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 人が集う場所にはトラブルが付き物。子ども達の通うアカデミーも同様で、騒ぎの種も諍いの芽もそこら中にある。原因の大小にかかわらず、こじれてしまったら大変だ。大抵は本人たちで解決するが、中には大人の仲裁を必要とする事も。お互い「ごめんなさい」のひと言ですむ時期などほんの僅かなのかもしれない。
 自分に非がなくとも、生きてゆく以上妥協は必要だ。「俺は悪くない」で収まるほど世界は甘くないだろう。人はみな許し許され生きている。
 カカシさんは自分の行いの大きさゆえに俺の非を許さざるを得なかった。お前のせいで、お前さえ、と思ったところで結果を見れば非難されるのは彼なのだ。
 じゃあ俺は。俺は彼を許さなければならないのだろうか。最初の一押しをしてしまったがために。



「外飲み家飲みどっち?」
「は?」
「どっち?」
「どっちってお前」
「外飲みの利点は美味いもんが食えるだろ?それに自分で用意や後片付けをしなくていい。家飲みの利点はなんと言っても安上がり、帰りを気にしなくていいから好きなだけ飲める、時間無制限、どんな話でも出来る」
「マサキ」
「どっち」
 笑顔の前で二本の指が揺れる。右手の人差し指を選んだら外飲み、左手の人差し指を選んだら家飲みだ。フリフリ振られる指は選ばれるのを待っている。
 どちらかを掴めと期待されている俺の手は、鞄を持ったまま動かない。飲みに行きたいと思えないので仕方ないだろう。俺はあの日からずっと、カカシさんの問いを考え続けていた。答えが出ないまま抱えている悩みが、酒に押し上げられて溢れるのは怖い。
「こっちに一票」
 横から伸びてきた手が左手の人差し指を掴んだ。選ばれなかった方の指は下ろされてしまった。
「おし決まり。まずは買い出しな-」
 マサキとニシキギが並んで歩き出す。俺は選んでないと言う暇など無かった。

 好きな物を好きなだけ。とはいかないので、どうしてもを一個、あとは財布と相談で協議する。
 男同士の家飲みにおけるルールだ。つまみなんて乾き物で充分派と、つまみと酒はダブル主演だ!と主張するヤツがいるのでいつの間にか出来上がった。酒の優先度に対してつまみは適当に見られることが多く、トラブル回避のルールが成立するのは必然だった。
 今日の会場はマサキの家。買い込んできた品をテーブルに広げて好きな缶を手に取る。コップなんて始めから出さない。気楽なのが友人とする家飲みの利点だろう。
 乾杯で喉を潤したらとにかく腹拵えだと全員箸を持った。一日の仕事を終えて腹ぺこを通り越している。つまみなんて弁当で充分、早く食わせろとならなかっただけマシな方だ。
「これアタリ。んまい」
「へー。あ、醤油くれ」
「ん。他は」
「七味あるか?」
「あるある。待ってろ」
 俺はイカ焼きを囓りながら、不思議な思いで二人を見ていた。マサキとニシキギはいつもと変わらず、何度も見たやり取りをしている。つい最近まで、こういう場に座ることはもう無いと思っていたのに。
 カカシさんの豹変を目の当たりにして、彼以外の人間も警戒するようになっていた。無味乾燥な日々を送ることで、自由に自分を途切れさせられるよう心がけていた時もあるくらいだ。でも今は悩んだ時間など無かったかのように、当たり前に過ごしている。
 恐怖と相対するのは恐ろしい。でも向き合ったからこそ分かることもあった。俺はカカシさんと接することで、自分の怯えの正体を見つめることが出来たのだろう。まだ解決はしていないが、少なくとも二人に警戒する必要はないと分かった。
 ここにいられるのは俺に協力してくれた彼のおかげだと思っている。やめろと言われた時間にも確かに意味はあったのだ。
 カカシさんは俺に付き合うことで償いを、何が俺にとって最良なのかを考えることで誠意を見せた。やったこと自体は最悪だとしても、その後は充分だったと言える。だとしたら俺は彼を許すべきなのか?俺達の間には彼の贖罪が積み重なり、壁のようだ。彼を責める理由は一つずつ消えてゆき、頑なな俺だけが残される。
「イルカ、あーん」
「ん?」
「このせせり美味い」
「ああ。もらうな」
 肉に齧りつけば脂の甘さを感じる。口の中を洗い流す苦みも快い。この差を知ってまた踏み出そうとした足は止まる。カカシさんといたら取り戻せない感覚だ。
「あと何本いるんだろうな。イルカの口が開くには」
「まだまだだろ」
「でもあんまり飲むと肝心な話が聞けない」
「それはそうだ」
 頷き合う二人を見ながら缶を傾ける。心配させていたのだと、気付けないほど子どもじゃ無い。でも全てを打ち明けられるほど単純でも無かった。
 お人好しでおおらか。良い人と言われることは多いけれど一番になるのは難しく、この年で恋人もいない。だけどそんな俺を友人としてしっかり見てくれているヤツらはいて、家族のいない俺にとっては大切な存在だ。酒と友人の思いやりに、きっちりと閉めていた扉がほんの少し隙間を開ける。ヒントぐらいなら、と途方に暮れた顔が嘆きを溢した。

