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 窓を開け放ち外の空気を入れた。風が通って気持ち良い。窓枠に腰掛けて午後の温かい日差しを浴び、猫のように目を細める。このまま本当の猫になって日なたぼっこでもしたいところだ。
 少しだけと目を閉じれば、静かだと思っていた場所もたくさんの音で満ちているのが分かる。遠くに響く人の声を聞きながら流れてくる葉擦れのざわめきに耳を澄ませた。

 人の少ない午後の受付はのんびりとした空気で、俺も手持ち無沙汰だった。窓から見える日差しがとても温かそうで目を奪われていたら、カウンターの上に段ボールが置かれた。
「これ片付けてきてくれ。ついでに休憩行っていいし」
 普通にしているつもりでも偽りっていうのは見抜かれてしまうらしい。気づかぬ内にこぼれ落ちた異変はしっかりとキャッチされ、少しずつ皆の腹に溜まっていたようだ。
 何も言わず山積みになっていた資料を段ボールへ詰めてくれたのは、皆の優しさだろう。ぐるりと見回した顔はどれも同じでありがたく席を立つ。受付が暇なことを幸いに、資料室へと抜け出してきた。もちろん山盛りの資料と一緒に。

 ここしばらく頭の中はある人のことでいっぱいだった。少しでも隙があれば、あるいは何かをしている時でも無遠慮に思考を奪ってしまう人。優しい記憶で包まれていたはずが、痛みを伴う形へと変わってしまった。痛いのも苦しいのももう嫌だ。何を思いだしても負の感情しか浮かばないほど頭を悩ませていた。考えまいと努めることが、より自分自身に負荷をかける。意識しまいと思えば思うほど、存在を刷り込んでいるようなものだ。俺は、友人として心を許していたカカシさんも、俺を襲った男も、もう頭の中から消してしまいたかった。
 彼の気持ちを推し量ろうとするのは無駄だろう。理由を探し悩んだ所で、俺に分かるのは現実に行われた行動だけ。仮に裏があるとしたって知りようが無い。少なくとも俺の中には、彼の暴行と破壊を許容できるほどの何かなんて見つからない。それでも過去の友人のためと足掻くのか。
 カカシさんへ向けられていた「何故」という言葉が自分へ向かって突き刺さる。
 あの人は特別な人だ。里にとって無くてはならない忍だし、子ども達の師でもある。だがそれは、俺にとって傷を負った自分よりも尊重しなきゃいけないのだろうか。無二の親友であるとか命を預ける相棒だとか、御大層な名のつく関係は俺達の間に無い。あくまで友人にすぎないのだ。いくら俺がお人好しだろうと、さすがに限界がある。今だってこんなにも苦しんでいるのに。
 彼に理由を尋ねるのは諦めた。泣きながら呻く俺を見ても答えをくれなかった人だ。この先訪れるかもしれない「もしかしたら」を信じろって言うのは酷すぎる。自分の中にも納得できる答えが無い。だからはたけカカシという人を自分の中から消した。
 もちろん彼は存在しているし、仕事上で目にすることもあるが、それはあくまでも里の忍としてだ。付き合いのある一個人としての彼は頭の中から放り出した。受付で顔を合わせる相手のことなど仕事が終えたら忘れてしまう。そういう中に入れたのだ。

 思いがけず現れる人だから最初はハラハラしていたが、飴を踏み潰したことで気が済んだのか会わなくなった。俺の行動範囲など限られているし察知もしやすい。報告のタイミングさえ間違わなければ避けるなど簡単な話で、実際そうなっている。それがカカシさんの意思なのだろうと確認できたのも背中を押した。
 結局は最初と同じだ。時が過ぎるのを待つ。それだけ。最終的に同じ場所へ戻ってしまうのは正しい道だからなのか、絶対的に必要なことが足りていないからなのか。過ぎった考えに怖くなり思考を閉じ込める。正解があるとしても、そこへ辿り着くまでに痛がり続ける必要があるのなら、放棄させてくれ。とにかくもう疲れたんだ。



