◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
白い壁に浮かぶ文字を眺めながら首を傾げる。ぼんやりと浮かぶ文字は濃い臙脂色をしていて、文面とは裏腹に漂う空気が重い。
『好きな相手を告白しなければ出られない部屋』
たとえばここにナルトと閉じ込められたんだったら困る。サクラでも無理だ。だけどカカシさんと一緒なら何の問題も無い。恋人同士を二人で閉じ込めたところで、お互いの名を呼ぶだけで終わってしまう。いや、たとえば相手が浮気していたら……。まあ、俺達はまだ付き合いはじめて二週間の、ラブラブにも到達していない初々しい時期。無駄な詮索はアホらしい。それよりもさっさと出たほうが良いだろう。
「これ、片方でもいいんですかね?」
「えっ、あー……そうね。お互いにって書いて無いしね。一人でいいかもね」
うんうんと首を振るカカシさんは、どことなくそわそわしていて落ち着きが無かった。関係が変わって以降、受付で約束して飲みに行ったりはしたが、密室に二人きりは初めてでちょっと緊張しているのかもしれない。
ふいに巡らせた考えで一気に心拍数が上がった。ここは絶対に誰も入って来ない場所で、付き合いはじめた恋人と二人きりで閉じ込められているのだ。意識したことで急に俺も焦り始めた。告白されたのは輝く月夜でとてもロマンチックだったけれど、「好き」の言葉をもらったのはあれ一度きり。俺からも言ってないし、これは初めて巡ってきた「それらしい空気」になるターンなのでは。
告白は彼からしてくれたんだ。今回は俺から言おう。ごくりと唾を飲み込んで、下っ腹に力を入れた。体の横で拳を握る。カカシさんみたいに格好良く言いたい。壁の文字を見つめて息を吸う。
「俺は、カカシさんが好きだ」
しんとした部屋にカチッと固い音が響き、ホッとして振り向こうとしたが。
「えっ?」
隣から意外そうな声が聞こえた。
「えっ?待って、いま鍵が開いたよね?ってことは先生は俺のことが……えっ?」
おろおろと左右を見回してがりがりと頭を掻く。どう見ても恋人からの告白を喜んでいる姿では無かった。さっきとは違う意味で唾を飲み込む。握り混んでいた拳の内側が冷たくなっているのを感じ、手を開いた。指先の震えを隠すように手を後ろへ回し、深く息を吸う。そんなはずは、無い。だって俺達は付き合っていて、それはカカシさんが俺に好きだって言ったから。だから、そんな顔はありえないのだ。混乱する頭に躊躇いがちな声が響く。
「先生、いまの本気?そんなはず……ない、よね」
「……真似してみただけです。前にカカシさんが言ったみたいに」
「俺?何か言った?」
「忘れちゃいました?ほら、半月ほど前、月が輝く夜に」
「……」
「家に泊まった日の」
「あー……俺が潰されて先生に助けてもらった日のことか」
「え?飲んでたんですか。だって全然そんな風には」
「飲むにも色々とあってね、あんま口には出せない方。たまにはいいかって悪ふざけに乗ったつもりが、任務明けだったから回りが早くて家にたどり着く前に」
「俺が拾っちゃったんですね」
「あー、その節はお世話になりました」
「いえ、何事もなくて良かったです」
「うん。まあある意味牽制になったから良かったんだけど、それよりもですね、さっきの」
「好きですよカカシさん」
「は、あの、それは」
「友達じゃないですか。……カカシさんも俺のこと、好きでしょう」
「……うん」
「良かった」
ニコリと笑って歩き出す。良かった。恋人らしい空気にならなくて当然だった。カカシさんは自分の言ったことを覚えていられない状態だったんだから、あれは意味のない会話だったんだ。カカシさんが好きですと言いたかった相手は誰なんだろう。誰に付き合ってくれと言ったつもりだったのか。俺には分からないけど、残酷な夢を見た。
ドアを開けた向こうは抜けるような青空で、ぽかりと偽物みたいな雲が浮かんでいた。
「まいったな」
月が出ていたらお前のせいだって言えたのに、それすらも諦めろってか。仕方ない。勘違いした俺が悪かったのだ。たとえどんなに好きだったとしても、夢だったんだから。
視界が滲みそうになったので、たまらず走り出した。足を踏み出した瞬間、背中の向こうで扉の閉まる音が聞こえたが、振り返らなかった。
