◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
実際に経験して分かったけれど、恋をするとか愛するとか、それほど難しいことじゃない。相手と通い合わせるのは難しいが、こちらが一方的に思いを募らせるのはそう大変ではない、というか勝手に落ちてゆくものだとよく分かった。気がついた時には飲み友達だったはずの人を苦しいほどに求めるようになっていて、何でどうしてといった疑問は浮かぶ余地すらなかったのだ。幸いなことに想い人は俺を受け入れてくれたので、いわゆる薔薇色の日々ってやつが始まった。愛する人の側にいて共に暮らす。穏やかで平凡な幸せってやつに浸りきって、有頂天だった。今まで取り零してきた温かい時間がまとめて送り込まれてきたように、どの瞬間も柔らかくてふわふわとしている。幸せというものを形にしたような俺の恋人は、笑っても泣いても怒っても可愛くて堪らない。皆この感情の為に生きているのだなと思えるくらいには、彼に嵌まっていた。
気づいた切っ掛けが何だったのかは思い出せない。些細な切っ掛けなど吹っ飛ぶ位に、坂道を転がり落ちるのはあっという間だった。一つだけ記憶に残っているのは、疲れたなと思ったこと。好きな人が同じ空間にいて、話しかければ答えてくれるし触れようと思えば触れられる。これ以上ない位に幸せだったのに、疲れたなと思った。特別な任務をこなしてきたわけでもなく、裏の任務に駆り出されたわけでもない。ただぼんやりと風呂に入っている時、不意に浮かんだのだ。ぽつんとこぼした言葉は狭い風呂場に驚くほど良く響き、発した大きさの何倍もの質量を伴って跳ね返ってきた。俺は何に疲れたのか。人生で一番幸せで穏やかな時間を過ごしていると思っていたのに、どうしたのだろう。深く考えずに捨て置いた言葉は、次に気づいた時は取り返しのつかない大きさへ変わっていた。
仕事を終えて帰る家は、自宅ではなく先生の家。用意された夕飯を食べ、その日あったことを話して風呂へ入り、片付けをして一日を終える。肌を合わせる時もあればそのまま抱きしめて眠る時もあるけれど、ふと夜中に目が覚めることが多くなった。隣で眠る人の寝息を確かめたり黒髪を撫でてみたリ、時には抱きしめるだけでなくキスすることもある。眠りこける先生を見るのが楽しくて、隣で飽きもせず眺めている内にいつの間にか眠っていたのだが、やがてどれだけ抱きしめても眠れなくなった。一度なら疲れや体調のせいだろうと誤魔化せたが、眠れぬ夜が積み重なるほど自分を偽るのは難しくなってゆく。いつまでも見つめていられると思っていた彼の寝顔に苛立ちが重なり、これではダメだと体を起こすようになった。
黒髪を撫で、一度ぎゅっと抱きしめると寝息を確かめてベッドから出る。明かりの消えた暗い居間に一人で座り、深く息を吸った。やっと、呼吸が出来る。じんわりと体から力が抜けるのを感じて、認めざるを得なかった。先生の側にいるのが苦しくなっている。彼を嫌いになったわけじゃない。前と同じように愛しているし、笑いかけられると心が温かくなる。それはちっとも変わらないのに、うまく息が吸えない。里内が寝静まったように音も無い深夜、一人きりで暗い部屋に座り体の力を抜いて深呼吸している。
異常だ。いや、それは知っていたのだから、改めて突きつけられたという方が正しいだろうか。誰もが安らぐ愛する人の隣という場所を抜け出して、暗闇の中で息を吸う。これが正常な人間であるものか。だとしても俺はどうすることも出来ない。ただ、呼吸を整えて愛する人の隣に戻る。きっといつか、彼と眠るのが自然になるはずだ。そう信じる以外出来ることなど何もなかった。
取り繕うのも誤魔化すのも、手裏剣を投げることと同じ。任務をこなす上では重要で、いくらでもやっている。忍として必要なことはただの男としても有効らしく、忍として優秀なだけに破綻なく続けることが出来た。日々近くなる彼との距離、代わり映えがなくなり日常となった以前とは変わり果てた生活。上書きするように鮮やかでキラキラした色が塗られる時間は、真夜中、その輝きが消えた時に本来の色を取り戻そうとして疼き出す。真っ黒に塗られた土台が顔を出そうと足掻くほど、息が苦しくなり目が覚める。どれだけ隣の人を抱きしめようともう抑えることが出来ない。いつかはと願っていた思いが、叶う日は来ないだろうと気づいた方が先だった。
