◆各種設定ごった煮注意

解説があるものは先にご確認ください
◇さらT.のkkirさんには「幻ばかり追いかけていた」で始まり、
「懐かしい味がした」で終わる物語を書いて欲しいです。
できれば5ツイート(700字)以内でお願いします。

 幻ばかり追いかけていた。
 あまりにも小さな声に、空耳かと思った。箸をとめて続きを待っても、当の本人は何も言わず味噌汁を啜っている。
 たしかに聞こえたはずだけどわざわざ聞き返すほどの自信もなく、なんとなくまた箸を動かした。汁に浮かぶ茄子はとろりとしていたし、生姜焼きも甘すぎず美味い。その後の時間も違和感なく過ぎていった。ただ、小さな呟きが耳に残っただけ。

 心地好い温かさとわずかな苦しさに沈んでいた意識が引き上げられる。額に感じた柔らかさが、ぼやけた頭を揺り起こした。
「カカシさん」
「ごめんね、起こしちゃった」
 謝る人の顔はしっかりと隠されていて、抱き締める体が妙に硬い。見なくても分かる。寝間着ではなくベストを着けているからだろう。いつの間に着替えたのか。
決まり悪そうに離れる体を追いかけてベッドの上に膝立ちになった。わずかな光の中に、しっかりと身支度を調えたカカシさんが浮かび上がる。手甲までつけているなんて、本当に出る直前だ。
「ちょっと行ってきます」
「いってらっしゃい。お気をつけて」
「うん。帰ってくるよ、ここに」
 俺の頭を一撫でして玄関へと向かう。去る背中を追いかけようかと思ったが、振り向いて手を振るので大人しく座り込んだ。鍵をかける音を聞いてまたベッドへ潜り込む。
 カカシさんはここへ帰ってくると言った。心配して追いかけなくても、帰って来てくれるのだ。だったらまだ彼の温もりが残る場所にいたい。
もぞもぞと布団の端を巻き込んで丸くなる。少しでも長く、彼の温もりと匂いを感じていたかった。



 帰ってくるよ、と言われたから待っている。あの夜からずっと待ち続けているが、カカシさんはまだ戻って来ない。
 極秘任務というわけでもなく、受付でも分かる程度の任務だったから油断していた。帰還予定を二日過ぎ、自分の愚かさに歯噛みしている。どんな任務にも危険があると分かっているはずなのに。
 彼は強いからと安心しようとしても、彼が強いからこそという不安が忍び寄る。任務が順調に遂行できたとしても、それ以外の危険が襲うのだ。名の知れた忍ならばどこにいても気が抜けない。
 こんなことは日常だと平気なふりをして、一人で飯を食った。いつものように、それこそカカシさんと付き合う前の日常のようなふりをして、だから大丈夫だと言い聞かせるように。こんな時間は嫌ほど経験するだろうと分かっていたが、平静にやり過ごすのは難しい。どうしたって胸が騒いで落ち着かなかった。
 卓袱台の上にならぶ食器の少なさがため息を呼ぶ。音のない部屋で味噌汁を啜っていると、ふと彼の言葉を思い出した。

「幻ばかり追いかけていた」

 あれはどういう意味だったのだろう。結局聞けないまま、頭の隅に追いやっていた。
 ひとりきりの部屋は、二人で過ごした時間が幻だったように冷たい空気だ。彼がいま、ここにいないからといって、過去まで消えてしまうわけではない。分かっていてもすべてが幻だったように感じる。
 カカシさんは、俺と逆の状況で幻と言った。二人で一緒にいる時に幻を思い浮かべていたのなら、彼が見たのは目の前の俺が弾かれた世界なのだろうか。彼が追いかける幻とはなんだろう。
「あちっ」
 突然指先が熱くなった。驚いて取り落とした碗が卓袱台の上に味噌汁を広げてゆく。
ぼんやりと考えていたら味噌汁を溢してしまった。あわてて布巾でぐいぐいと拭いている最中も、頭の中は幻の正体でいっぱいだ。

 カカシさんが俺のいない幻を追いかけていたらどうしよう。俺は彼が得られなかった幻の変わりにすぎないとしたら。

 嫌なことばかり浮かぶ理由は分かっている。あの日は、彼にこの家の鍵を渡した日だった。この家で一緒に暮らそうと決めた日。招かれる存在ではなく、ここへ帰ってくる存在になってほしいと願い、受け入れられた。影一つない夜になるはずだった。
 震えるほどの喜びと始まりの日が、ぽつりと落とされた呟きで揺れる。その意味をたしかめることもできぬままで、身動きができない。ずっと待っているのに、彼が戻ってこないから。
 握り締めた布巾から、しみこませた味噌汁が滲み出てきた。手の中で広がる不快感で我に返る。
 もう一度拭き上げて、雫を溢さないようにしながら台所へ向かう。大丈夫だ。きっと、何もかも。そう信じるしかできない。
 勢いよく出した水で付近を洗い流す。何度も擦り、すべて流したはずの味噌汁の匂いが鼻について、いつまでも消えなかった。



 いままでの人生を思えば、彼がいた時間などほんの一部だ。それなのに、一人になった食卓はえらく味気ない。
得意ではなくとも日々を病まずに過ごせるよう自炊をしてきたが、まったくその気にならなかった。とりあえずで腹を膨らませるような食事は虚しくて、余計に心が磨り減っていくようだ。
 だからといって仕事が仕事だ。食べずに済むはずがなく、でも味噌汁だけは避けている。何度も洗ったし幾日も経っているのに、まだ指先に味噌汁の匂いが染み込んでいるような気がするのだ。時折鼻先を掠める気がして首を振る。
 実際に染み込んだのは味噌汁なんかではなく、不快な疑念だと分かっていた。それがなくならないから幻臭がまとわりつく。
 解消する方法はひとつだけだ。カカシさんと話をする。でもまだ彼は帰らない。

