◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
◆バレンタインのその後の2人
大人の本気鬼ごっこに必要なのは、脚力ではなく知力と忍耐力である。
まして相手はあの「はたけカカシ」、人脈もフル活用して徹底的に逃げまくった。
そのおかげで逃げ切れたけれど、とうとう油断してしまったのだと思う。一ヶ月も経てば疲労だって溜まるものだ。仕方が無い。
諦めがついていても、俺と同等もしくはそれ以上の不満を溜めこんだ人間が目の前にいるという問題はどうしたものだろうか。薄っぺらいアパートのガラス窓一枚になんの効果もないことは分かっている。断続的に響く硬質な響きがキンキン心臓を刺して痛い。
コン、コン、コン
絶対自分で開けられるくせに何で開けないんだと問い詰めようとして、何でカーテンが開いてるんだという疑問に気づいてしまった。朝、たしかに開けていったはずだ。習慣になっているのだから、今日に限って忘れたなんてあり得ない。
閉まっていたはずのカーテンがきっちりまとめられた窓の向こう、闇の中でガラス窓を叩く上忍とはどんなホラーだ。怖すぎるんだが。
コン、コン、コン
止まないノックは絶対に帰らんぞという鉄の意志を感じさせる。俺は根負けして、真っ暗だった居間に明かりを点けた。ドアは開けないけれど、窓の近くまでいってベランダに佇むカカシさんに向き合う。無表情な覆面忍者が闇夜の中から見つめてくる。
「不法侵入ですよ」
「……開けるくらいはいいと思う」
「人の家へお邪魔するにはちょっと遅くないですか」
「ついさっき帰還したところなので」
「それはお疲れ様でし」
最後のたを飲み込んだ喉がゴクリと鳴る。
ついさっきと言ったか?俺はさっきまで、急用が入った仲間の交代として受付に座っていた。俺が引き継ぎをして、ゆっくり帰ってくる間に報告をすませて先回りまでしたのか。
何があろうと逃がさないという執念を感じて鳥肌が立つ。一ヶ月も逃げ回るのは良くなかったかもしれない。一線を越えた気がする。
「最近まったく会えなかったよね。立て続けにめんどくさい任務が入ってずっと外にいたし、戻れた時に受付行ってもアカデミー行っても一楽行っても全部空振り。なんで?」
何で、と問われてすぐに答えられるようなら鬼ごっこなんてしない。わずかなすれ違いを機と捉えてすぐさま追ってくるくせに、肝心なところがダメなあたり、いかにもカカシさんだ。そういうところをくんでくれていたら、逃げたりしなくて済んだものを。
「別に。忙しくて合わなかっただけでしょう」
「ふうん?先生の差し金じゃないの」
「俺にそんな権限あるわけないでしょう」
「そうかなあ。受付を怒らせると怖いからねえ。ね、開けて」
「いえ、今日はもう遅いので」
「遅いと問題あり?」
「もう寝ますし」
「…………」
穴が開くほど見つめられて、思わず視線が逃げた。
このまま彼を部屋に入れたらどうなるか決まっている。でも流されてしまったら、明日の自分に恨まれるだろう。それは避けたい。
一ヶ月前を思い出して、手が自然に腰を擦る。媚薬を呷ったのは自分だが、あそこまでどつぼにハマるとは思わなかった。薬でとんでる俺と違ってカカシさんは素面だったんだから、手加減してくれてもよかったのだ。好き放題やりやがって。
じくじくと疼く腰と尻を抱えて過ごすのは御免被りたいが、口にするのは俺の矜持に反する。だって、媚薬を一気飲みして唇まで舐めたあの日の俺が馬鹿みたいじゃないか。
彼のことは好きだけど、俺は自分の体も可愛い。可能な限り穏便にお引き取り願うのが理想だ。その方法が浮かばなくて、にらめっこを続けているのだけど。
なんとなく左手が腰を庇う。身に刻まれた痛みというのは恐ろしい。不安で自然に手が動く。
「ああ……なるほど」
小さく聞こえた声に逃げていた視線を戻すと、カカシさんの目は俺の顔でなく腰を擦る手を見ていた。咄嗟に両手がファイティングポーズを取るが、彼の興味は自分の腰につけたポーチへと移っている。ゴソゴソと中を掻き回し、箱を取り出した。
「お土産買ってきたの。珍味だって。見た目はちょっとアレなんだけど」
箱を開けようとして、口を止めるテープに気づいた。端を爪で引っ掻いて浮かせてゆく。
「良かったら食べて。これ渡したら、今日はそれで。よく効く痛み止めあるし、先生に持ってくるね。大丈夫」
そうじゃない。痛み止めとかどうでもいいし、逃げ回ってたのもそれだけじゃなくて、余裕ぶったのにあんなになっちゃってとか、一気に進んだ関係にどういう顔をしようかとか、たくさん色々あるんだが、この人はやっぱりちょっとズレている。ズレているけど、彼にとって絶対に問題にならないただ一つは、一ヶ月の鬼ごっこを経ても変わらずそのままのようだ。
丁寧に剥がしていたテープが外れ、ゆっくりと箱の蓋を開く。彼の指先を見て思い出した。
丸ごと蒸かされたじゃがいもの皮を丁寧に取り除く指先。俺は、ちょっと用心深くて神経質なあの手が好きだった。もう無理と思いながら、それでも彼を離さなかったのは、あの手にずっと触れてて欲しかったからだ。
「ねえ。見るのはこっち」
「え?」
顔の前で土産を揺らしながらカカシさんが笑った。空き箱を持つ手を見つめたままだったと気づく。