鼾がうるさい、歯軋りを何とかしろ、寝相が悪くて寝ていられない。目立つ問題なら目をつむれたのに、夜に溶けるような静かな寝息にさえ我慢出来ないのでは向き合うしかなかった。眠りに落ちることは出来ても、眠り続けることが出来ない。自分の中で過去と現在がせめぎ合うように、睡眠と覚醒を繰り返し神経が摩耗してゆくのを感じた。だが、眠り続けることが出来なくとも、眠りに落ちることが出来るのは彼の隣なのだ。それを拠り所にして今日も目を閉じる。暗部とおこなう夜営の方が熟睡出来るなんて、笑い話にもならない。愛していると思うほど、焦りが生まれた。愛しているのに何故、という疑問に答えることが出来ない。分からない。ただ、苦しい。あれほど幸せだと思っていた場所が苦しいのだ。今は、彼の隣が一番苦しい。
任務へ出ることで関係を保っていたように思う。彼と離れる時間がなければダメだった。日を跨ぐ任務であれば出先で休息を取ることもでき、優しい恋人として彼の元へ帰ることも出来る。けれど、たまたま短期の任務が続き二十日ほど里内で過ごすことになってしまった。日暮れ前には家へ帰り、先生と一緒に夕食を食べる。
「いつもより一緒にいられて嬉しいですね」
鼻の傷を掻きながら照れ臭そうに笑う顔が好きだった。俺もだよ、と言って抱きしめていたはずなのに。
「そうですね」
今は力無い笑みで同調するしか出来なかった。あなたを愛してる。でも、俺は疲れた。
深夜、目が覚める。隣で眠る先生はぐっすりと眠り込んで軽い寝息を立てていた。耳に入った寝息が癇に触る。このままではまずい。いつものように抱きしめてからベッドを出ようと思ったが、彼の腕に触れた瞬間、噴き上がる嫌悪感に襲われた。熟睡している体からは力が抜けていて、柔らかく埋まる手のひらに鳥肌が立つ。力の抜けた柔らかい感触と生温かい人肌。そこから連想するものは決まっていて、もう駄目だと思った。今、自分が愛する人と比べたものは何なのか。どうして並べることが出来たのか。自分自身が分からない。こみあげる吐き気に口元を押さえた。次は衝動を抑え切れずに寝息を止めようとするかもしれない。
いつもは起こさないようにそっと抱きしめてベッドを出る。だけど、今は触れられない。出来る限り小さな声で囁いた。
「愛してるよ先生」
嘘じゃないけど、きっと伝わらないだろう。それでも俺は愛してる。
行動は早い方が良い。齟齬が表れた時点で動くべきだったのに、側にいたくて躊躇した。ずるずると引き延ばしたせいで、彼に抱く感情に変化が生まれつつある。愛していても側にいられない。原因が自分にあると分かっていても、何故だという怒りを彼へとぶつけそうになった。睡眠が減って研ぎ澄まされた精神は針のように鋭く、些細なことにも爆発しそうになる。寝息が癇に触る。力の抜けた体に嫌悪感を抱く。ならば、俺が眠る間は彼を眠らせなければ良いのではないかとまで思いつめた。何も知らずに呑気なもんだといつもの笑顔に苛立ちを覚えた瞬間、家を出ることに決めた。これ以上側にいたら、きっと傷つける。それだけはしたくなかった。
リュックを手に先生の家へと帰る。これが最後の帰り道、明日からは違う道を歩いて違う家へ帰るのだ。二人で歩くことはもうないけれど、また先生の笑顔を正面から見られるようになったら一緒に飲むくらいは良いかもしれない。もっとも、その時彼の側に誰もいなければだが。何より拒絶されなければの話だ。それは多分難しい。アパートの外階段を上って部屋の前に立つ。これが、最後。ポーチから鍵を出してドアを開けた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
これで終わりだと思うと心が落ち着いた。己の浅ましさに顔を上げることが出来ず、視線を落としたまま頬だけを緩めて真っ直ぐに居間へ向かう。家のあちこちに散らばった荷物を集めて片っ端からリュックに入れた。思ったよりも多かったので、空っぽだったリュックがみるみる内に膨れてゆく。こんなに膨れるほど自分の跡を残していたのは、ずっと一緒にいようと思っていた証だ。その気持ちは変わっていないのに、どうしても一緒にはいられない。求めてはいけなかったものを求めてしまった罰なのか。考えても答えがないことをぐだぐだ悩むのは、未練があるからしようがない。嫌いになって出て行くのなら清々しただろうにと、こぼれる気持ちごと閉じ込めるようにリュックを閉じた。
