◆各種設定ごった煮注意

解説があるものは先にご確認ください
 スーパーで特売を買う。当然。おつとめ品コーナーを見る。食べ物を無駄にしないのは大切だ。店に入ってまっすぐに特売をゲットしに行く。ちょっと危険。買い物が決まらずにカゴをぶら下げたまま店内を何周もぐるぐる。良くない。どうしようかなって思いながら同じ商品を見ては考え見ては考え。かなりマズい。分かってるんだよなあと尻ポケットの財布に触れた。
 好不調を判断する指標の内、いちばん分かりやすいのが買い物だ。調子が良い時はスパッと決めてさっさとレジへ行く。何も考えなくても商品を見ながら歩き回るだけで、必要な物を選び取ることができるのだ。意外なお得品を見つけてラッキーって時も多い。
 逆にぐずぐずと決まらないのはイマイチだなって時。店の中を二周してもカゴは空っぽなんてのが多くて、そんな時は物理的に疲れてる。睡眠不足や風邪気味その他諸々で頭が働かず、結局もやしと卵だけ買って帰ったりするが、これはまだマシ。一番困るのが、具体的には浮かばないけど「何か」ほしいなって思うのに財布の中身が寂しい時。気分が乗らないから今日は贅沢してやるぜ!って力技で乗り越えたい状態、わりと結構発生する。人生はそれなりに過酷だ。一人の大人として、自分で自分を上げる方法は持っているのだが、いかんせんどれもそれなりの対価が必要であって、生憎と今日はそこら辺が厳しいのだった。

――いい?これはもしもの時のお守りよ。ちゃんといつも入れておくこと

 いくつかある母ちゃんの教えの内、かなり助けられてる一つが財布の片隅に眠っている。千両札を1枚、普段使う場所とは別に隠しておくこと。もし何かがあっても千両札1枚あれば、まあまあ何とかなる。でもこれはもしもじゃないと使っちゃいけない大事なお金。普段は忘れてるっていうのがポイントだ。
 ポケットの上から財布に手を当てて、もう一度考える。今日は寒いから温まる物を食べたい。カゴの中には豆腐と葱。だけど、できたら肉を入れたいんだよなあ。うーんと唸りながら、店内をもう一周。入り口の側は外からの光が差し込んで明るかった。

 財布の中身が淋しい理由は、分かってないけど分かってる。飲み会が続いたわけでは無いし、急な出費も無かった。ただ、毎日何となくいつもより緩んでいたのだ。原因は彼の不在。付き合い初めて三ヶ月、まだウキウキと楽しい最中にカカシさんは十日間の長期任務へ発ってしまった。任務は仕方がないと理解している。一人でいるのも慣れている。十日間などあっという間だと思っていたし、いつも通り過ごすだけだったのに、やたら寒い。あの人がいなくなってまだたった二週間なのに、里はどんどん寒くなって一気に冬が来た。そんなに早く変わらないでくれと嘆く心を置き去りにして、里の景色が変わっていってしまう。マフラーをし始めた人々を見ると、離れている時間の長さを突きつけられるようで胸がヒリヒリした。なんでもないと強がる心を補強しようと、日々のまあいいやが増える。スーパーで買う物をコンビニで買ってしまったり、ついでのお菓子が増えたり、自炊のはずが一楽へ向かっていたり。あれやこれやが積み重なって、給料日までまだ間があるというのに、財布はペラペラだ。
 燦々と降り注ぐ光を眺めながら、どうして晴れているんだと独りごちた。部屋の中から見れば明るく暖かそうな世界は、実際に外へ出れば冷たい大気に覆われている。まだ空が暗ければ寒いのも納得出来た。あんなに明るいのに空気が冷たいと、ちぐはぐさが刺さって泣きたくなるじゃないか。みんなが暖かいのに自分だけが寒いみたいで嫌なのだ。だから今日は、温かくて美味いものを食べたかった。でも財布が許さない。
 もう一度店内を一周して、結局もとの場所へ戻ってきた。俺は今とても寒くて美味いものが食べたい。あと一日は我慢できるかもしれないけど、三日は無理かもしれない。だってもうすでに二週間も我慢しているし。これはもしもの時にしても良いだろうか。良いよな?と問いかけながら、肉のパックに手を伸ばした。



 今日の晩飯は贅沢に牛肉を買って肉豆腐。熱々の豆腐と肉で体の中から温めたら、たっぷり湯を張った風呂に入って今度は外からも温める。これできっと大丈夫、あと一週間延びたって平気だろう。どうせならとっておきの入浴剤を入れてやると空を見ながら考えた。買い物中は明るかったのに、一気に陽が落ちて辺りが薄暗い。本当に冬になったんだなあとアパートの階段を上ると、玄関の前に蹲る影が見えた。少しくすんだ外套の間から、手甲をはめた手が覗いていて。
「おかえりなさい、先生。待たせてもらっちゃった」
 立ち上がったカカシさんがフードを外すと、廊下の電灯に銀髪がキラキラ光った。駆け出しそうになる足を押さえて一歩ずつ進む。目の前に立ってもカカシさんは消えないで、ちゃんとそこにいた。
「ただいま。予定より遅くなってごめんね。心配させたかな」
 おかえりなさいと言おうとして、喉の熱さに声を呑む。このままでは言葉以外の物までこぼしてしまいそうだ。短く、耐えられる一言を。頭の中を必死に掻き分けるけど、言いたい事がありすぎてうまく纏らない。

 あなたなら無事に帰ってくると信じていました。怪我はありませんか。任務が延びるのはよくあること、仕方ありません。急に寒くなって驚いたでしょう。お腹は空いてませんか、今日の夕飯は肉豆腐です。

 色々と浮かぶけれど、やっぱり一番に言いたい事は変わらなかったので、ごくりと一度唾を飲み込む。一呼吸置いて、おかえりなさいを。口を開きかけた隙を狙うように、先に言葉を挟まれた。
「ごめん聞き方を間違えた。淋しかった?」
「淋しかっ……た……」
 不意を突かれては隠せない。自然にぽろりとこぼれたのは、これだけは言わないでおこうと決めていたせいか。意識しすぎが徒になったらしい。半開きの口で繋ぐ言葉を探したけれど、何も出てこなかった。どうしようと見つめる瞳がふわりと細くなる。
「うん、俺も淋しかった」
 冷たい指先がゆっくりと手の甲に円を描く。そのままするりと絡みつき、手のひらが皮の感触に包まれた。買い物袋を掴んでいた手の力が抜けて、滑り落ちた袋が鈍い音を立てる。くすりと笑った顔が近付いて、体ごと外套の中に引き込まれた。体中で感じる彼の匂いに、指先から熱が灯った。
2021/09/01(水) 00:09 短い物 COMMENT(0)
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