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 ぐちゃぐちゃになった理由はハッキリしているが、その原因との仲を取り戻したいのだ。苦しくとも少しずつ体を慣らしてゆくしか無いだろう。一度で諦めるなら最初から申し出たりしない。
 しかしここまでハッキリと拒絶反応が出たのは想定外だ。お互い忍である以上、いつだって最後となる可能性がある。特にあの人は常に最前線を駆ける人だから焦りがあったのだろうか。それが目を眩ませたのかもしれない。
 これまでに大切な人達と、突如ぶった切られるような別れを経験してきた。過去の痛みは身に刻まれており、友人と認める彼を失うのが怖いのだと思う。死という形でなくとも不本意な別れは傷になる。痛みは何度訪れても初めてのように苦しく、間に合うのならばと必死になってしまった。
 慎重に進めるべきだと思いつつも、いつその時が訪れるかと思えば焦らずにはいられない。それほどまでに彼へ心を開いていたのだと気づき、なおのことどうにかしたいと思うのだ。

 とにかく数だと帰還した彼を捕まえてもう一度飲みに行ってみた。結果は変わらなかったが、過程は少し違う。二度目は前回よりも体がもった。息を止めて走り出さずとも家へ辿り着けたのは、予め構えていたからか単純に根性の入れ方か。半分で限界だったビールが一杯になったので、これを重ねてゆけば元通りだななんて笑えた。
 堪えただけ反動が酷く、笑うしかなかったのもある。前回は吐くことで落ち着いたけれど、二回目は胃の中を引っ繰り返しても朝までムカついて眠れなかった。こうなると翌日の不調に直結してくるので具合が悪い。何よりもビールのせいで上がってくる苦みと酸っぱさがどうしようもなく不快だった。
 だから次は普通の飯屋にした。アルコールが良くない作用に傾いているのは間違いないと感じたので、せめてもの足掻きだ。緊張を誤魔化すことは出来なくなったが、それでもずっとマシだろう。
 だがいつもならペロリと平らげる定食を半分も残してしまった。酒が無い分ショックも大きい。酒を伴わないただの食事を選んだ時点で、俺は言い訳を一つ失っているのだ。
 そもそも飯を残すのが好きではないので、体調だけでなく気分も落ち込む。胃の中身を出してしまわなかった分、今度は心が折られた。どう行動しても何かしらのダメージを喰らわずにはいられないらしい。

 飲みに誘ったくせに一杯しか飲まなかったり、一人前の定食すら食べられない俺を見て、彼はどう思っているのか。何も言わないしこちらに聞いてもこないけれど、以前のような楽しさが無いのは確実だ。カカシさんが加害者として俺の願いを聞き入れているだけならば、もう付き合いきれないと言われるかもしれなかった。ひょっとしたら次に声をかけた時にでも。
 そう考えるととても心が痛むので、見えない部分を勝手に補いたくない。なによりも、相手の心境以前にままならない体の方が一大事なのだ。
 いっそ前後不覚になるほど飲んでやるかと思うけれど、この状態ではかなりの試練になる。舐めるようにしてようやく一杯空けているというのに、あれを何杯もかと想像しただけで胃液が上がってきた。
 唯一の救いは恐怖心が薄れていることだ。何回も顔を合わせたり、最後までどう乗り切るかと考えることに頭がいっぱいで、彼と向かい合っても以前のようにふいに目の前が暗くなったり喉が詰まるようなことは少なくなった。無理はしている。だけど効果も出ている。
 カカシさんにも変化があった。固い雰囲気が和らぎ、以前と同じように会話をしてくれる。笑顔が減っているのは仕方ないが、胃袋を空にした甲斐があるというものだ。少しずつ落ち着いてきたのは、以前と同じ態度を心がけてくれる彼のおかげだろう。



「一楽へ行きませんか」
 とりあえずの約束をとりつけて、どこへ行くかと悩んでいたら思いがけぬ声が降ってきた。驚きのあまりどう反応すれば良いかと考えてしまう。最初こそ彼についていったけれど、以降は全て俺が店を決めていて、どこを提案してもカカシさんはただ頷いてついてきてくれた。迷いながら進む俺を見守っているようにさえ感じていたので、向こうから提案されるとは思っていなかったのだ。しかも一楽とは。
 リハビリ的に会うようになってからいくつかの店へ行ったが、一楽は避けていた。最後に二人で暖簾を潜ったのはあの夜よりも前だ。今のところ腹に物を入れると何らかの不調を感じることが多く、美味いと感じるのも難しい。気持ちにばかり集中しているせいもあると思う。何よりも俺達は、関係を改善するのが最優先で食事を楽しむ余裕にはまだ遠かった。

 俺にとって一楽のラーメンは一番の好物と言って良い位置にあり、食べて美味いと感じないのは嫌だった。好ましくない結果が予め分かっているのに、行こうと思う人間はいないだろう。一楽好きの俺が行こうと言わないことに気づかない人じゃない。何故カカシさんが一楽と言い出したのか分からない。心境の変化でもあったのだろうか。

