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「落ちてました」
 それが何か?という顔で焼鳥を頬張っているが、いやいやいやおかしいだろう。今話していたのは、二人のなれそめについてだ。任務で一緒になってとか友達の紹介でとか色々あるだろうに、落ちてたってなんだ。
「せんせ、俺にも一口ちょうだい」
「これでいいです?」
「ん」
 はいあーんと食べかけの串を差し出す姿は恋人同士のそれに見えるのだが、出てきた答えは全く相応しくない。
 冷静に考えれば友達の紹介ってのもおかしいな。男に男を紹介するなんてかなりのレアケースだろう。予想外の言葉にボクも動揺しているようだ。落ち着けとビールを含んで喉を湿らせ、もう一度仕切り直し。
「お二人のなれそめをお聞きしたのですが」
「だから落ちてたんですよ」
「拾われたの」
「……へーそれは良かった」
 肯定する以外何を言えようか。笑顔のままビールを一口、二口、そのまま飲みきった。

 新しいグラスと共に話題を変えようと思ったのは甘かったらしい。聞いてもいないのに、二人で続きを話し始めてしまった。興味はある。嫌な予感はそれ以上。でもまあ、話のタネとしては面白いよなと思ってしまうのが、この人たちの怖い所だ。
「道にね、暗部が落ちてたんですよ。もうビックリ。腕からダラダラ血を流してぐったりしてるから慌てて病院へ担ぎ込みました」
「命の恩人ってやつですか」
「なれそめとしては十分だろう」
「お見舞いに行ったり、お礼を言いにいったりして親しくなったんですか」
「お前本気?」
「行きませんよー。病院に預けたらやることねえし。知り合いじゃねえし。お礼ったってこの人気絶してたんですよ。ナイナイ」
「だよねえ」
 あははと笑い合う顔に返すべき表情は。意味不明なので帰っていいですかと聞きたいところをぐっと堪えて、最適解を探り出す。話してくれるということは、なれそめの話しをしたくないわけじゃない。先輩はともかくイルカ先生はボクをからかったりするような人では無いし、のろけて回りくどい話し方になっているか酔っ払って整理できていないかのどちらかだろう。イルカ先生は真っ赤な顔をしているけれど、箸使いはそれなりにしっかりしているし、先輩については言わずもがな。一緒に飲むような恋人を作ったのはこれが初めてだから、後輩に自慢したいのかもしれないなと大人の判断を選んだ。
 気の済むまで付き合ってあげよう。ただし、払いは先輩だ。グラスを開けて新しい一杯を注文して二人に向き直る。さあ続きをどうぞと促した。
「暗部だから顔は隠しているし接点なんてないし。でもそれが二度三度と続けばあれっと思うわけですよ。毎回気絶してるわけじゃなかったから、おんぶしながら話したりして。ちょっとずつ仲良くなりました」
「星空の下を二人で歩くってなかなかロマンチックだよね」
「あはは。確かに」
「二度……三度?」
「もっとたくさんですよ。正確には何回だろう。途中から数えるのやめちまったな。覚えてます?」
「んー?」
「ですよねー。で、カカシさんがこんなにあなたにばかり拾われるのはそういうことですねって。迎えに行くから待っててって言われたんですよ」
 運命かなあなんて赤い頬をかくイルカ先生を見ていられずに、皿のホッケから身を毟ることに専念した。顔を上げたら最後だ。
「ちょっと暑いですね!俺酔いさましてきます」
 バタバタと席を立ち小走りに去ってゆく。フリフリと手を振って見送っていた先輩が、顔を通路へ向けたまま低い声を出した。
「勘が良すぎるとマズイ時もあるな」
「何も言ってません」
「正解」
 そーっと顔を上げると、ニッコリと笑う先輩がいた。恐怖映像だ。

 嫌だなあと思うものの、腰がひけると余計に立場が悪くなる。仕方がないとため息をついて毟ったホッケを口に運んだ。回数を覚えているかと聞かれた時の笑みは、絶対に裏があった。呑気にですよねえなんて言えるのはあの人だけだろう。そもそも負傷した暗部が道に落ちてるって、どういう状況だ。警備か里内にいる暗部が即座に回収するに決まっているだろうが。そこに何の疑問も持たなかったのなら、今の状況も頷ける。あなたは嵌められたんですよ、なんて教えたらボクが絞められるだろうけど。
「お前恋でもしてるの?」
「なぜ」
「なれそめなんて聞きたがるからさ」
「不思議だっただけですよ。どう見てもアンバランスな組み合わせでしょう。何から何まで正反対で、何がきっかけで付き合うことになったのか気になったんですよ」
「きっかけね」
 グラスに残っていた酒を飲み干し、氷をひとかけ手に取った。小さな欠片を強く握り締めればあっという間に溶けてゆく。拳を開いた時には、もう手のひらを濡らす残骸しか残っていなかった。
「恋が壊れる瞬間を見た」
「恋が壊れる瞬間?」
「里へ帰還して、さあどうするかって木の上で考えてた時だった。一組の男女が歩いてきてね、よりによって俺が座ってた木の下で話し始めたのよ。俺の足元で突然の告白ショー開幕」
「うわあ。その言い方だと気配消して覗いてたんでしょう。悪趣味」
「人が来たから反射でね、悪意は無い。参ったなと思ってる内に、呆気なく女が振られて終了。いかにも緊張してます、心臓が破裂しそうですって顔してたけど、すごい一生懸命自分の恋心を語ってたよ。そりゃもうイチャパラなみ」
「もう一度念押ししておきますが、最低ですね」
「不可抗力だって。男はね、ありがとうって言ったんだよ。女はぱあっと顔を明るくしてね、俺もおっと思ったんだけど、後に続いたのはごめんって一言だった。その瞬間、大きな音が聞こえた。本当は何の音もしなかったんだろうけど、確かに何かが音を立てて砕ける音を聞いたよ」
「恋が壊れた音ですか」
「そう思ってる。女はぶっ壊れた顔のまんま走って逃げた。男の方はただじっと後ろ姿を見つめてたよ。見えなくなるまでずっとね」
 思い出話をする瞳には何も浮かんでいない。きっと話に出てきた男というのはイルカ先生のことだろう。恋人の過去の告白シーンを無感情に語る姿は、さっきまでと同じ人とは思えないほど冷たかった。
「俺もあんな風になれるのかって興味が湧いたんだよ。同じようになれるのかって思って、それがきっかけ」
「……なりたいと思ったのはどっちですか」
 熱の無い瞳が細められた。恋が壊れる瞬間、先輩はどちらの立場なのだろう。イルカ先生の恋を壊すのか、自分の恋を壊すのか、どちらに惹かれて彼を。
 絡め取られた彼は気づいていないのだろうが、きっと出会いから全部先輩の手の中だ。この人は自分の好奇心のためだけにあの人を堕とした。
「罰があたってもしりませんよ」
「……もう当たってるかもしれないね」
 頬杖をついた先輩がグラスの中から氷をつまみ上げる。手のひらに乗せた欠片はキラキラと輝いていた。



恋の欠片
2020/12/06
2021/08/29(日) 02:10 ワンライ COMMENT(0)
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