 混み合う商店街を眺めながら、いつかの自分達を探してしまう。何を食べようか考えながら二人で歩く夕暮れ。何度も繰り返した時間は、飲み友達の頃から始まっていた。
 ともに暮らす相手となる前のほうが、彼との距離が近いように感じてしまう。帰りを待つことなど何度もあったのに、関係が変わったいまのほうが不安に揺れるのは何故だろう。あんな小さな言葉を問うことができなくなるなんて思わなかった。
「きょうのメニューは?」
 真後ろからかけられた声に驚いて振り向く。たった数歩先に、目を弓形にたわませたカカシさんが立っていた。
「カカシさん!」
「ごめんね。ちょっと遅くなって」
 言葉が渋滞して口から出てこない。不格好な形で口を開いたまま固まる俺へ向かって、笑いながら両手を広げた。
「おいで」
「し、しませんよ。こんな場所で」
 やっと動いた口から出てくるのがこんなセリフとは。そうだねと閉じられた腕を未練がましく見ているくせに、と自分に腹立たしい。
「温かいものが食べたいなあ。買い物して帰ろ」
 隣に並んで人混みを見回す。商店街は同じように買い物をする人でごった返している。
 ポケットから出された手が俺の小指を掠め取り、一瞬軽く握ってから行く先を示す。すぐに離れた体温が、強張った俺を解いていった。



 夕飯はステーキにしようかと思った。けどやめた。毎回そんなに歓待してくれるの?と言われて、恥ずかしくなってしまったのだ。
 本当にステーキにしたいくらい嬉しかったけれど、いざ指摘されると恥ずかしい。俺ばっかり好きみたいだし。
 だから今日は焼き鮭と煮物と味噌汁。それでもカカシさんは嬉しそうに食べてくれる。
「美味しい」
 ひとりごとのような小さな呟きに思わず箸が止まった。同じ響きに招かれて、再会の喜びに隠れていた迷いが噴き出す。
 カカシさんは帰ってきた。聞くなら今しかない。
 真っ直ぐに見つめて思い出す。あの時、どんな表情だったか。本当に俺が悩むような響きだったのか。
 目の前に座る人の表情は、この時間を慈しんでいるように見える。俺の勘違いとは思えない。

 箸を置き背筋を伸ばした。空気の変化に気づいたカカシさんも食べるのを止める。顔を見て話すことができなくて、動きを止めた箸を見つめながら口を開いた。
「どうかした?」
「この前。出立の前の晩飯の時なんですけど」
「うん」
「幻ばかり追いかけていた、って言ってましたよね。あれ、どういう意味なのか気になってて」
 箸の先が少し下がった。目線を上げると少し口を開いたカカシさんが、驚いたように見ている。
「俺、口に出してました?」
「した。小さくですけど」
「えー……」
 どうやら本人も無意識だったらしい。茶碗と箸を置き頭をかいている。
「あのね、あの日なんだけど」
「はい」
「先生が、一緒に暮らしましょうって鍵をくれたでしょ。だから、普通に食事してただけだけど、なんか。こう、なんか違う景色になったっていうか。分かるかな」
 うまく説明できないけど、俺にも分かる。同じだけどやっぱり違う。あの日は特別だった。
 同じ気持ちだったことにホッとする。
「あなたを好きになった。でも気持ちが通じ合うとは思ってなかったのよ。大事なものはいつも手のひらをすり抜けてくように感じてたし。俺はいつも遅いんだよ。間に合わないの。だから、いつかあなたもいなくなってしまうんじゃないかって、そう感じたりね。だけどさ」
 カカシさんは両手で味噌汁の碗を包んだ。彼の好物である茄子の味噌汁からは、まだほんのり湯気が上がっている。碗から伝わる温もりは、大事なものがすり抜けていった手のひらを温めてくれるのだろうか。
「二人で夕飯を食べててね。先生はどこにも行かないで、ずっと一緒にいようって言ってくれて、俺はあなたの向かいに座ってて。味噌汁を飲んだら温かくて、これが現実なんだって思ったの。この部屋であなたと一緒に暮らしてゆく。予定調和みたいに感じてたいつかは、本当のあなたじゃなくてただの幻だった。そうか、ってストンと力が抜けちゃって、つい言っちゃったみたい」
 照れ隠しのように碗を持ち上げて顔を隠す姿に、目頭が熱くなる。膝の上で握った拳を見て堪えた。
 手の中からすり抜けていったものは数え切れない。大事な人達とこうやって卓袱台を囲んでいた時間は、かなり遠くなってしまった。懐かしいあの時はもう戻らないけれど、幻を追わなくていい。
 日常のありふれた景色の中に必要なものがある。俺達はお互いがその一部だと感じるほど馴染んでいた。この特別ではない時間を、特別に慈しむほど大切に感じている。気持ちは同じだ。
「幻でも俺を追うなんて」
「あなただもの」
 好きだよでも愛してるでもなくて、ただ、俺だから。
 柔らかく微笑まれて顔が熱くなる。
 少しぬるくなってきた味噌汁を一口啜る。懐かしい味がした。



お題:書き出しと終わり
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2022/11/19(土) 12:59 お題もの COMMENT(0)
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