「どうですか」
 ダメ押しをされて頷いた。引き下がらない部分に彼の意思を感じる。付き合ってくれと言ったのも、約束をして引きずり回しているのも俺の方だ。カカシさんからのアプローチは初めてで、緊張しながらも一楽へ向かった。
 
 脂とスープの匂いに醤油や味噌、葱が混ざる。反射的に腹が鳴ってもおかしくない、胃袋を刺激するいい匂いだ。素直に反応する体を宥めながらテウチさんに注文して、丼が出てくるのを待つのは幸せな時間。いつもなら、だが。
 狭いカウンターだけの店はラーメンのことだけを考える場所だ。出来ることならこんな思いで座りたくなかった。
「先生は?」
「えっと……ラーメンで」
「大盛り?チャーシューは?」
「いえ、普通で。トッピングもなしで大丈夫です」
「なんだい先生。腹の調子でも悪いのか」
「はは、まあそんな所です」
「ふうん……テウチさん、俺はタンメン」
「あいよ」
 ストレートに胃を刺激する匂いは、胃に不安を抱えている人間にとって歓迎しがたい。まだ何も入れていない胃がキリキリしてコップの水をがぶ飲みした。吐き気やむかつきから解放されたと思ったら今度は胃痛かと腹が立つ。どれだけ自分は軟弱なのか。
「前に子ども達と来ましたね」
「はい。……また」
「うん」
 並んで座る向こうに子ども達の頭が見え隠れして、賑やかな声がケンカに変わったり拳骨を降らせた時もあった。懐かしくて胸の奥がぎゅうっとする。今はここにいない子ども達が俺達の始まりでもあったのだ。一楽のカウンターにカカシさんと座るなら、胃痛よりも笑顔と一緒が良かった。
「はいお待ち。先生はラーメン、カカシ先生はタンメンね」
「ありがとうございます」
 丼から立ち上がる匂いを吸い込む。きっと美味そうなラーメンの匂いで胸が満たされているのだろう。本来なら嬉しくて思わず笑みを浮かべているはずだ。好物を目の前にしてもこんなに凪いだ気持ちでいる自分を想像したことなどない。今はただ手を合わせて粛々と向かい合う。静かすぎて誰が食べているのかと思ってしまうほどだった。



 ラーメンで温まった体に冷えた頭は居心地が悪く、何だかグラグラする。こんなのは初めてだ。辛い思いで訪れたこともあるが、一楽での時間は俺にとっていつも優しかった。全てとは言わないが、いくつもの痛みをあの温もりで慰められてきた。俺にとってはただのラーメン屋以上の存在なのに、見失った気がして心が重い。
「どうでしたか」
「美味かったです」
「本当に?」
 問いかけに足が止まる。正直、美味かったかなんて分からない。大好きで何度も通ったはずなのに、ピクリとも心が動かなかった。たかがラーメンと思われるかもしれないが、それなりにショックで自分の足元を見つめてしまう。
 あの夜、彼に壊されたのは俺自身だけではなかったのか。明日以降の自分は今日までの自分の上に立つ。過去の景色から見えるはずだった未来の景色が色を変えてしまった。これから先も色んな場所で同じように失望させられるのか。

 カカシさんは立ち止まる俺を置いて歩き続けた。のろのろと足を引きずるように後を追いかける。どこへ行くのかと思ったが、俺のアパートが見えてきた。二階への外階段を躊躇なく上ってゆく。ゆっくりと上がりながら何故今日だけ送ってくれたのだろうかと訝しんでいたら、コンと軽く俺の家のドアをノックした。
「話があるので入れてもらえますか」
 固い声が冷えた廊下に響く。
 殴られたように体が大きく揺れて目を閉じた。ふいに膨れ上がった恐怖で全身を飲み込まれそうだ。暗闇の中で深く沈めたはずの記憶が一瞬で牙を剥く。喉元を掴まれたように息がうまく吸えなくなり、首に手を当てた。口の中で落ち着けと繰り返しても、叩きつけるような激しい拍動が掻き消してしまう。
 隣に座って食事を出来るようになった。真横とは言い切れない位置に並んで歩くことも。でも密室で二人きりになったことはまだない。放課後の職員室には誰もいなかったが、全くの密室とは言い切れないだろう。誰かが戻ってくる可能性もあった。
 だが今回は俺の家。訪ねてくるヤツなんていない。本当に密室で二人きりだ。
「先生」
 雑音の中を通ってきた声に目を上げる。静かな瞳が動揺する体を少し静めた。彼を信じてもいい。友人である彼を信じるべきだ。
「分かりました」
 深呼吸をしながらポーチに手を突っ込んだ。鍵を握りドアの前に立つ。どうか今度は一回で開け。祈るように差し込もうとした鍵穴が塞がれた。
「カカシさん、手を」
「うん。よく分かった。もういいよ」
「分かった……とは」
「やめよう」
 意味が分からずカカシさんの顔を見る。ドアの前に立つ二人の距離は今までで一番近い。彼の細い吐息を感じる程に近いのに、言葉の意味はさっぱり分からなかった。
 鍵穴を塞いでいた手をポケットに突っ込み、歩き出そうとする。意味不明な言葉を言い捨ててどこへ行くつもりなのだ。横をすり抜ける腕を掴もうとしたのに縮こまって動かない。こんな時にまでと腹が立つ。その怒りは恐怖を植え付けた相手へも向かった。
「待ってください!どういう意味ですか」
「無理はやめようってこと。もういいでしょう」
「何がですか。もういいって、何を」
「言う必要ある?誰よりもあなたが分かってるのに。今日、一段と強く感じたでしょうが」
 だから一楽へ行こうと言ったのか。諦めさせる為に、あえて俺が大事にしている場所を選んで失望させた。

