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 時折吹く風が甘い香りで鼻をくすぐり、首元の毛先が頬を撫でる。夕陽を浴びる口元が自然に緩み、意外にも楽しんでいる自分を感じた。そんなつもりは無かったけれど、寄り道もたまにはいいものだ。どことなく弾む足取りは軽く、大好物のラーメンを逃したとは思えない。いい気分のまま家へ帰り、まずは風呂へ入ろうか。やはり先に腹の虫を黙らせるべきか。手に持ったビニール袋へチラリと目をやる。
「先生?」
 ふいにかけられた声へ振り返った。荷物を背負い、若干薄汚れたカカシさんが道の真ん中に立っている。まだ数日かかると思っていたのに帰還したのか。嬉しさに駆け寄ると、大きく目を二度ぱちくりさせて眉を寄せた。
「どうしたのそれ」
「……へへへ」
 頭をかこうとして手を下ろす。勢いに任せてかいてしまったら、折角の花冠が落ちてしまうかもしれない。
「おかえりなさい」
「ただいま」
 訝しげな響きは、それでも俺へと答えてくれた。笑顔が無いのは物足りないけれど。

 懸案事項が片付き残業も無し。気分良く受付を出た帰り道、通りかかった野原でお誘いを受けた。可愛い生徒が三人ばかり、花を摘んで遊んでいたのだ。ちょっと寄ってっての声に誘われて腰を下ろしたらもう、俺は遊び道具の一つになってしまった。
「可愛くしてあげるね」のひとことで、まずは髪を解かれる。一番大きな輪は首から提げて、二番目に大きなものは花冠に。首の横で緩く括られた髪は、束ねている髪紐へ花を器用に絡めてある。ブレスレット指輪と次々につけられて、仕上げとばかりに耳に一番大きく咲いていたものを一輪。完成と沸く子ども達にありがとうと手を振って、花に飾られた俺はまた歩き始めた。本当は一楽へ行くつもりだったけれど、この格好では諦めよう。それもまたヨシと思えるくらい、今日はなんだか気分が良い。



 ちょうど話し終えた所で家へ着いた。鍵を取り出してドアを開ける。狭い玄関は二人で入るとギュウギュウ、カカシさんの荷物のおかげでさらに狭い。
「というわけです」
「ふーん。ご機嫌なのは花のせい?」
「ってわけでもないですけど、理由の一つではあるでしょうね。キレイな物に囲まれてるとなんかウキウキするっていうか。先生可愛くしてあげるねって言われたんですよ。俺可愛いです?」
 イシシと笑いながら振り返ると、カカシさんもニッコリと笑っていた。
「可愛いよ。すーっごく可愛い。花輪だけじゃなくて耳にも挿してもらっちゃって、なあに?花瓶になっちゃったの」
「花瓶って!もっといい言い方が」
「俺が留守の間に他の人に可愛くしてもらったんだねえ。本当にあんたって人は」
 開こうとした口を塞がれた。壁に体ごと押し付けられて花が潰れた青臭い匂いが広がる。押し返そうとした手を取って顔の横に張りつけながら、器用に人差し指を伸ばして首元を露わにした。束ねた髪の上から押し付けられた顔の下、吸い付いたとは違う痛みが走り顔を顰める。
 歯を立てられた。こんな所にと腹を立てるより先に手が動く。食い込んだままの肩紐を引くと心得たように片腕を抜き、すぐにもう片方の腕も抜いてリュックを床に落とした。床を叩く低い音を追うように、俺の手元からもビニール袋が落ちた軽い音が響く。カカシさんは人の首筋に顔を埋めたまま手だけ動かし、指を飾っていた花を引きちぎってしまった。怒りの元はこれかと体の力を抜く。しようのない人だが、それもまた。
 縋り付くように離れない彼の背中に腕を回した。



2021/07/11
2021/08/29(日) 02:48 ワンライ COMMENT(0)
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