◆各種設定ごった煮注意

解説があるものは先にご確認ください

 室内を埋め尽くす人の群れをぐるりと見渡した。こんなに大勢の人を一度に見るのは久しぶりだ。カウンターの中はもちろん、そこかしこに見知った顔があって嬉しくなり、そっと気づかれないように深呼吸をする。ほんのふた月ほどしか離れていなかったのに、驚くほどに懐かしい。やはりこの空気が好きだ。朝とは違う夕方の受付。任務を終えてホッとした顔や戦闘の空気を引き摺った険しい顔、願いが果たされて笑みを浮かべる依頼者。とりどりの空気が混ざり合い、独特の空間になっている。毎日のようにここへ座り、帰還した忍達を出迎えた。ここが俺の場所だと強く思う。また戻ってきたい。
立ち止まった俺を待つようにカカシさんがこちらを見ている。ほんのりカーブを描く瞳に笑い返した。先を行く彼の後について歩けば人の波が割れる。カウンターの近くにシカマルとサクラが立っているのが見えた。
「おつかれ。ナルトは?」
「ちゃんと帰ってきたんですけど、腹減ったから先に一楽へ行ってくるって出て行きました。すぐ平らげて戻ってくると思ってたのに、おせえな」
「えー、時間は伝えてあったでしょ。ちょっとぐらい待てないの、あいつは」
「何言ってるんですか。遅刻したのはカカシ先生の方でしょう。わざわざ呼び出して何事かと思ったのに、遅れてくるんだから」
「すまん。ちょっと」
「はい嘘!」
「まだ何も言ってないけど」
「そのやりとりいつまでやるんすか。さっさと本題に入ってくださいよ。後ろの方は?一緒に入ってきたってことは何か関係あるんすか」
「ん?」
「木ノ葉のマントですよね。依頼に来られた方ではなさそう」
「今日はね、俺の奥さんを紹介しようと思ったの。時間がかかっちゃったけど、ようやく色々整ったから」
「え?」
「はっ?」
 黙って三人のやりとりを見ていた室内が、一斉にどよめいた。本人を目の前に遠慮も何もあったもんじゃない。俺達を囲む輪が一気に狭まった気がする。酸素が薄くなったように感じて息苦しい。何度も視線を往復させて、ゴクリと生唾を飲み込んだサクラがようやく口を開く。
「カカシ先生、そちらの頭からすっぽりフードを被っておられるのが、奥方様ですか」
「うん、そう。うちの奥さん」
「あり得ない…………」
「えっ、何で?」
 じろりとサクラに睨まれて、驚いたカカシさんがシカマルを見た。助けを求めたのだろうが、深く息を吐いてやれやれと首を振られている。期待とは真逆の反応に、今度はこちらを見る。やめてくれ。
「私達、ご結婚されたのは知ってましたけどお顔を拝見するのは初めてです。きっとこれが、お披露目になるんですよね?」
「うん」
「あー…………」
「ちょっと。シカマルまでその反応なの?何で?」
「里長の伴侶のお披露目ですよ?普通、こんな夕方のゴタつく受付でやります?これじゃ、せいぜいここにいるメンバーしか見られないじゃないですか。少なくともいのは絶対怒ると思いますよ」
「そう言われても」
「まあ、もうちょっと場を整えた方が良かったとは思いますね。そんなに焦る必要あったんすか。まさかデキ」
「違うって。大袈裟なことは嫌がりそうだから、馴染みのある場所にしただけ。大々的にお披露目ってなったら準備もかかるでしょ。もう待つのはヤだし」
「何子どもみたいなこと言ってるんですか。ご自分の肩書き、しっかり理解されてます?」
「サクラ……その言い方は先生ちょっと悲しい」
 わいわいと言い合う三人は、カウンターの真ん前を陣取っている。突然現れた里長の妻に、受付の業務はストップだ。これはきっと、あとが怖いぞ。止めた方が良いだろうなと一歩踏み出した所で、もう一つ火種が飛び込んで来た。
「カカシ先生ごめん。お代わりしてたら時間オーバーしちった。あーっ!!イルカ先生!来るって分かってたら、一緒に一楽行ったのに!久しぶりに先生とラーメン食べたかったってばよ」
入り口から飛んでくる暢気な声に、今度は室内の時間が止まった。人の波を掻き分けてナルトがやって来る。ニコニコと笑うナルトへ、眉を寄せた二人が問いかけた。
「イルカ先生?」
「お前何言ってんだよ」
「ん?何が?」
「イルカ先生なんてどこに」
 キョロキョロと見回していたシカマルの目がぴたっと止まる。かっと開いた目の大きさに思わず笑いが溢れてしまった。この子がぱかんと口を開けるほど驚くなんて珍しい。
「先生、ダメじゃない」
「どっちにしても同じですよ」
 ナルトを誤魔化すことなど不可能だ。せっかくカカシさんが目眩ましをかけていたというのに、この子には通用しない。被された覆いを取るべく手を上げる。
「ダメ」
「もういいでしょう」
「そうじゃないよ。花嫁のベールを外すのは花婿の仕事って決まってるの。大人しく手を下ろしなさい」
 公衆の面前でこっぱずかしいことを言うなと思ったが、この人もじっと我慢をしてきたのだ。最後くらい好きにさせてもいいだろう。マントの隙間から出していた手を大人しく引っ込める。深く被ったフードの隙間から、手甲をはめた手がゆっくりと近付くのが見えた。
儀式のように厳かに、頭に被されていたフードが下ろされる。明るくなった視界には、幸せそうに微笑む人が真っ先に飛び込んで来た。後は呆気にとられたように固まる人の顔、顔、顔。
「紹介するね。俺の奥さんのうみのイルカさん」
 注がれる無数の視線へ笑いかける。一瞬の静寂の後、地鳴りを伴うほどの大きな響きが室内を包んだ。カウンターの中にいた同僚も全員立ち上がっている。
「イルカ先生、本当に……」
 声を詰まらせたサクラが潤んだ瞳で見上げている。つられてこちらの瞳まで涙で滲んでしまいそうで、黙って頷いた。ぐりんと首を振ったサクラが握った拳でカカシさんの胸を叩く。
「本当に、本当に……しゃーんなろーなんだから!」
「ありがとう」
 ぽんぽんとピンク色の頭を撫でる。閉じこもっていた俺には分からなかったが、この子にも心配させていたのだろう。ずっと外にいたカカシさんは、もっとたくさんの思いを預けられているのかもしれない。それこそ抱えきれないほどのたくさんの思いを。
「……何?どういうことだってばよ」
 今度は俺が、一人首を傾げるタンポポ頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
2021/08/26(木) 02:31 空蝉の帳 COMMENT(0)
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

CP傾向

左右固定ハピエン主義

先天的女体化・年齢パロ・オメガバ・現パロ・各年代ごった煮です。
特殊設定にはひと言ついておりますのでご確認ください。