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※天女の羽衣パロ

山間の小さな鄙びた村には寂たる時間が流れている。一生をこの村で過ごすのならば野の花にも感動を覚えることが出来ただろうが、幼い時分を思い出すと複雑な気持ちが湧いた。心を削ぎ落とす有象無象から離れた日々を平穏と捉えるのか、無味乾燥と打ち捨てるのか。父の最期が忘れられない以上、都より遠い地での生活は次善であると考えてきたが、諸々を全て吹き飛ばすような光を見た。この世のものとは思えない眩しさに、体が悲鳴を上げる。まるで突如浴びせられた光に全身を焼き尽くされたよう。
俺はあの時、目が潰れてしまったのだ。何も見えず闇の中で藻掻いていたから、手に触れた光を掴んだ。明るすぎる光は闇を呼び飲み込まれてしまう。痛いほどによく分かっていたから、誰にも見つからないようそっと隠した。その日から俺の隣には天の欠片がいる。



 周囲を山と谷に囲まれた村は、外界の干渉を拒むように暮らしをしていた。いかに過去の生活とかけ離れていたとしても俺にとっては心地よく、すっかり馴染んだつもりでいた。記憶の片隅に埋もれかけていた彩りを思い出したのは、狩りの合間に小さな泉へ赴いた時だ。鳥の鳴き声がやたら聞こえるので何事かと覗いたら、一人の男が水浴びをしているのを見つけた。艶やかな黒髪は日の光を浴びて金の輪を抱き、水を掬う指先は淡い桃色をしている。畑仕事で荒れた指先や土埃にまみれた人々とは違い、全身から薄ら光を発しているような眩さ。一瞬で全てを奪われた。
喉の渇きも忘れ釘付けになる己に気づき、頬の内側を強く噛んだ。震え出す足を引きずって少しでも遠くへと歩き続ける。あれは見てはならないものだ。これ以上見続けたら目が潰れると言い聞かせて家へ帰り、そのまま布団を頭から被って寝てしまった。

 一睡もせず夜を明かし、ただ日が中天へ昇るのを待つ。一晩中言い聞かせたけれど、むしろ焚きつけたようにあの者への執着が昂ぶるのを感じ、結局は欲に負けた。昨日よりも慎重に泉へと近づくと、同じように水浴びをする男を目に捉える。何としてでも手に入れたいとぎらつく目は、木々の合間に男と同じように光を放つ薄衣を見つけた。無造作に梢にかかる衣は都でも見たことがない光沢を持ち、間違いなくあの男の物だと分かった。

――本物を手に入れられなくともせめて欠片くらいは。

 歪んだ思いを原動力に、驚きの早さで事を為し家へと逃げ帰った。これを見ればあの男を思い出せる。暗い思いと共に誰にも見つからぬよう光る衣を箱にしまった。これで安心と体の力を抜いた所で大きな失態に気づく。腰に付けていた父の形見が無い。全てを捨ててきた父が一つだけ都から持ってきたものだ。何としてでも取り戻さなくてはならないと、もう一度泉へ戻った。
暗くなっては見つけられないだろう。何としてでも陽のある内にと焦る気持ちは大きく足を踏み出し、藪を払う音を派手に鳴らす。ガサガサと動き回る頭の上に鈴を転がしたような澄んだ声が落ちてきた。
「どうかされましたか」
 木の上に。高い木の上で、枝と葉に守られるようにして座り込んでいる。それは間違いなくあの男だった。
「探し物、を。大事なものを落としてしまって。父の形見を、探していて」
「ああ、ならば」
 目の前が暗くなり、空からゆっくりと影が落ちてきた。ふわりと目の前に降り立った男は懐から短刀を取り出す。
「これでしょう?見つかって良かった。……大事なものを無くすと困ってしまうから」
 目を伏せた男は心底困っているようで、短刀を載せた手を両手で握り締めた。俺は光を手に入れたのだ。



 この世のものとは思えない、というのは間違いではなかった。男は天に住まう者だと名乗り、天へ帰る為の羽衣を無くしてしまったのだと嘆いた。親切なふりをして家へ招き、羽衣さがしの手伝いを取り付ける。輝く瞳は疑いの欠片も映さず信じこみ、イルカは俺と暮らすことになった。くすんでいた景色は明るさを取り戻し、イルカと歩く山が以前と同じ場所とは思えない顔を見せる。息をするというのはこういうことであったかと、自分の中の何かが目覚めた。
彼のいる日々に、簡素な生活であっても笑いが生まれるようになったが、時折激しく体が震える。イルカが空を見る。その姿を目にする度に。

