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 俺の四歳上の恋人はとんでもなくロマンチックな男だった。雪の日は空から彼の愛が降ってくる。木も家も、里全体を覆う彼の愛が今日もしんしんと降り積もる。



 彼に告白されるまで、俺達はただの知り合いだった。宴会で同じテーブルにつくことはあっても、個人的に飲みに行くまではいかない関係。だからあの日、電信柱によりかかった彼を見ても俺を待ってたなんて思わなかった。肩に薄ら積もった雪が、俺への愛だなんて誰だって思わなかっただろう。彼の愛を受け取ったのは、ほぼ一年前の雪の夜。
 
 里にその年初めての雪が降り、底冷えを酒でぶっ飛ばせなんて言って仕事上がりの仲間と飲みに行った。良い気分で店を出て、積もったばかりの雪を踏みしめて歩く。暗い夜道が妙に明るく思えたのは、次々に空から降ってくる雪のせいだったのかもしれない。火照った頬に当たる雪が気持ちいいななんて思いながら歩く先に、見覚えのある人影を見つけた。電信柱に寄りかかる姿は、俺の元生徒達の上忍師だ。両手をポケットに突っ込んで肩に雪を載せて立っている。頭に積もった雪と銀髪が溶け合って、電灯の光を跳ね返した。何だか妙な景色だなと思ったのを覚えている。
 足を止めた俺にひらりと手を振り、明るい声を出した。深夜には、とても不釣り合いな声が響く。
「こんばんは。イルカ先生」
「こんばんは。こんな雪の日にどうされたんです
「愛を告げに」
「は?」
 頭を振って肩に積もった雪を一掴み。キュッキュと足を鳴らして歩み寄ると、俺の手に握っていた雪を載せた。
「雪華って知ってます?」
「雪の結晶ですよね」
「うん。この儚くも美しい花束を捧げて告白します。イルカ先生あなたを愛してます。俺と付き合ってください」
 ぎゅっと握られた手の中には溶け始めた雪の塊。これが、花束?こてんと倒れそうになる首を押しとどめ、じっと目の前の人を見つめてみる。緩やかな笑みを湛えた顔はとても満足そうであり、少なくとも冗談を言っているようには思えなかった。念のため、俺からも口にしてみる。
「雪華だから、花、ですか」
「そう。この空から降るのはあなたへの愛の花だよ」
 わあ。と言わなかった俺えらい。酒に酔っていても最後の一線は踏みとどまった。というか酒はすっかり抜けてしまった。そらそうだろう。雪の降る寒い中で、「大丈夫ですかー!?」とがくがく揺さぶって正気を確かめたい人を相手にしているのだ。
 ポーカーフェイスを保つ俺を、うふふとカカシ先生が見つめた。銀髪にはまた雪が積もり始めている。それがとても綺麗でキラキラしていて、ああ、こういう人ならこんな歯の浮くような台詞も言えてしまうのかもなと思った。俺には無理だけど、この人なら言えるのかもしれない。うんうんと頷いて己の出した結論に満足した。
 さて。あとは、どうやってこの場を切り抜けるのかだが。
「ありがとう。嬉しい!」
 おやと思った時には力一杯抱き締められていて、あれっと思った。カカシ先生は俺の首肯を快諾と受け取ったらしい。違いますよとぎゅうぎゅ力の篭る腕を叩こうと思ったら、手には溶けかけの雪が載っていて。困ったなと思っている内に、彼は俺の恋人になった。



 ちょっと変わってるなと思う所はたくさんあるし、というかそんな所ばかりだが、ロマンチックを信条とする彼は甘い恋人として俺を大事にしてくれた。春になればとっておきの桜を見に行こうと山の中まで連れ出して、夏になれば火影岩の上で一緒に線香花火をした。秋には月見酒を交わしながら「月が綺麗ですね」とお決まりのベッタベタな台詞を言ってくれたし、冬になればいつ雪が降るのかと毎日目をキラキラさせて空を見上げている。
「もうすぐですね。空から花が降ってくる。俺があなたに捧げた愛の花が」
 あまりにも嬉しそうに笑うので、若干引き攣った頬も目に入っていないのだなと分かった。この人はそれでいいのかもしれない。彼が俺へロマンチックを捧げるのなら、俺は彼がロマンチックでいられるように包み込もう。そう決めたのは、一年ぶりに雪が降った日の夜。

 あんなに待っていた初雪の日。彼は里にいなかった。任務だから仕方がない。それほど危険な任務でもなし、止む前に帰ってくればいいなと構えていたのだが、一年ぶりの雪はロマンチックの代わりにドラマチックを選んだらしい。
 帰還が遅い、消息不明、不穏な言葉が里を飛び交う。忍には、「まさか」が付き物。どれだけ準備をしていたって、避けられない不幸が飛んでくる時もある。仲間はみな気の毒な目で俺を見るけど、火影様はちゃんと救援部隊を出してくれた。きっとあの人は帰ってくる。だって、あれから毎日雪が降るのだ。ここにいない彼が俺に伝えているのだろう。

――愛してるよ。あなたに愛の花を捧げるよ。

 彼が望む以上のロマンチックが里を包み込んでいる。里に降り続ける彼の愛は、溶けずに積もってもう充分な量になった。これ以上は俺が飲み込まれてしまう。
 だから俺は毎日空を見る。太陽よ早く出て来い。あなたの愛は充分受け取りましたって、カカシさんに伝えて欲しい。今度は俺が両手に愛の花束を抱えてカカシさんに渡すのだ。両手一杯の愛が溶けない内にと願って、今日も空を見る。見つめる空の向こうで何かが光ったように感じて、じわりと溶け始めた雪を握り締めた。



2021/02/07
2021/08/29(日) 02:23 ワンライ COMMENT(0)
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