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◇あざとく

 おやつが必要なのは子どもだけではないのだな、と思う夕方ラッシュ前の受付。みんな昼飯抜きだったのだろうかと思うくらいの食いつきだ。
「す、すみません……ちょうど小腹が空く時間帯で」
「いや、いいんですけど。喜んでもらえたのなら何よりだし」
「それはもう、あの、見ての通りで」
「イルカ!お前あんこ!?カスタード!?どっちだっ」
「俺は余ったヤツでいいって」
「いいな?後で文句言うなよっ」
 新しく出来た鯛焼きの店は、昔ながらの餡子だけでなく他にも数種類の味があり人気だと聞いていた。だから差し入れにと買ってきたのだが、これほど喜ばれるとは。
 嬉しいとは思うものの、肝心の人が俺の前に立ったまま眺めているので本末転倒だ。先生に喜んでもらいたいと思ったのに。
「先生ももらってきたら?あの調子じゃすぐ無くなっちゃいそう」
「そうですね。せっかくなのでいただきます」
「うん。その方が俺も嬉しいです」
 じゃあね、と手を振って回れ右。先生と食べられたらなーなんてのは甘かった。まあ別に甘いものは好きじゃないしと独りごちても、笑顔だけでも見たかったという下心は癒やされず。若干肩を落とし廊下を歩いた。麗らかな午後の日差しがせめてもの慰めだ。
「カカシさんっ!」
 呼び声に振り向くとバタバタと先生が走ってくる。俺の腕を取り、そのまま玄関を抜けて外まで走り出た。
「あはは、すいません」
「いえ、でもどうしたの」
「はい」
 ポンと手の上に温かい紙包みが置かれた。ふわんと漂う甘い香り。さっき受付に差し入れた鯛焼きだ。
「本当は一緒に、って言いたかったんですけどあの様子だったんで。一個だけ奪ってきました」
 どうぞと笑う顔に手のひらだけじゃなく胸まで温かくなる。その笑顔の為に、持ってきたのだ。でも手の上の鯛焼きは一つ。先生が戻ってももう残ってない気がするぞ。
「ありがとうございます。でも先生の分は?もう戻っても食べられちゃってる気がします」
「間違いない。だから、一緒に食べましょう?カカシさんは優しいからなあ。半分こしてくれないかなあ、なんて」
 スタスタと歩き出した先生は手近なベンチに座り、ポンポンと横を叩いた。
「ね?」
 早くと誘うように小首を傾げるので、手の中の温もりを握りつぶさないように必死だった。



◇不機嫌

 同じ判子の音がこうも違うとは。自意識過剰かと戒めつつも、もしかしたらを捨てきれず口布の下で唇を舐める。見たことの無い態度は、今までと違う展開を生むのではないだろうか。
「あの」
「はい」
「先生、何か怒ってらっしゃる……?」
「いいえそんなとんでもない」
 わー怒ってる。その返しは100パーセント怒ってるでしょう。幸いなことに受付は閑散としていて、俺がこの場を占拠していても文句を言う人物は現れなさそうだ。正直、向けられることのない表情にワクワクしたりして、膝を折って下から顔を覗き込んでみたりする。
「俺、何かしましたか?思い当たりが無いんです」
「思い当たりなんてあろうはずがありません。思い当たる前提となる事象も何も存在しないからしてその杞憂こそどっか遠~くに放り投げるべきものであると考えます。お疲れ様でした」
「先生……」
 張りつけた笑顔とこめかみの痙攣がこれ以上無いほどの不協和音。明らかな拒絶にどう対応すべきかと悩む頭にぐっと重みがかかった。
「カカシ何してんの?あ、これよろしくー」
「ちょっと」
 人の頭を肘置きにして先生に愛想を振りまくとはいい度胸だ。載せられた腕を振り払い体を起こす。近かった先生との距離が遠くなって、それもまたコイツのせいだと苛立ちが増した。
「はい結構です。お待ちの方もいらっしゃるでしょうし、」
 バンッ!とさっきよりも大きな音が響いた。カウンターにヒビが入るんじゃないかと思うほどの強さに室内が静まり返る。
「お話されるならどうぞ外でお願い致します。ご了承、いただけますよ、ねぇ?」
 突き刺さる言葉に背筋が伸びる。手甲の中がじわりと湿った。
2021/10/11(月) 10:18 お題もの COMMENT(0)
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