◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
秋刀魚が好き、天ぷらは嫌い。じゃあ秋刀魚の天ぷらはどうなんだろうなーと考えた俺は性格が悪い。好きと嫌いを掛け合わせたら勝るのはどっちだろう。俺の場合はラーメンと混ぜご飯だから問題ナシ。ラーメンと米を混ぜるなんて暴挙は許されない。とんこつスープで炊いた飯は……ありやなしや。
「雑炊は食べるでしょ。鍋のしめとか」
「麺です。うどんですラーメンですそばです麺です」
「それは失礼しました」
「で、どうです?」
「分からないなあ。でも天ぷらにされてたら中身なんて分からないでしょ。衣に包まれてるのが秋刀魚かちまきかなんてさ」
「ちまき?」
「ほらあの細長い餅みたいなの」
「ああ。何で唐突にちまきなんですか」
「……細長くて、天ぷらになりそうになくて中身知ったら驚くものが思いつかなかった」
「バナナは?」
「バナナはあるらしいよ」
「へあっ!?」
「ちょっ……へあって何よへあって」
「わっ、笑わないでくださいよ。驚いたんだからしゃあないでしょっ」
押し殺した笑い声が漏れる。お互いから出る妙な音になおさら笑いが止まらない。声にならない笑いが肩を震わせる。
「団子!団子だ!」
「残念。饅頭の天ぷらより認知が低いけどアリ」
「それ前提に待ったをかけます。饅頭の天ぷらなんて知らねえよ!」
「焼き饅頭の亜種的な」
「饅頭の可能性について考えたことなんてなかった」
「元々が固くなった饅頭の再生だから。先生はほら、固くなる前に食べちゃうでしょ」
「何気に貶された……?」
「違う違う。いっぱい食べる君が好きってヤツ。ほらから揚げ食べて。モツ煮追加する?」
「サイコロステーキお願いします」
「おっと三段階アップしたね」
「それはモツ煮を低く見積もりすぎでは」
「そんなに好きならモツ煮三個頼もうか」
「……サイコロ……ステエキ……」
「分かった分かった」
すいませーんと声を上げサイコロステーキを追加する。ついでに空いた皿も下げてもらって、テーブルの上は少しスッキリした。カカシさんは半分も入ってないグラスを手に持って壁に凭れかかっている。
「食べないんですか?もしくはサイコロステーキ待機中?」
「ちょっと飲み過ぎたから休憩。サイコロステーキは先生が食べていいよ。今からじゃ脂っこすぎて」
残った酒を舐めながら笑っている。秋刀魚だったら絶対食べるよなあと思って、じゃあ秋刀魚はどうなのかと疑問が湧いた。あれだって相当脂っこい部類に入るんじゃないだろうか。彼の中で二つを隔てる境界は何だろう。好きか嫌いか。その境界は。
「ねえカカシさん」
聞いているよというようにほんの少し眉が上がる。グラス越しのその顔に嬉しくなる。
答えは聞けなかった。彼が口を開く前にサイコロステーキが到着して、食べ始めてしまったから。
夢に引っ張られ、朝一の腹がぐうと鳴る。ただの居酒屋のサイコロステーキがあんなに美味しかった理由は、二人に共通するものとばかり思っていた。今は苦いだけだ。
畳の上で寝てしまったせいで体の節々が痛む。伸びをしながら見た正面の壁には、もう誰もいなかった。カカシさんはいつの間にか帰ったらしい。突っ伏して泣いていた俺は、いついなくなったのか気づかなかった。夢ではないと思う理由は体にかけられていた布団だけだ。ぼふんと顔を突っ込んで大きなため息をつく。
情けない話だが、酔っ払って前後不覚になった経験はありませんなんて、とてもじゃないが言えない。特に家飲みでは気持ち良くぶっ倒れても問題ないという点が大きく作用し、卓袱台に突っ伏して落ちかけたことだってある。そんな時、笑いながら俺をベッドへ転がすのはカカシさんの仕事だった。放っといてくれと目を瞑る俺を担ぎ上げて運んでくれる。あの人は酔い潰れた友人を放置できない優しい人だった。