「許すって何だと思う」
「許す?」
「子どものトラブルか?」
「……どうしても受け入れがたいことがあったとして、その相手を許せるか」
 ひと言だけのはずだったし、誤魔化しても良かった。だけど、きっとここは安全な場所だから話を聞いてもらえばいい。悩み疲れた自分がへたり込んでいるのが分かる。
「そりゃあ事によるんじゃないか。相手との関係も大きいし。許したくて悩んでるのか、許せなくて悩んでるのか。似てるようでも違うぞ」
「そうだな……」
「許せるかって聞く時点でそもそも間違っとる。お前が言う許すってのは許しじゃない。多分な」
「どういう意味だ」
「そもそもだ。許すって行為の前提には加害が存在する。傷つけられたってことだろ」
 マサキは焼き鳥の串を逆手に持ち、串焼きに添えられていたレモンへ思い切り突き立てた。櫛形のレモンは串に貫かれて汁を飛び散らせる。
「パッと見、刺さってるのは一本に見えるかもしれない。だけど実際は違う。例えば痛み」
 ぐさりともう一本串が突き立てられた。
「怒り」
「無力感」
「自己否定」
「憎しみ」
 突き刺さる串の数は言葉と共に増えてゆく。加害によって生じた傷は実際の暴行以外にも及び、その分だけ責め苦は増えるのだ。小さなレモンには何本もの串が刺さりぼろぼろになってしまった。マサキは刺さった串を握るとぐりぐりと回してレモンへねじ込んだ。
「刺さってお終いじゃない。思い出すたび、触れるたび傷痕をほじくり返すような苦しさに襲われる。終わりがないんだよ。たとえ串が抜かれてもだ」
 押し込んでいた串を力任せに引く。レモンはぐにゃりと形を歪めて埋め込まれていた串を放した。歪なレモンにはぽっかりと穴が空いている。
「傷つけられたことは許したとしよう。その分の串は抜いたぞ。どうだ?」
 一本抜いた所でまだ複数の串がレモンを貫いている。犯した罪を許したとしても、まだ怒りや憎しみはそのままだ。踏みつけられた無力感や、信じがたい事態に陥った自分への否定も残っている。
「これを見て許すって言葉が出てくるか。許す、許さないって考えようとするのは目を背けてるからだ。ちゃんと見ろ」
「そうかもしれないが……。見たくないんじゃないか。自分ならなおさら」
「見なきゃダメなんだよ。見ないフリをして絞っても、もう汁なんて出て来ないだろう。出来ないことをしようとするから余計苦しむ。まずは潰れたレモンを見るんだ」
 同じ事を言われた。カカシさんは見ないフリをしても苦しむだけだと言ったのだ。俺は、もうぐちゃぐちゃに潰れているのに身を捩って無い果汁を搾り出そうとするレモンか。嫌な例えだ。
「自分に刺さっているのは何だ。痛めつけられた痕が癒えたとして、まだ何が残ってる?その中からどうしても消えないものは、消えずに残った全てを覆い尽くすほど強く願うことは何だ。そこで浮かぶのが相手の顔なら、もう許してるんじゃないのか。多分、あれこれ考える前に決まってしまうものだろう。許せるかどうかなんて、悩んでも意味が無いんだよ。無理に決めた所で、自分の中の矛盾に苦しむかもしれない。許しってのは全部を見て最後に掴もうと思うものだ。俺はそう思う」
 目を瞑って選んだり許せるか悩んでいる内は、許すなんて程遠い状態だ。マサキはそう思っているのか。