 カッと体が熱くなる。完全に頭に血が上った。鍵を押し込んでドアを開け、逃げようとする腕を掴み三和土へ放り投げた。狭い玄関へ俺も入りドアを閉める。絶対に逃がさない。お互い無理は承知だったはずだ。それでもと試し続けた理由まで踏みにじる気か。
「入りましたよ。あんたを家に入れた!俺達のやってることは無意味じゃない。少しずつでも変わってきてるだろうが!無理は承知の上だ」
 放り出され下駄箱へと寄りかかっていた体がずるずると落ちてゆく。座り込んだカカシさんは俺を見上げて首を振った。
「もし、家へは入れられないと言ったら続けても良かった。あなたが壊れてしまった俺達を認めて、新しく進もうとするのなら。でも先生は、自分の中の恐怖を押し殺してただ戻ろうと考えてるでしょう。それはダメだ。歪んだ関係の上に立てたものはいつか壊れる。分かっていて無理をするの?あなたが忘れようとしたことは、いつかあなたに牙を剥く。その時俺は、もう一度先生を傷つける」
「……だって。だってしょうが無いじゃねえか。起こってしまったことは変えられない。泣いても怖がっても無かったことにはならないだろう!」
「だから、必死で見ないフリをして?」
 指先から鍵が滑り落ちて、カチャンと小さな音を立てた。全身を巡る血が一瞬で冷えたように震えが走る。あれほど熱かった頭が痛いほど冷たい。
「いつも通りの生活をすれば、昔のような友人同士に戻ったら、あんなことは無かったと思える?でも分かったでしょう。忘れたフリをしても、突然まったく関係の無い場所で思い知らされることになるって。望まなくても傷つくのに、どうして自分から無理を続けるの。あなたがぼろぼろになりながら取り戻そうとしてるものは、もう無いんだよ」
「じゃあどうすればいいんだよ。あれは俺の過ちでもあるんだ。カカシさんを巻き込んだのは俺なんだって分かってる。どうしたって痛みが変わらないなら、見ないフリぐらいさせろよ!せめて友人を取り戻そうと足掻くのは間違ってるのか?」
「俺を。無かったことにするのは、友人のはたけカカシです」
「…………」
「あなたを暴行したのは間違いなく俺だ。痛みと恐怖と、俺を信頼していた自分を信じられなくなって混乱してる。友人を取り戻せば、それまでの自分が間違ってなかったと思えるかもしれない。媚薬のせいだって言い訳も手に入れて、何もかも信じられない中では唯一の道に見えたのかもね。でも体が恐怖を忘れてない。体だって心と同じくらい強いものだよ。無視は出来ない。俺を諦めて痛みを受け入れたら、きっと今よりは楽になると思う。悲鳴を無視して抑え込もうとするから、あなたは余計に苦しいんだよ」
「カカシさんを変えたのは、俺で。俺が気づかなかったから、あんたは」
 声が揺れて続けられない。種を蒔いたのは俺だ。カカシさんに会う前に飴を食べていなかったら、あんな事は起きなかった。なのに、楽になるために自分を切り捨てろと言う。友人だった自分を諦めろと。俺が苦しみながら悩む姿を見ながらずっと考えていたんだろうか。あくまで普通の顔をして、でも内心ではずっと。
「やっぱり、カカシさんのことは、好きなんです。それは無理じゃない」
 心の底で信じていたのは本当だ。憎みきれず無茶を承知でお願いしたのだって、彼を友人として大切に思っているから。その思いは付き合ってもらう内に強くなった。カカシさんの行動が俺へ向いているのを感じていたのだ。体が認めていなくても、ちゃんと理解している。駄々を捏ねるように見えても諦めたくない。
「じゃあ許せる?」
 強い瞳で俺を見据えたままゆっくりと立ち上がる。狭い玄関で向き合った。カカシさんが立ち上がったせいか、急に息苦しく感じる。
「先生は俺を許せる?」
 深く沈み込んでゆく問いの答えは、どこまで浚えば浮かび上がるのか分からなかった。
2021/11/17(水) 04:15 ゆらゆら COMMENT(0)
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