 イルカは日中山の中を探し回り、陽が落ちる前に家へと帰ってくる。いつしか二人の生活に慣れ、時折イルカが夕餉の支度をしてくれるようになった。
「山の向こうは行ったことが無いのですか」
「この村は三方を深い谷で囲まれているので。イルカさんは外へ行きたいのですか」
「外、というよりも……。この山はたくさん調べました。羽衣はどこか他の場所へ」
「どうでしょう。ここの所、あの木々を越えるような大風は吹いていません。動物が巣穴へ持ち込んでいるのかもしれませんよ」
「そうでしょうか……。そうなら良いのですが」
 彼は何日経っても羽衣さがしを諦めなかった。村人と顔を合わせ声を掛け合うようになってもそれは変わらず、俺の体を震えさせる。俺は何度も夜中にこっそりと抜けだし、家の裏手へ隠した箱を見に行った。まだある、誰も触っていないと安堵して額の汗を拭う。
 羽衣が無くても彼はここで生活出来ている。俺にはイルカが必要なのだ。そう言い訳して、もう開けてはならないと箱の蓋を閉じた。このままずっと隠しておけば掌の中の光は俺のものだ。お守り代わりに父の形見を羽衣と共に隠し、この日々が壊れないようにと祈っていた。

 ある夜、同じように寝床を抜け出し羽衣の箱を確かめに行った。隠し場所へ辿り着き、土を掘ろうとして息が止まりかける。土が柔らかい。自分で掘り返した後は入念に固めて草を被せておくのに、まるでさっき掘り返したような柔らかさだ。焦りながら必死で土を掘り返す。出てきた箱を乱暴に開くと、羽衣が夜目に眩い光を放っていた。
「……あった」
 どっと力が抜け、地面にへたり込む。誰かが、イルカがこれを見つけたのかと思った。気のせいだった勘違いだと、今度こそ入念に埋めて土をならす。ここは見つかってはいけないのだ。イルカがいなくなってしまったら俺は。
 土の上に手を載せる。どうか見つかりませんように。



 一度疑いを持ったのがいけなかったのだろう。本当に誰かに気づかれたのか、単なる勘違いか、どちらが正しいのかは分からない。どちらにせよ俺は冷静に判断することなど出来なくなっていた。身を縛る恐怖が強すぎたのだ。
 イルカが寝てからこっそり確かめていたのに、一人になると何度も羽衣の無事を確かめるようになってしまった。朝イルカが山へ向かってから、昼飯を食べた後、夕方イルカが戻る前。確かめては安堵し、不安に駆られては掘り返す。その全てが人目に触れてはいけないと、細心の注意を払わなければならないのだ。天の欠片を手に入れたと浮かれていた時分はどこへやら、ただ日々の暮らしを繰り返すだけでとんでもなく疲弊するようになっていた。
「カカシさん大丈夫ですか?最近ずいぶんお疲れのようですけど」
「大丈夫ですよ」
「ならいいですけど……。俺は少し疲れてしまいました。これだけ探しているのに見つからないなんて」
「まだ探すんですか。これからもずっと?」
「あれが無いと天へ帰れませんから。……でも、ここでの暮らしも」
 ふふっと小さく笑うと照れくさそうに目を伏せる。疲れ切った体に喜びが満ち溢れた。ああ、彼はここでの暮らしを、俺との生活を愛しんでいるのだ。
 不安に影っていた心が一気に晴れた。やはりあれは気のせいだった。仮に気づかれたとしても、この優しいイルカが俺を捨てていくなど。
「カカシさん嬉しそう」
「うん」
 目を瞬かせたイルカが楽しそうに笑う。久々に心の底からの笑顔を浮かべた。

 あんなにぐっすりと眠ったのは何日ぶりだろう。今日は畑仕事ではなく狩りへ行く気力も戻って来た。羽衣を探すと言うイルカと山へ向かえば猪を見つけ、不安のタネが無いとこうも違うものかと己の単純さに笑いが浮かぶ。これだけの獲物があれば二人で腹一杯食べても充分だ。
 今日はもう山を下りようと伸びをした時、一羽の鳥が目に入った。一心に翼を動かして飛んで行く。消えた先からは鳥の鳴き声がした。ひとつでは無い、鳴き声が。
 そろりと踏み出した足が加速し、藪を突っ切って走り出す。喘ぐ喉に締め付けられながら一気に泉まで走り抜けると、眩いほどの光が目を差した。騒がしかった鳥の鳴き声が止み、泉の水面に立っていたイルカが羽衣を揺らしながらふわりと浮き上がる。焦燥に駆られ、ぜえぜえと喘ぎながら泉の縁へと歩み出た。
「イ」
 しーっと人差し指を唇の前に立ててニッコリ笑い、そのまま少しずつ天へと上ってゆく。ああ、どうしてもあなたに触れられなかった。そのままに俺を置いて去って行くのか。
「残しておきましたから」
 何を、と聞く間もなくどんどん光が小さくなって、とうとう見えなくなってしまった。消えてしまった光を追うように後から後から涙が溢れ出た。



2120/06/20
2021/08/29(日) 02:54 ワンライ COMMENT(0)
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