 黙って聞いていたニシキギが残っている串に手を伸ばした。一本ずつゆっくりと引き抜き始める。全てを抜き去った後には、刺さっていた串と同じ数だけの穴。つやつやとふくれていた皮は見る影もなく穴だらけになり、果汁を吐き出した果肉はぺちゃんこになっている。皿の隅に転がるぐちゃぐちゃに潰された哀れなレモン。
「痛みも苦しみも取り除いたぞ。相手に対するマイナス感情はもうどこにも無い。イルカが言う許しっていうのはこういうことなのか?……見ていられないくらいぼこぼこだ」
 はっきりとは言わなくても、ぐちゃぐちゃになっているのは自分だと打ち明けたようなものだ。むしろ、分かっていたからこそ飲みながら吐き出させようとしてくれたのだろう。  
 絶対に誰にも悟られまいと決めていたのに、どこかホッとしている。きっと痛くて苦しくて疲れていたのだ。曖昧な言葉にも応えてくれる二人に、少しだけ重荷を軽くしてもらった。
「傷だらけになって許す必要なんかない。無理をしても傷が残るのは変わらないだろう?抜く分痛みが増すぞ。時間が経てば刺さっている串が同化して、痛みを忘れる時が来る。怒りも憎しみも捨てなくていい。相手を許せるかじゃなくて、自分を許してやれ」
「って言ってやれ。とりあえずお前は追加。どれにする?」
「まだ残ってるよ」
「んな気の抜けたもん飲むな!美味くねえだろ!」
「ほらこれにしろ。好きだろ」
「ニシキギー。残りでビール煮込み作って」
「いいぞ。肉代よこせ」
「……鶏なら」
「しけてんなあ」
「言うな!財布の薄さなんて変わんねえだろ」
「違いない」
 笑い合う二人を見ながら新しい缶を開ける。プシュッと指先から広がった振動が、体中の強張りを緩めた。



 一人で抱えていては見えないことを教えてもらう。ごく当たり前のことさえ浮かばないほど雁字搦めになっていた。今は少し風通しが良い。どう答えるかは決まっていないけど。
 気の良い友人達は相変わらずで、許す者も許そうとする者も追求されないのがありがたかった。また毎日の繰り返し。日常をこなす内に時間は経っていて、もし俺が時間を選んだとしたらカカシさんはどう言うのかと時々浮かぶ。その先は俺には分からない。
「イルカ、ちょっといいか」
「何だ」
「来てくれ」
 難しい顔をしたニシキギは、返事を待たずにカウンターを回ってしまった。幸い今は混み合っていない。周りに声をかけて後を追う。資料室へ入る所へ追いつくと、そのまま戸を閉められた。
「どうした?」
「薬物一覧表が回ってきた。最新版だ」
 新しい術や新種の毒など、日々情報は更新され続ける。どんな情報でも命取りになる可能性があるので共有は大切だ。木ノ葉では帰還した忍や医療班の報告をまとめて定期的に一覧表が作成されている。ニシキギに渡されたプリントはその最新版らしい。
「分かるか?」
「ああ」
 真ん中より下に載っている橙色の飴細工――「ナタの徒花」だ。合成するだけでなく、実際に村の外へ持ち出して使ったのだろう。こうして文書に載っているということは、効果が実証されたのか。
「お前が土産にもらった飴だよな」
「流通し始めてるのか」
「お前……」
「最初は知らなかったよ。カズラは何も言わなかったんだ。知ったのは、ほぼ食べ終えてから」
 ニシキギは深いため息をついてしゃがみ込んでしまった。申し訳なさに頭を搔く。
「おかしいと思ったんだよ……。あれはナタの徒花のせいだったのか。イルカに欲情するなんてあり得ねえもんなあ。あー安心したわ」
「すまん」
「まあ、あそこに居合わせたのがはたけ上忍で良かったな。もし中忍や特上だったら二人がかりで襲ってたとこだ」
「え?」
「綺麗な見かけに反して結構エグいぞ。強度見てみろ。あの人は、薬物耐性ほぼマックスだから効かないだろうけど。……イルカ?」
 プリントの文字がぶれる。目を閉じて深呼吸をしてからもう一度目を落とした。歪む文字を何度見ても変わらない。書かれている数値は上忍ならば充分耐えうるものだった。
2021/11/25(木) 14:42 ゆらゆら COMMENT(0)
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