◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
プリントにかかる影が濃くなってきた。そろそろかなとベストの内側から懐中時計を出して確認する。ちょうど十分。正確な体内時計に頷いてプリントを鞄に突っ込んだ。今日の晩飯は一楽に決定。今週は三度目だから次は違う場所を考えた方が良いかもしれない。ラーメンはどれだけ食べても飽きないけれど、そう感じられる状態を守ることも必要なのだ。
膨れた腹とビニール袋を抱え、しんとしたドアの前に立ち鍵を開ける。暗い部屋の電気をポチポチと点けて冷蔵庫に缶ビールをしまった。中に転がるビールの缶は驚くべき早さで増殖している。
「これなら大台に乗るのもあっという間だな」
それは見たくないかなーと手を伸ばす。一本掴んでプルトップに指をかけるまでは出来たけど、結局また中に戻した。冷蔵庫の扉を閉めて風呂へ向かう。たっぷり張った湯に、ざぶんと勢いよく頭の先まで沈めた。少し熱めの湯がチリチリと皮膚を刺す。この痛みはお湯が熱いから。それ以上の意味を見つけてたまるもんか。
萎れた銀髪、下がった眉。申し訳なさを前面に押し出したカカシ先生が報告書を提出する。
「お疲れ様でした」
「はい。あの、先生」
「確認まで少々お待ち下さい」
「はい……」
隅々まで目を通し、最後にバンと音を立てて押印。ぐりぐりと判を押し付けて、ついでに自分の心のもやもやも押し付けて、ぐいっと顔を上げる。
「結構です」
「ありがとうございます。あの、昨日はすみませんでした」
「謝らないでください。任務でしょう?当然ですよ」
「きょ、今日は」
「すみません。今夜は夜勤でして」
「そうですか……」
「カカシ先生もお疲れでしょう。ゆっくり休んでください。約束は、また改めて」
「はい」
ぺこりと頭を下げて猫背が遠ざかって行く。恋人になって一ヶ月、その間二人で会ったのはどれくらいの時間だろうか。きっと、ここで顔を合わせて話す時間の方が長いだろう。そんなこと数え直さなくったって分かっているのだ。彼は忙しい人で、いつも里の外を飛び回っている人で、よく、よーく分かっていて。
「おおおおぅっ!何だよイルカ!」
「トイレ」
「分かった!そんなに切羽詰まってるなら椅子は直しといてやるから行ってこい!」
ありがとうと言い捨ててカウンターを飛び越える。椅子を蹴倒す程の勢いで立った自分を認めるかどうか、俺はまだ迷ってるんだ。それなのに肝心のあんたがそれじゃ困るっていうのに。走って外まで追いかけたけど、もうカカシ先生の姿はどこにも無かった。一瞬迷っただけで、影も形も見えなくなった。だから嫌だったのに。あんな人を好きになるもんかと思ってたのに。
「……好きって言ったくせに」
たった一言が驚くほど俺を絡め取ってしまった。なのに彼とはずっとすれ違い。次の約束もきっと果たされない。
自炊なんてやる気すらねぇ。コンビニの弁当をぶら下げて帰り、卓袱台の上に置いて冷蔵庫を開けた。瓶に入った麦茶を掴むつもりが、つい横目がビールを数えてしまう。今日はしまう物が無い。ビールを買って帰るのは、カカシ先生との約束がダメになった時だけだから。
――きっと楽しかっただろうな、残念だったな、本当は一緒に飲んでたかもしれないのにな。
待ちぼうけをくらった帰り道、飯の調達で寄ったコンビニに並んだビールを見て、ふと考えてしまったのがいけなかった。次は一緒に飲むかもしれない、そう思ってビールを一本買った。二本買わなかったのは、心のどこかに意地と淋しさが残ってたから。好きだって告白してきて、友達からでもいいからなんて言って、強引に恋人の座に居座ったくせに、あの人は夕飯すら一緒に食べられない。カカシ先生が座ってるはずの席はいっつもぽかんと空いていて、俺はその向かいに座って一人で待っている。彼が来るか待つ自分を認めるのが悔しかった。淋しいと思うのを誤魔化したかった。だって好きになったのは向こうじゃ無いか。俺は、彼がどうしてもって言うから、別にそんなつもりはなくて。
だけど。冷蔵庫のビールは増え続ける。約束を言い出す彼に首を振ることは出来なくて、もうやめましょうとは言いたくなくて、俺の心を詰め込んだビールだけが、ただこの中に。あの人と一緒に飲む時は来るんだろうか。その前にもういいですと言われてしまうのではないか。そうしたらこのビールは?