いつもならベッドで目覚める朝が、畳の上から始まったのは俺のせいだ。呼吸が怪しくなるほどに動揺する理由が自分だと分かっているから、触れるべきではないと感じたのだろう。ただ転がしておくのは忍びないと、布団を運んでかけてくれたのが目に浮かぶ。
化けの皮が剥がれたと思えばそれで済んだ。でも昨日ニシキギの元から連れ去ってくれた彼こそが、本当の姿だと感じる。それこそが俺の知るカカシさんだ。友人の変化に驚き、階段から落ちようとしていた俺を助けてくれたのだとしか思えないだろう。カカシさんが現れなければ石段に酷く叩きつけられて、無傷では済まなかった。
彼の二つの顔がうまく重ならならず、どう受け止めるべきか分からない。俺の知る彼は、友人に襲いかかる人には思えなかった。だから理由を探してしまう。知りたいと思うけれど、疑問の先はまだ見たくなかった。彼を許したいのかと自分に問うには早すぎる。
昼過ぎから機嫌を損ねていた空がとうとう泣き出した。パタパタと窓を叩く雨は存外に激しく、周りは次々に残業を切り上げて帰り始める。
「イルカ」
人がいなくなるのを待っていたように、二人きりになった途端ニシキギが話しかけてきた。少しばかり肩が緊張するが、あくまでも今まで通りの様子を崩さない。無意識に選んだ行動が友人との間に見えない境界を作ったようで胸が痛む。悪いのはあちらだというのにこちらばかりが傷を負い、どうしようもない理不尽さに体中が蝕まれているようだ。
「昨日は悪かった。二度とあんな真似はしない」
「ニシキギ……」
おもいがけない台詞にじわりと視界が滲む。カカシさんの登場でわけが分からなくなっていたけれど、俺は友人の振る舞いに傷ついていたのだ。謝罪を受けたことでようやく痛がることを許された気がする。
「絶対にしないと誓う。ごめん」
「分かった」
引っ掛かりなく出たことで、お互いに疑う余地が無くなった。安心したように笑うニシキギへ俺も力なく笑い返す。正直まだ屈託無く笑うことは出来ないが、徐々に忘れていけるだろう。謝罪という形でニシキギの思いを受け取ったおかげで、自分の傷をどうするか決めることが出来た。本人からの言葉が傷を塞ぐ手助けになるとは思わなかったが。
「俺はもう帰るよ。お前は?」
「もう少しやってく」
「分かった。じゃあまた明日」
「ああ」
手を振る姿を見送って机に向き直った。思ったよりも傷が浅い。いや、その前に付けられた傷が深すぎる為にそう思っているだけだろうか。未遂とは比べものにならなくても当然である。だとしても。
また雨が強くなった気がして窓を見上げた。俺も早く切り上げた方が良いかもしれない。一時的ならまだしも長時間降り続く強雨は災害の元になる。夜中降り続ければ明日の依頼が増える可能性もあるのだから、今日は早めに帰って休むべきか。
広げていたプリントをまとめてファイルへ綴じる。壁際のロッカーへ戻していたら、ふいに室内で水の匂いがした。漂う匂いに誘われるように振り向くと入り口にびしょ濡れのカカシさんが立っていた。鼠色に変わった銀髪は重苦しく垂れ下がり、ベストも色を変えている。
「な、何か拭くものを」
「いらない」
言葉みじかに答え部屋へと入ってくる。タオルを、と思ったが暗い雰囲気に気圧されて動けなかった。歩くたびに濡れた音が散る。俺の机の前で止まり、置いてある瓶を手に取った。電灯にかざして橙色の花を見ている。
「ここにあったか」
「それがどうかしましたか」
濡れて鼠色になった髪が飴の光を受けてほんのり橙色に染まっている。熱心に見つめる姿に、任務帰りで腹が減っているのだろうかなんて場違いなことを考えた。
「花びらが減ってる」
「た、食べたので。あの、よろしければどうぞ」
少しでも足しになればと勧めたのだが、カカシさんは眉間の皺を深くして溜息を吐いた。どうやら気に障ることを言ってしまったらしい。ロッカーの前で身を縮めて口を閉じる。今日のカカシさんは昨日と違って、あまり良い雰囲気では無かった。目が自然に窓と入り口を往復してしまう。