「出て行きます。残ってる荷物は処分してください。俺達別れましょう」
「はい?」
「じゃ」
呆気に取られて固まる先生を置いて家を出る。階段を下りながら出たのは深い安堵の息だった。今夜からは眠れる。一番に出たのが彼への気遣いではなかったのだから、これで良かったのだ。間違っていたとしても、それはまた別の話。今はただホッとしていて、自分に反吐が出そうだった。
気づいた切っ掛けが何だったのかは思い出せない。些細な切っ掛けなど吹っ飛ぶ位に、坂道を転がり落ちるのはあっという間だった。一つだけ記憶に残っているのは、疲れたなと思ったこと。好きな人が同じ空間にいて、話しかければ答えてくれるし触れようと思えば触れられる。これ以上ない位に幸せだったのに、疲れたなと思った。特別な任務をこなしてきたわけでもなく、裏の任務に駆り出されたわけでもない。ただぼんやりと風呂に入っている時、不意に浮かんだのだ。ぽつんとこぼした言葉は狭い風呂場に驚くほど良く響き、発した大きさの何倍もの質量を伴って跳ね返ってきた。俺は何に疲れたのか。人生で一番幸せで穏やかな時間を過ごしていると思っていたのに、どうしたのだろう。深く考えずに捨て置いた言葉は、次に気づいた時は取り返しのつかない大きさへ変わっていた。
仕事を終えて帰る家は、自宅ではなく先生の家。用意された夕飯を食べ、その日あったことを話して風呂へ入り、片付けをして一日を終える。肌を合わせる時もあればそのまま抱きしめて眠る時もあるけれど、ふと夜中に目が覚めることが多くなった。隣で眠る人の寝息を確かめたり黒髪を撫でてみたリ、時には抱きしめるだけでなくキスすることもある。眠りこける先生を見るのが楽しくて、隣で飽きもせず眺めている内にいつの間にか眠っていたのだが、やがてどれだけ抱きしめても眠れなくなった。一度なら疲れや体調のせいだろうと誤魔化せたが、眠れぬ夜が積み重なるほど自分を偽るのは難しくなってゆく。いつまでも見つめていられると思っていた彼の寝顔に苛立ちが重なり、これではダメだと体を起こすようになった。
黒髪を撫で、一度ぎゅっと抱きしめると寝息を確かめてベッドから出る。明かりの消えた暗い居間に一人で座り、深く息を吸った。やっと、呼吸が出来る。じんわりと体から力が抜けるのを感じて、認めざるを得なかった。先生の側にいるのが苦しくなっている。彼を嫌いになったわけじゃない。前と同じように愛しているし、笑いかけられると心が温かくなる。それはちっとも変わらないのに、うまく息が吸えない。里内が寝静まったように音も無い深夜、一人きりで暗い部屋に座り体の力を抜いて深呼吸している。
異常だ。いや、それは知っていたのだから、改めて突きつけられたという方が正しいだろうか。誰もが安らぐ愛する人の隣という場所を抜け出して、暗闇の中で息を吸う。これが正常な人間であるものか。だとしても俺はどうすることも出来ない。ただ、呼吸を整えて愛する人の隣に戻る。きっといつか、彼と眠るのが自然になるはずだ。そう信じる以外出来ることなど何もなかった。
取り繕うのも誤魔化すのも、手裏剣を投げることと同じ。任務をこなす上では重要で、いくらでもやっている。忍として必要なことはただの男としても有効らしく、忍として優秀なだけに破綻なく続けることが出来た。日々近くなる彼との距離、代わり映えがなくなり日常となった以前とは変わり果てた生活。上書きするように鮮やかでキラキラした色が塗られる時間は、真夜中、その輝きが消えた時に本来の色を取り戻そうとして疼き出す。真っ黒に塗られた土台が顔を出そうと足掻くほど、息が苦しくなり目が覚める。どれだけ隣の人を抱きしめようともう抑えることが出来ない。いつかはと願っていた思いが、叶う日は来ないだろうと気づいた方が先だった。
鼾がうるさい、歯軋りを何とかしろ、寝相が悪くて寝ていられない。目立つ問題なら目をつむれたのに、夜に溶けるような静かな寝息にさえ我慢出来ないのでは向き合うしかなかった。眠りに落ちることは出来ても、眠り続けることが出来ない。自分の中で過去と現在がせめぎ合うように、睡眠と覚醒を繰り返し神経が摩耗してゆくのを感じた。だが、眠り続けることが出来なくとも、眠りに落ちることが出来るのは彼の隣なのだ。それを拠り所にして今日も目を閉じる。暗部とおこなう夜営の方が熟睡出来るなんて、笑い話にもならない。愛していると思うほど、焦りが生まれた。愛しているのに何故、という疑問に答えることが出来ない。分からない。ただ、苦しい。あれほど幸せだと思っていた場所が苦しいのだ。今は、彼の隣が一番苦しい。