2021/07/25
『好きな相手を告白しなければ出られない部屋』
たとえばここにナルトと閉じ込められたんだったら困る。サクラでも無理だ。だけどカカシさんと一緒なら何の問題も無い。恋人同士を二人で閉じ込めたところで、お互いの名を呼ぶだけで終わってしまう。いや、たとえば相手が浮気していたら……。まあ、俺達はまだ付き合いはじめて二週間の、ラブラブにも到達していない初々しい時期。無駄な詮索はアホらしい。それよりもさっさと出たほうが良いだろう。
「これ、片方でもいいんですかね?」
「えっ、あー……そうね。お互いにって書いて無いしね。一人でいいかもね」
うんうんと首を振るカカシさんは、どことなくそわそわしていて落ち着きが無かった。関係が変わって以降、受付で約束して飲みに行ったりはしたが、密室に二人きりは初めてでちょっと緊張しているのかもしれない。
ふいに巡らせた考えで一気に心拍数が上がった。ここは絶対に誰も入って来ない場所で、付き合いはじめた恋人と二人きりで閉じ込められているのだ。意識したことで急に俺も焦り始めた。告白されたのは輝く月夜でとてもロマンチックだったけれど、「好き」の言葉をもらったのはあれ一度きり。俺からも言ってないし、これは初めて巡ってきた「それらしい空気」になるターンなのでは。
告白は彼からしてくれたんだ。今回は俺から言おう。ごくりと唾を飲み込んで、下っ腹に力を入れた。体の横で拳を握る。カカシさんみたいに格好良く言いたい。壁の文字を見つめて息を吸う。
「俺は、カカシさんが好きだ」
しんとした部屋にカチッと固い音が響き、ホッとして振り向こうとしたが。
「えっ?」
隣から意外そうな声が聞こえた。
「えっ?待って、いま鍵が開いたよね?ってことは先生は俺のことが……えっ?」
おろおろと左右を見回してがりがりと頭を掻く。どう見ても恋人からの告白を喜んでいる姿では無かった。さっきとは違う意味で唾を飲み込む。握り混んでいた拳の内側が冷たくなっているのを感じ、手を開いた。指先の震えを隠すように手を後ろへ回し、深く息を吸う。そんなはずは、無い。だって俺達は付き合っていて、それはカカシさんが俺に好きだって言ったから。だから、そんな顔はありえないのだ。混乱する頭に躊躇いがちな声が響く。
「先生、いまの本気?そんなはず……ない、よね」
「……真似してみただけです。前にカカシさんが言ったみたいに」
「俺?何か言った?」
「忘れちゃいました?ほら、半月ほど前、月が輝く夜に」
「……」
「家に泊まった日の」
「あー……俺が潰されて先生に助けてもらった日のことか」
「え?飲んでたんですか。だって全然そんな風には」
「飲むにも色々とあってね、あんま口には出せない方。たまにはいいかって悪ふざけに乗ったつもりが、任務明けだったから回りが早くて家にたどり着く前に」
「俺が拾っちゃったんですね」
「あー、その節はお世話になりました」
「いえ、何事もなくて良かったです」
「うん。まあある意味牽制になったから良かったんだけど、それよりもですね、さっきの」
「好きですよカカシさん」
「は、あの、それは」
「友達じゃないですか。……カカシさんも俺のこと、好きでしょう」
「……うん」
「良かった」
ニコリと笑って歩き出す。良かった。恋人らしい空気にならなくて当然だった。カカシさんは自分の言ったことを覚えていられない状態だったんだから、あれは意味のない会話だったんだ。カカシさんが好きですと言いたかった相手は誰なんだろう。誰に付き合ってくれと言ったつもりだったのか。俺には分からないけど、残酷な夢を見た。
ドアを開けた向こうは抜けるような青空で、ぽかりと偽物みたいな雲が浮かんでいた。
「まいったな」
月が出ていたらお前のせいだって言えたのに、それすらも諦めろってか。仕方ない。勘違いした俺が悪かったのだ。たとえどんなに好きだったとしても、夢だったんだから。
視界が滲みそうになったので、たまらず走り出した。足を踏み出した瞬間、背中の向こうで扉の閉まる音が聞こえたが、振り返らなかった。
2021/07/25
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