「冗談じゃねえ」
そんなのは真っ平ごめんだ。ビールは発泡酒よりもお高いんだっつうの。麦茶を取り出して冷蔵庫を閉める。コップに注いだ一杯をぐーっと開けて部屋を飛び出した。うっすら白む空の下を風を切って走る。ほんのり冷えた空気が気持ちいい。きっとすぐ空は明るくなる、まだ少し闇の残るその中を気持ちのまま駆け続けた。
忍のくせにはあはあと息を切らす自分に笑いが込み上げる。こんな早朝に一人で笑っていたら怪しいことこの上ない。必死で笑いをかみ殺し、ついでに乱れた呼吸を整える。カカシ先生の家のドアにもたれ掛かり、そのままずるずると床に尻をつけた。朝が来るまではここで待とう。夜が明けきって彼が出てきたら、「おはようございます」って言うんだ。それから「ビールはお好きですか?」って。家にたくさんあるんですよって教えてあげよう。賢い人だから、それで気づいてくれるかもしれない。そうしたら一緒に飲みましょうって、約束する。もし分からないって顔をしたら、ビールに纏わる俺の短い恋の話をして、「好きです」って言ってあげるんだ。今度は俺の口から、あなたに。
2021/06/27
膨れた腹とビニール袋を抱え、しんとしたドアの前に立ち鍵を開ける。暗い部屋の電気をポチポチと点けて冷蔵庫に缶ビールをしまった。中に転がるビールの缶は驚くべき早さで増殖している。
「これなら大台に乗るのもあっという間だな」
それは見たくないかなーと手を伸ばす。一本掴んでプルトップに指をかけるまでは出来たけど、結局また中に戻した。冷蔵庫の扉を閉めて風呂へ向かう。たっぷり張った湯に、ざぶんと勢いよく頭の先まで沈めた。少し熱めの湯がチリチリと皮膚を刺す。この痛みはお湯が熱いから。それ以上の意味を見つけてたまるもんか。
萎れた銀髪、下がった眉。申し訳なさを前面に押し出したカカシ先生が報告書を提出する。
「お疲れ様でした」
「はい。あの、先生」
「確認まで少々お待ち下さい」
「はい……」
隅々まで目を通し、最後にバンと音を立てて押印。ぐりぐりと判を押し付けて、ついでに自分の心のもやもやも押し付けて、ぐいっと顔を上げる。
「結構です」
「ありがとうございます。あの、昨日はすみませんでした」
「謝らないでください。任務でしょう?当然ですよ」
「きょ、今日は」
「すみません。今夜は夜勤でして」
「そうですか……」
「カカシ先生もお疲れでしょう。ゆっくり休んでください。約束は、また改めて」
「はい」
ぺこりと頭を下げて猫背が遠ざかって行く。恋人になって一ヶ月、その間二人で会ったのはどれくらいの時間だろうか。きっと、ここで顔を合わせて話す時間の方が長いだろう。そんなこと数え直さなくったって分かっているのだ。彼は忙しい人で、いつも里の外を飛び回っている人で、よく、よーく分かっていて。
「おおおおぅっ!何だよイルカ!」
「トイレ」
「分かった!そんなに切羽詰まってるなら椅子は直しといてやるから行ってこい!」
ありがとうと言い捨ててカウンターを飛び越える。椅子を蹴倒す程の勢いで立った自分を認めるかどうか、俺はまだ迷ってるんだ。それなのに肝心のあんたがそれじゃ困るっていうのに。走って外まで追いかけたけど、もうカカシ先生の姿はどこにも無かった。一瞬迷っただけで、影も形も見えなくなった。だから嫌だったのに。あんな人を好きになるもんかと思ってたのに。
「……好きって言ったくせに」
たった一言が驚くほど俺を絡め取ってしまった。なのに彼とはずっとすれ違い。次の約束もきっと果たされない。
自炊なんてやる気すらねぇ。コンビニの弁当をぶら下げて帰り、卓袱台の上に置いて冷蔵庫を開けた。瓶に入った麦茶を掴むつもりが、つい横目がビールを数えてしまう。今日はしまう物が無い。ビールを買って帰るのは、カカシ先生との約束がダメになった時だけだから。
――きっと楽しかっただろうな、残念だったな、本当は一緒に飲んでたかもしれないのにな。
待ちぼうけをくらった帰り道、飯の調達で寄ったコンビニに並んだビールを見て、ふと考えてしまったのがいけなかった。次は一緒に飲むかもしれない、そう思ってビールを一本買った。二本買わなかったのは、心のどこかに意地と淋しさが残ってたから。好きだって告白してきて、友達からでもいいからなんて言って、強引に恋人の座に居座ったくせに、あの人は夕飯すら一緒に食べられない。カカシ先生が座ってるはずの席はいっつもぽかんと空いていて、俺はその向かいに座って一人で待っている。彼が来るか待つ自分を認めるのが悔しかった。淋しいと思うのを誤魔化したかった。だって好きになったのは向こうじゃ無いか。俺は、彼がどうしてもって言うから、別にそんなつもりはなくて。
だけど。冷蔵庫のビールは増え続ける。約束を言い出す彼に首を振ることは出来なくて、もうやめましょうとは言いたくなくて、俺の心を詰め込んだビールだけが、ただこの中に。あの人と一緒に飲む時は来るんだろうか。その前にもういいですと言われてしまうのではないか。そうしたらこのビールは?
「冗談じゃねえ」
そんなのは真っ平ごめんだ。ビールは発泡酒よりもお高いんだっつうの。麦茶を取り出して冷蔵庫を閉める。コップに注いだ一杯をぐーっと開けて部屋を飛び出した。うっすら白む空の下を風を切って走る。ほんのり冷えた空気が気持ちいい。きっとすぐ空は明るくなる、まだ少し闇の残るその中を気持ちのまま駆け続けた。
忍のくせにはあはあと息を切らす自分に笑いが込み上げる。こんな早朝に一人で笑っていたら怪しいことこの上ない。必死で笑いをかみ殺し、ついでに乱れた呼吸を整える。カカシ先生の家のドアにもたれ掛かり、そのままずるずると床に尻をつけた。朝が来るまではここで待とう。夜が明けきって彼が出てきたら、「おはようございます」って言うんだ。それから「ビールはお好きですか?」って。家にたくさんあるんですよって教えてあげよう。賢い人だから、それで気づいてくれるかもしれない。そうしたら一緒に飲みましょうって、約束する。もし分からないって顔をしたら、ビールに纏わる俺の短い恋の話をして、「好きです」って言ってあげるんだ。今度は俺の口から、あなたに。
2021/06/27
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