任務へ出ることで関係を保っていたように思う。彼と離れる時間がなければダメだった。日を跨ぐ任務であれば出先で休息を取ることもでき、優しい恋人として彼の元へ帰ることも出来る。けれど、たまたま短期の任務が続き二十日ほど里内で過ごすことになってしまった。日暮れ前には家へ帰り、先生と一緒に夕食を食べる。
「いつもより一緒にいられて嬉しいですね」
鼻の傷を掻きながら照れ臭そうに笑う顔が好きだった。俺もだよ、と言って抱きしめていたはずなのに。
「そうですね」
今は力無い笑みで同調するしか出来なかった。あなたを愛してる。でも、俺は疲れた。
深夜、目が覚める。隣で眠る先生はぐっすりと眠り込んで軽い寝息を立てていた。耳に入った寝息が癇に触る。このままではまずい。いつものように抱きしめてからベッドを出ようと思ったが、彼の腕に触れた瞬間、噴き上がる嫌悪感に襲われた。熟睡している体からは力が抜けていて、柔らかく埋まる手のひらに鳥肌が立つ。力の抜けた柔らかい感触と生温かい人肌。そこから連想するものは決まっていて、もう駄目だと思った。今、自分が愛する人と比べたものは何なのか。どうして並べることが出来たのか。自分自身が分からない。こみあげる吐き気に口元を押さえた。次は衝動を抑え切れずに寝息を止めようとするかもしれない。
いつもは起こさないようにそっと抱きしめてベッドを出る。だけど、今は触れられない。出来る限り小さな声で囁いた。
「愛してるよ先生」
嘘じゃないけど、きっと伝わらないだろう。それでも俺は愛してる。
行動は早い方が良い。齟齬が表れた時点で動くべきだったのに、側にいたくて躊躇した。ずるずると引き延ばしたせいで、彼に抱く感情に変化が生まれつつある。愛していても側にいられない。原因が自分にあると分かっていても、何故だという怒りを彼へとぶつけそうになった。睡眠が減って研ぎ澄まされた精神は針のように鋭く、些細なことにも爆発しそうになる。寝息が癇に触る。力の抜けた体に嫌悪感を抱く。ならば、俺が眠る間は彼を眠らせなければ良いのではないかとまで思いつめた。何も知らずに呑気なもんだといつもの笑顔に苛立ちを覚えた瞬間、家を出ることに決めた。これ以上側にいたら、きっと傷つける。それだけはしたくなかった。
リュックを手に先生の家へと帰る。これが最後の帰り道、明日からは違う道を歩いて違う家へ帰るのだ。二人で歩くことはもうないけれど、また先生の笑顔を正面から見られるようになったら一緒に飲むくらいは良いかもしれない。もっとも、その時彼の側に誰もいなければだが。何より拒絶されなければの話だ。それは多分難しい。アパートの外階段を上って部屋の前に立つ。これが、最後。ポーチから鍵を出してドアを開けた。
「おかえりなさい」
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これで終わりだと思うと心が落ち着いた。己の浅ましさに顔を上げることが出来ず、視線を落としたまま頬だけを緩めて真っ直ぐに居間へ向かう。家のあちこちに散らばった荷物を集めて片っ端からリュックに入れた。思ったよりも多かったので、空っぽだったリュックがみるみる内に膨れてゆく。こんなに膨れるほど自分の跡を残していたのは、ずっと一緒にいようと思っていた証だ。その気持ちは変わっていないのに、どうしても一緒にはいられない。求めてはいけなかったものを求めてしまった罰なのか。考えても答えがないことをぐだぐだ悩むのは、未練があるからしようがない。嫌いになって出て行くのなら清々しただろうにと、こぼれる気持ちごと閉じ込めるようにリュックを閉じた。
「出て行きます。残ってる荷物は処分してください。俺達別れましょう」
「はい?」
「じゃ」
呆気に取られて固まる先生を置いて家を出る。階段を下りながら出たのは深い安堵の息だった。今夜からは眠れる。一番に出たのが彼への気遣いではなかったのだから、これで良かったのだ。間違っていたとしても、それはまた別の話。今はただホッとしていて、自分に反吐が出そうだった。
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