カカシさんは掲げていた瓶を下げて蓋を開けた。花びらではなく花を丸ごと掴み出す。
「これを渡された時、言われたことを覚えていますか」
「言われたこと、とは」
冷たい目に見据えられ必死に記憶を探る。ナタの村の土産だと言っていたのは覚えている。周りの大人は酒をもらっていたのでその代わりだと。子どもしか食べちゃいけない飴だから先生にピッタリだと笑われて。それ以外に何かあっただろうか。全く思い当たらない。
「ナタの村の土産だと。酒の代わりにもらった、子どもの飴だと言っていました」
「忍失格だ」
「なっ、どういう意味ですか!」
花を載せていた手がゆっくりと傾いた。滑り落ちた花は止める間もなく落ちてゆく。カシャン、と軽い音を立てて残っていた花びらが全て散ってしまった。濡れた床の上で鮮やかな欠片はなおも明るく輝いている。
「何をするんですか!それは俺のです!勝手に」
「あなたの物になるべきじゃなかった」
「カズラが俺にと持ってきてくれたんだ!カカシさ……やめろ!」
振り上げた足が床に散らばる欠片を踏み潰した。俺の制止など意味は無いと、全ての欠片を粉々に砕くように足で擂りつぶす。カズラにもらった花を壊す音が、足元から響いてくる。
「やめてください。もう、足を」
「壊れたものは戻らない。手を伸ばすべきじゃなかった」
「壊したのはあなたでしょう!」
「……そうだよ」
暗く低い声を発した人の足元が飴の欠片でキラキラと輝いていて、笑いがこみ上げる。踏みつけにされて砕かれた飴が、暴行されても理由を探していた自分みたいだ。足の裏に希望があるとでも思っていたのか。
クツクツと溢す笑いに湿り気が混ざる。飴の話をした。嬉しかったから。カカシさんは笑って聞いてくれた。だから知っているはずだ。俺がどれほど喜んであの飴を大事に思っていたのか。それを壊して、粉々に踏み潰した。
背を向けた人に投げる言葉はもう無い。疑問すら浮かばぬほどに哀しみでいっぱいだった。
「雑炊は食べるでしょ。鍋のしめとか」
「麺です。うどんですラーメンですそばです麺です」
「それは失礼しました」
「で、どうです?」
「分からないなあ。でも天ぷらにされてたら中身なんて分からないでしょ。衣に包まれてるのが秋刀魚かちまきかなんてさ」
「ちまき?」
「ほらあの細長い餅みたいなの」
「ああ。何で唐突にちまきなんですか」
「……細長くて、天ぷらになりそうになくて中身知ったら驚くものが思いつかなかった」
「バナナは?」
「バナナはあるらしいよ」
「へあっ!?」
「ちょっ……へあって何よへあって」
「わっ、笑わないでくださいよ。驚いたんだからしゃあないでしょっ」
押し殺した笑い声が漏れる。お互いから出る妙な音になおさら笑いが止まらない。声にならない笑いが肩を震わせる。
「団子!団子だ!」
「残念。饅頭の天ぷらより認知が低いけどアリ」
「それ前提に待ったをかけます。饅頭の天ぷらなんて知らねえよ!」
「焼き饅頭の亜種的な」
「饅頭の可能性について考えたことなんてなかった」
「元々が固くなった饅頭の再生だから。先生はほら、固くなる前に食べちゃうでしょ」
「何気に貶された……?」
「違う違う。いっぱい食べる君が好きってヤツ。ほらから揚げ食べて。モツ煮追加する?」
「サイコロステーキお願いします」
「おっと三段階アップしたね」
「それはモツ煮を低く見積もりすぎでは」
「そんなに好きならモツ煮三個頼もうか」
「……サイコロ……ステエキ……」
「分かった分かった」
すいませーんと声を上げサイコロステーキを追加する。ついでに空いた皿も下げてもらって、テーブルの上は少しスッキリした。カカシさんは半分も入ってないグラスを手に持って壁に凭れかかっている。
