなったことで、強引に吐き出さなくても緩やかに流れ出ていったのかもしれません」
「あー。賢者にならなくていいんだよなって言ってた人がいたけど、そういうことか?」
「まあね。やりたい理由が普通とは違うだろうし」
「ちょこちょこ邪魔してる内に、お前来いって言う人が増えました。マッサージはいいから寝ろって言われて抱き枕の代わりにされたり。伽とは違う用件でお呼びがかかるもんだから、イルカは寝かしつけに行ってるみたいだなあ。お前母ちゃんかよって言われてました」
「母ちゃんて」
 口元にあてた拳の下からぐふっと押し殺した息が漏れる。細かく震える肩が笑いを堪えていると語っていた。
「とんとご無沙汰ですけど、抱き枕になるのは自信ありますよ。母ちゃんに寝かしつけてほしい時はどうぞ」
「うん。その時はよろしく」
 くくくと笑いを漏らしながら徳利を持ち上げる。ありがたく受けて一気に呷った。



 何気なく触った足先の冷たさに驚いた。換気で入れた夜風は思いのほか冷たく、秋の深まりを感じる。
 汗を拭いながらビールをあおる時期が終わり、熱燗が恋しくなる季節だ。ここのところ残業が続き、ゆっくり飲みに行く暇もなかった。最後に思い切りビールを飲んだのはいつだったかとカレンダーを見て、時の流れの速さに気づく。
 いまは十月のなかば。最後に居酒屋へ行ったのはもうひとつきも前のことだ。あの時はカカシさんと一緒だった。
 そういえば里内で彼の姿を見かけない。長期の任務で里を離れているのだろうか。彼はいつだって忙しい。
 気になるのは、最後の話題があまり愉快な話ではなかったということ。笑いに混ぜてごまかしたけれど、実際はうまくいくことなんて少なかった。邪魔をするなと執拗に殴られたり、お前が代わりをしろと襲いかかられたことの方が多い。
 カカシさんは幼くして上忍になったため、俺達の知る世界とは違う場所にいたのだろう。相手をさせるには幼すぎ、手を出せる頃には強すぎた。それを良かったとは言えない。俺達とは違う痛みを見てきたのだろうなくらいは想像がつく。
 嘘をついたのは割合だけだ。抱き枕にされたのも、母ちゃんかって言われたのも本当。できるなら、次は嘘も本当もなく楽しい酒を酌み交わしたいものだけど。
 夜の考えは暗いほうへばかり寄ってゆく。時計の針は天辺を回り、もう夜更けもいいところだった。
 テレビを消し、明りを消そうと電灯から下がる紐へ手を伸ばす。その間に小さな音が聞こえた気がした。空耳かと疑うほどの小さな音は、ほんの数秒後にもう一度鳴り、確信を持つ。
 聞こえなくても構わないとでも言いたげなわずかな響きに、慌てて玄関へ向かった。
こんな夜更けに来るのだ、何か良くないことが起きたのか。焦りのままドアを思い切り開いた。
「こんばんは。遅くにすみません」
「カカシさん」
 廊下の頼りない電灯を浴びてカカシさんが立っていた。薄ら漂う硝煙と血の臭いが任務帰りだと分からせる。
「これ、お土産」
 はいと手渡されたのは、どこにでもある缶コーヒーが一本。手の中の重みを揺らし、乗り出していた体を引いた。
「ありがとうございます。カカシさん飯食いました?」
「え」
「あーっと……うどんがあったな。うどんならすぐ作れるか。いいですよね」
「いや、俺は」
「飯作ってる間に風呂入っちゃってください。まだ湯は冷めてねえと思うし、俺の着替え置いとくんで」
「先生」
「今日は寒いでしょう?ほら、早く上がって」
 ね?と笑いかけてそのまま台所へ向かう。背中に戸の閉まる音を聞いて鍋を取り出した。