 爽やかな風に頭の中まで拭き流してもらいたい。そうしたら気持ちいいだろうなあと思い切り伸びをする。ぐーっと体を伸ばして深く息を吐いたら、胸の奥や腹の底に蟠る鬱屈もどろりと出てしまわないだろうか。
「さーぼーりーだーっ!」
 飛び込んできた元気な声に目を開ける。窓の下でニッと笑っていた顔が、ぐっと近くまでやってきた。
「せんせーサボり?いいのかなーあ」
「こら、壁を飛び上がって来るんじゃない。用があるなら中から来い」
「先生だって窓に座ってんじゃん」
「見なかったことにしとけ」
 窓枠に取り付いて笑う顔に人差し指を立てる。
「ずっりー」
「ズルはお前もだろ。回れって言っただろうが」
 尻を引っかけていた窓枠から慌てて下りた。背後の上忍に向き合って一礼する。
「失礼しました。ウコギ上忍」
「いーっていーって。驚かせて悪かった。ほら、地図借りたからお前が持ってろ」
「はーい」
「任務ですか」
「ああ。今回もカズラのお守りだ」
「そりゃないですよ」
「十分後に大門集合。遅れるなよ」
「はい!じゃあ先生またね」
 ひょいと飛び降りた茶色い頭があっという間に遠ざかる。元気がいいのは何よりだが、これから任務だというのにあの調子で大丈夫だろうか。いらぬ心配と思っても気になる所だ。
「変わらんのが良いのか悪いのか、複雑な所だろう」
「ええ。本当に」
 はははと上がる声につられて頬が緩む。ウコギ上忍は面倒見が良く朗らかな人だ。カズラものびのび動くことが出来るのだろう。懐いているのがよく分かった。
「今回は土産が無いと思うが、あいつはまた飛んできそうだな」
「カズラにもらった飴を食べました。美味かったです」
「美味かった?」
「はい」
「お前が食べたのか……意外だな」
「意外、ですか」
「悪いってわけじゃない。ただそっちは想像してなかったというか」
 曖昧な言い方に項がチリッとした。土産は飴だ。食べる以外の何がある?意外と感じる要素はどこにあったのだろうか。
 考え込むように顎を撫でていたが、宙を睨んでいた目がこちらへ流された。
「一応聞くけど、あいつ渡す時に何か言わなかったか?」
 首筋に生まれた違和感が膨れ上がり指先まで広がってゆく。嫌なざわめきに体が喰らい尽くされる。
 つい最近、同じことを聞いてきた人がいた。片方は忍失格だと言い、もう片方は食べたことが意外だと言う。
 もらった飴は何度も口に入れたが、引っ掛かりを感じたことなど無かった。俺は何に気づかなかった?一体何を見落としたんだ。
「子どもしか食べてはいけない飴だと言っていました」
「それだけか?」
「はい」
「あー……。お前、ナタの村の売りを知ってるか」
「酒ですよね。……表では。俺らにとってはナタの夜露かもしれません」
 ホッとした顔に喉が引き攣った。自ら出した当たりに鳥肌が立つ。違うと首を振って欲しかったが、ウコギ上忍がしたい話はこれなのか。
 子どもの土産が一気に怪しい色を放つ。あれは確実に、ただの飴では無い。

 ナタの村は山深くの小さな村だが、豊富な湧き水で作った酒は美味く、火の国では有名だ。一般的にナタの村と言えば酒のイメージでも、忍の頭に浮かぶのは別の物だろう。山で採れる蔓草や種子から作られる「ナタの夜露」は、手頃で加工しやすい薬液として忍達の間で有名だった。木ノ葉でも扱っているし当然俺も知っている。即効性の高い興奮剤として主に気つけ薬へ用いられているが、一部の忍は別の用途としても使っていた。主にくノ一達が。

「ナタの夜露が媚薬として使われることがあるのは知ってるよな。酒の卸し役が町で悪い遊びを覚えたらしく、面白い物を考え出した。見目麗しく光輝き、口にすれば甘露の溢れる水中花、名付けてナタの徒花だそうだ」
「ナタの徒花……」
「少量の夜露を混ぜ込んだ飴細工、と言えば分かるだろ。ようやく出来上がった所でまだ出回ってない。受付にいる人間でも初耳のはずだ」
「でもあれは、子どもしか食べてはいけないと聞きました。夜露が入っているような物を子どもに与えるなんて」
「そこがミソなんだよ。飴に混ぜ込まれた成分は通常とは調合の具合を変えてあって、そのまま食べただけでは効力が無いんだ。食べたあとに酒を飲んだ場合だけ溶け出す仕組みになってるらしい。夜露を精製するには酒が使われてるって話だが、そこら辺をうまくやったんだろう。子どもにとってはただの飴、酒を飲みながら舐めりゃ媚薬に大変身だ。遊郭の姐さん方に持ってって遊ぶつもりみたいだぞ」
「あの橙色の花は、媚薬だったんですか」
「正しくは、媚薬に変化する飴な。それを知らなかったってんなら、食べましたってのも納得だ。美味かったって言っただろ?お前が誰かを誘うために食ったのかと思って驚いたぞ」
「そんな」
「分かってる。カズラはきちんと話を聞いてなかったみたいだな。ちょっと締めとくか」
「すみません」
「お前は悪くないだろ。強いて言うなら、教え子に甘すぎる辺りが反省点な」
 こっちは任せろと笑って手を挙げる。集合時間に遅れそうだと去って行く背中に頭を下げた。
 一人きりになった部屋は音が消え、騒ぐ鼓動だけが響き渡る。見えなかった場所への足場が、藪の中からひょっこりと顔を出したような気がして落ち着かない。ふいに現れた答えは想定外の場所にあり、まだ整理がつかなかった。壁にもたれ掛り両手で顔を覆う。
 答えを持っていたのは俺だった。カカシさんへぶつけた疑問の答えは、この身の内にあったのだ。ウコギ上忍の言う通りなら、木ノ葉の中でも「ナタの徒花」を知る者はほぼいないだろう。彼自身もどうしてああなったのか、訳が分からなかったかもしれない。
 だとしたら――犠牲となったのはどっちだ?
2021/11/08(月) 09:09 ゆらゆら COMMENT(0)
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