「食べないんですか?もしくはサイコロステーキ待機中?」
「ちょっと飲み過ぎたから休憩。サイコロステーキは先生が食べていいよ。今からじゃ脂っこすぎて」
残った酒を舐めながら笑っている。秋刀魚だったら絶対食べるよなあと思って、じゃあ秋刀魚はどうなのかと疑問が湧いた。あれだって相当脂っこい部類に入るんじゃないだろうか。彼の中で二つを隔てる境界は何だろう。好きか嫌いか。その境界は。
「ねえカカシさん」
聞いているよというようにほんの少し眉が上がる。グラス越しのその顔に嬉しくなる。
答えは聞けなかった。彼が口を開く前にサイコロステーキが到着して、食べ始めてしまったから。
夢に引っ張られ、朝一の腹がぐうと鳴る。ただの居酒屋のサイコロステーキがあんなに美味しかった理由は、二人に共通するものとばかり思っていた。今は苦いだけだ。
畳の上で寝てしまったせいで体の節々が痛む。伸びをしながら見た正面の壁には、もう誰もいなかった。カカシさんはいつの間にか帰ったらしい。突っ伏して泣いていた俺は、いついなくなったのか気づかなかった。夢ではないと思う理由は体にかけられていた布団だけだ。ぼふんと顔を突っ込んで大きなため息をつく。
情けない話だが、酔っ払って前後不覚になった経験はありませんなんて、とてもじゃないが言えない。特に家飲みでは気持ち良くぶっ倒れても問題ないという点が大きく作用し、卓袱台に突っ伏して落ちかけたことだってある。そんな時、笑いながら俺をベッドへ転がすのはカカシさんの仕事だった。放っといてくれと目を瞑る俺を担ぎ上げて運んでくれる。あの人は酔い潰れた友人を放置できない優しい人だった。
いつもならベッドで目覚める朝が、畳の上から始まったのは俺のせいだ。呼吸が怪しくなるほどに動揺する理由が自分だと分かっているから、触れるべきではないと感じたのだろう。ただ転がしておくのは忍びないと、布団を運んでかけてくれたのが目に浮かぶ。
化けの皮が剥がれたと思えばそれで済んだ。でも昨日ニシキギの元から連れ去ってくれた彼こそが、本当の姿だと感じる。それこそが俺の知るカカシさんだ。友人の変化に驚き、階段から落ちようとしていた俺を助けてくれたのだとしか思えないだろう。カカシさんが現れなければ石段に酷く叩きつけられて、無傷では済まなかった。
彼の二つの顔がうまく重ならならず、どう受け止めるべきか分からない。俺の知る彼は、友人に襲いかかる人には思えなかった。だから理由を探してしまう。知りたいと思うけれど、疑問の先はまだ見たくなかった。彼を許したいのかと自分に問うには早すぎる。
昼過ぎから機嫌を損ねていた空がとうとう泣き出した。パタパタと窓を叩く雨は存外に激しく、周りは次々に残業を切り上げて帰り始める。
「イルカ」
人がいなくなるのを待っていたように、二人きりになった途端ニシキギが話しかけてきた。少しばかり肩が緊張するが、あくまでも今まで通りの様子を崩さない。無意識に選んだ行動が友人との間に見えない境界を作ったようで胸が痛む。悪いのはあちらだというのにこちらばかりが傷を負い、どうしようもない理不尽さに体中が蝕まれているようだ。
「昨日は悪かった。二度とあんな真似はしない」
「ニシキギ……」
おもいがけない台詞にじわりと視界が滲む。カカシさんの登場でわけが分からなくなっていたけれど、俺は友人の振る舞いに傷ついていたのだ。謝罪を受けたことでようやく痛がることを許された気がする。
「絶対にしないと誓う。ごめん」
「分かった」
引っ掛かりなく出たことで、お互いに疑う余地が無くなった。安心したように笑うニシキギへ俺も力なく笑い返す。正直まだ屈託無く笑うことは出来ないが、徐々に忘れていけるだろう。謝罪という形でニシキギの思いを受け取ったおかげで、自分の傷をどうするか決めることが出来た。本人からの言葉が傷を塞ぐ手助けになるとは思わなかったが。
「俺はもう帰るよ。お前は?」