 ほかほかと湯気の上がるうどんと、いつもよりほんのり赤い頬のカカシさんと、お前が風呂に入ったのかっていうくらい汗をかいてる俺。行儀良く手を合わせる人の向かいで麦茶を一気飲みだ。
まだ湯を張ってあるし、のんびり温まってもらえたらなんて思っていたのはこちらだけ。行水!!ってスピードで上がってこられたので、こっちがあたふたしていらん汗をかいている。うどんが間に合って良かった。
「久しぶりで突然、ごめんね」
「いえ、来てくれて良かったです」
 うどんを啜る姿に安心して缶コーヒーを開ける。ひとくち飲んでみたが、やっぱり温い。
 土産だと渡された缶コーヒーは温く、買ってからの時間を思わせる。もう寒さが勝る空気の中でどれだけ立っていたのだろう。テレビの音で消えてしまうほどのノックが、彼の迷いを表しているようだ。
ひとりの家に帰りたくない時がある。物騒な匂いをまとったままの彼が、きっととても考えて、それでも訪ねてくれたのだ。俺を思い出してくれたのが嬉しかった。
「ひと月ぶりですね。ずっと任務へ?」
「うん。えらいこき使われた。帰ってきても、仮眠してすぐ次の任務とかばっかりで」
「それはそれは……」
「一日休みをもらったけどね。誕生日だからって言われても、喜んでいいものやら」
「カカシさん誕生日だったんですか?いつ」
「先月の15日」
「えー飲みに行った次の週じゃないですか。言ってくれたらよかったのに」
「あえて言うことでもないかなって」
 はははと笑ってうどんを啜る。頭の中で冷蔵庫を思い出してみたけれど、祝いと呼ぶに相応しいものは入っておらず、疲れきった様子で深夜に現れた人へ酒を出すのも忍びない。
「なんか気にしてる?」
「えっ、いえ!そんなことは」
「これで充分だよ。ありがとう」
 うどんの丼を抱えて嬉しそうに笑うので、余計に胸が苦しくなった。こっちがいたたまれないではないか。
「カカシさん明日休みですか」
「うん」
「じゃあ明日飲みに行きましょう!1ヶ月遅れだけど誕生祝いで!」
「……いいの?」
「もちろん」
「ありがとう」
 大遅刻が申し訳ないけれど、喜んでくれるのは素直に嬉しい。明日は絶対残業せずに帰ってこよう。それで、カカシさんの好きな酒と美味いものでいっぱいにするのだ。
「ごちそうさまでした。じゃあ、これ片付けたらお願いします」
 ん?
 丼を片付けるのはよいのだが、後半がよく分からない。何をお願いされたのだろう。悩む俺を前にカカシさんはさっと卓袱台を片付けて立ち上がった。
「あ、俺が」
「いいの。ごちそうになったんだから片付けくらいやらせて?」
 別にそれはいいんだけど、お願いってなんなんだ。お祝いは明日だし、これからお願いされることなんてあるだろうか。台所から聞こえる水音をバックに必死で首を捻るが、まったく思いつかない。そうこうする内にカカシさんが戻ってきてしまった。
「できれば俺が抱きたいんだけどいい?」
「だ」
 抱くってなんだ。何を抱く。なぜ俺に聞く。
 固まる俺の横をすり抜けて寝室のドアが開かれた。抱くって単語を発したあとにどこへ行くんだ。とんでもなく不穏じゃないか。
「大丈夫そうだね。二人で乗っても落ちることはなさそう」
 うんうんと確かめているのはベッド。だからその単語を発したあとで確かめる場所がベッドってそれはつまり。
「戦場の狭い寝台でもしてたんだから、心配ないか。俺が左側いくね。はい先生」
 ポンポンとベッドを叩かれてのろのろと立ち上がる。これはあれかなあ。誕生祝いに君をください的な感じ。
 て、そんなワケはない。俺が可愛いくノ一だったら話は別だけど、なんたって俺なんだし。お互いの間にとっても大きなすれ違いが生じているのだ。じわりと滲む汗はそのせい。
「お俺は、右側に寝ればいいんですか」
「背中から抱く感じがいいな。あ、もし先生がやりやすい寝かしつけがあるんなら、そっちでも」
「寝かしつけ?」
「?うん」
 全身の血が一気に沸騰した。首も耳も全部熱い。心臓もばくばくいってる。
「大丈夫です!全然大丈夫!カカシさんの好きなやり方で!全然!あ、電気消しますね!」
 ビックリした。ビックリした。ほんっとう~にビックリした。
 カカシさんはこの間の話を覚えていて、俺に寝かしつけて欲しかったのか。だからあんな状態で夜更けに家までやってきたのだ。全部理解した。キレイに筋が通っている。めちゃくちゃ恥ずかしい。愚かなのは、勘違いした俺!
 真っ赤になっているのを見られたくなくて、電気を消してベッドへ潜り込んだ。待ってましたというように後ろから手が伸びてくる。
 いい場所を探すようにもぞもぞと動き、最終的にカカシさんに腕枕されることになってしまった。もう一方の手は脇の下を通り腹の前に添えられている。
「苦しくない?」
「どっちかっていうと、それは俺のセリフなんですけど……」
「んーん。いい感じ」
 首筋をさわさわと彼の吐息が撫でる。
「おやすみ先生」
「おやすみなさい」
 寝かしつけ屋だ母ちゃんだと言われていたのは、もう十年近く前のこと。彼女もいない淋しい独り身だと、誰かの体温を感じることもない日々だ。
 暗闇の中でじっと目を閉じていると、背中からじんわり温もりが伝わってくる。久々に感じる心地好さのおかげか、思っていたよりも早くリラックスしてきた。さっきまでの動悸が嘘のように、穏やかに眠りへと引き寄せられる。意識が蕩けだしてすぐにも眠ってしまいそうな。
「――イルカ」
 散りかけていた意識が急激に覚醒する。いま耳の中に響いたのは、たしかに自分の名前だ。何度も呼ばれ、耳にも馴染んだ響きではあるけれど、違う。
 ひょっとしたら起きているのではと、ぴたりと張り付いた背中で気配を窺ってみた。先生、と続くのではないかと思ったりしてみたが、ただ緩やかに繰り返す呼吸を感じるばかりだ。
 眠りに落ちる直前だから、と言われればそうなのかもしれない。だが、あの体中に溶けてゆくような甘やかな声で名を呼ばれた覚えなどなく、どうにも心が落ち着かない。
 水でも飲んで落ち着いたほうがいいだろう。囲い込む腕から抜け出そうと身動ぎをしたら、腹の前へと回されていた手が巻き付いてきた。
「イルカ……」
 もう一度、今度ははっきりと。
 再びの響きに体が固まる。やはり起きているのでは思ったが、満足げな吐息と共に頭を擦り付けられた。寝ている。あるいは寝ぼけている。少なくとも覚醒はしていない。
 甘やかに呼ばれるのが、他の誰かの名だったら。もしくはいつものように、先生と呼んでくれたなら。
 そわつく体で考えても、耳に残るのは蕩けるような彼の声だけ。聞いた事のない響きの、呼ばれたことのない呼びかけの、でもたしかに自分の名前だ。
 言った本人は熟睡中。抜けられない腕の中で悶々と考えるしかないらしい。長い夜になりそうで小さく息を吐く。この腕つねってやろうかな。
2023/10/15(日) 18:44 NEW! COMMENT(0)

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