「もう少しやってく」
「分かった。じゃあまた明日」
「ああ」
手を振る姿を見送って机に向き直った。思ったよりも傷が浅い。いや、その前に付けられた傷が深すぎる為にそう思っているだけだろうか。未遂とは比べものにならなくても当然である。だとしても。
また雨が強くなった気がして窓を見上げた。俺も早く切り上げた方が良いかもしれない。一時的ならまだしも長時間降り続く強雨は災害の元になる。夜中降り続ければ明日の依頼が増える可能性もあるのだから、今日は早めに帰って休むべきか。
広げていたプリントをまとめてファイルへ綴じる。壁際のロッカーへ戻していたら、ふいに室内で水の匂いがした。漂う匂いに誘われるように振り向くと入り口にびしょ濡れのカカシさんが立っていた。鼠色に変わった銀髪は重苦しく垂れ下がり、ベストも色を変えている。
「な、何か拭くものを」
「いらない」
言葉みじかに答え部屋へと入ってくる。タオルを、と思ったが暗い雰囲気に気圧されて動けなかった。歩くたびに濡れた音が散る。俺の机の前で止まり、置いてある瓶を手に取った。電灯にかざして橙色の花を見ている。
「ここにあったか」
「それがどうかしましたか」
濡れて鼠色になった髪が飴の光を受けてほんのり橙色に染まっている。熱心に見つめる姿に、任務帰りで腹が減っているのだろうかなんて場違いなことを考えた。
「花びらが減ってる」
「た、食べたので。あの、よろしければどうぞ」
少しでも足しになればと勧めたのだが、カカシさんは眉間の皺を深くして溜息を吐いた。どうやら気に障ることを言ってしまったらしい。ロッカーの前で身を縮めて口を閉じる。今日のカカシさんは昨日と違って、あまり良い雰囲気では無かった。目が自然に窓と入り口を往復してしまう。
カカシさんは掲げていた瓶を下げて蓋を開けた。花びらではなく花を丸ごと掴み出す。
「これを渡された時、言われたことを覚えていますか」
「言われたこと、とは」
冷たい目に見据えられ必死に記憶を探る。ナタの村の土産だと言っていたのは覚えている。周りの大人は酒をもらっていたのでその代わりだと。子どもしか食べちゃいけない飴だから先生にピッタリだと笑われて。それ以外に何かあっただろうか。全く思い当たらない。
「ナタの村の土産だと。酒の代わりにもらった、子どもの飴だと言っていました」
「忍失格だ」
「なっ、どういう意味ですか!」
花を載せていた手がゆっくりと傾いた。滑り落ちた花は止める間もなく落ちてゆく。カシャン、と軽い音を立てて残っていた花びらが全て散ってしまった。濡れた床の上で鮮やかな欠片はなおも明るく輝いている。
「何をするんですか!それは俺のです!勝手に」
「あなたの物になるべきじゃなかった」
「カズラが俺にと持ってきてくれたんだ!カカシさ……やめろ!」
振り上げた足が床に散らばる欠片を踏み潰した。俺の制止など意味は無いと、全ての欠片を粉々に砕くように足で擂りつぶす。カズラにもらった花を壊す音が、足元から響いてくる。
「やめてください。もう、足を」
「壊れたものは戻らない。手を伸ばすべきじゃなかった」
「壊したのはあなたでしょう!」
「……そうだよ」
暗く低い声を発した人の足元が飴の欠片でキラキラと輝いていて、笑いがこみ上げる。踏みつけにされて砕かれた飴が、暴行されても理由を探していた自分みたいだ。足の裏に希望があるとでも思っていたのか。
クツクツと溢す笑いに湿り気が混ざる。飴の話をした。嬉しかったから。カカシさんは笑って聞いてくれた。だから知っているはずだ。俺がどれほど喜んであの飴を大事に思っていたのか。それを壊して、粉々に踏み潰した。
背を向けた人に投げる言葉はもう無い。疑問すら浮かばぬほどに哀しみでいっぱいだった。
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