「あなたは俺の手、好きだよね」
ズレてるようで分かってて、時折遠慮無くそれを突きつけるこの人に、あれこれ考えたって無駄なのかもしれない。媚薬を出された時点で、俺は観念するべきだった。
仕方がないので笑う。笑うしかない。
「ビールにも合います?」
「もちろん」
「飯は?何か食いましたか?米は炊いてなあ」
彼に背を向け台所へと向かう。背後でカタカタと音がして、開いた窓からまだ冷たい夜気が入ってきた。やっぱり自分で開けられるんじゃねえか。
とっておきのラーメンでも作ってやるかなあと冷蔵庫を開く。卵ともやしを入れてやろう。恋人だから特別だ。
大人の本気鬼ごっこに必要なのは、脚力ではなく知力と忍耐力である。
まして相手はあの「はたけカカシ」、人脈もフル活用して徹底的に逃げまくった。
そのおかげで逃げ切れたけれど、とうとう油断してしまったのだと思う。一ヶ月も経てば疲労だって溜まるものだ。仕方が無い。
諦めがついていても、俺と同等もしくはそれ以上の不満を溜めこんだ人間が目の前にいるという問題はどうしたものだろうか。薄っぺらいアパートのガラス窓一枚になんの効果もないことは分かっている。断続的に響く硬質な響きがキンキン心臓を刺して痛い。
コン、コン、コン
絶対自分で開けられるくせに何で開けないんだと問い詰めようとして、何でカーテンが開いてるんだという疑問に気づいてしまった。朝、たしかに開けていったはずだ。習慣になっているのだから、今日に限って忘れたなんてあり得ない。
閉まっていたはずのカーテンがきっちりまとめられた窓の向こう、闇の中でガラス窓を叩く上忍とはどんなホラーだ。怖すぎるんだが。
コン、コン、コン
止まないノックは絶対に帰らんぞという鉄の意志を感じさせる。俺は根負けして、真っ暗だった居間に明かりを点けた。ドアは開けないけれど、窓の近くまでいってベランダに佇むカカシさんに向き合う。無表情な覆面忍者が闇夜の中から見つめてくる。
「不法侵入ですよ」
「……開けるくらいはいいと思う」
「人の家へお邪魔するにはちょっと遅くないですか」
「ついさっき帰還したところなので」
「それはお疲れ様でし」
最後のたを飲み込んだ喉がゴクリと鳴る。
ついさっきと言ったか?俺はさっきまで、急用が入った仲間の交代として受付に座っていた。俺が引き継ぎをして、ゆっくり帰ってくる間に報告をすませて先回りまでしたのか。
何があろうと逃がさないという執念を感じて鳥肌が立つ。一ヶ月も逃げ回るのは良くなかったかもしれない。一線を越えた気がする。
「最近まったく会えなかったよね。立て続けにめんどくさい任務が入ってずっと外にいたし、戻れた時に受付行ってもアカデミー行っても一楽行っても全部空振り。なんで?」
何で、と問われてすぐに答えられるようなら鬼ごっこなんてしない。わずかなすれ違いを機と捉えてすぐさま追ってくるくせに、肝心なところがダメなあたり、いかにもカカシさんだ。そういうところをくんでくれていたら、逃げたりしなくて済んだものを。
「別に。忙しくて合わなかっただけでしょう」
「ふうん?先生の差し金じゃないの」
「俺にそんな権限あるわけないでしょう」
「そうかなあ。受付を怒らせると怖いからねえ。ね、開けて」
「いえ、今日はもう遅いので」
「遅いと問題あり?」
「もう寝ますし」
「…………」
穴が開くほど見つめられて、思わず視線が逃げた。
このまま彼を部屋に入れたらどうなるか決まっている。でも流されてしまったら、明日の自分に恨まれるだろう。それは避けたい。
一ヶ月前を思い出して、手が自然に腰を擦る。媚薬を呷ったのは自分だが、あそこまでどつぼにハマるとは思わなかった。薬でとんでる俺と違ってカカシさんは素面だったんだから、手加減してくれてもよかったのだ。好き放題やりやがって。
じくじくと疼く腰と尻を抱えて過ごすのは御免被りたいが、口にするのは俺の矜持に反する。だって、媚薬を一気飲みして唇まで舐めたあの日の俺が馬鹿みたいじゃないか。
彼のことは好きだけど、俺は自分の体も可愛い。可能な限り穏便にお引き取り願うのが理想だ。その方法が浮かばなくて、にらめっこを続けているのだけど。
なんとなく左手が腰を庇う。身に刻まれた痛みというのは恐ろしい。不安で自然に手が動く。
「ああ……なるほど」
小さく聞こえた声に逃げていた視線を戻すと、カカシさんの目は俺の顔でなく腰を擦る手を見ていた。咄嗟に両手がファイティングポーズを取るが、彼の興味は自分の腰につけたポーチへと移っている。ゴソゴソと中を掻き回し、箱を取り出した。
「お土産買ってきたの。珍味だって。見た目はちょっとアレなんだけど」
箱を開けようとして、口を止めるテープに気づいた。端を爪で引っ掻いて浮かせてゆく。
「良かったら食べて。これ渡したら、今日はそれで。よく効く痛み止めあるし、先生に持ってくるね。大丈夫」
そうじゃない。痛み止めとかどうでもいいし、逃げ回ってたのもそれだけじゃなくて、余裕ぶったのにあんなになっちゃってとか、一気に進んだ関係にどういう顔をしようかとか、たくさん色々あるんだが、この人はやっぱりちょっとズレている。ズレているけど、彼にとって絶対に問題にならないただ一つは、一ヶ月の鬼ごっこを経ても変わらずそのままのようだ。
丁寧に剥がしていたテープが外れ、ゆっくりと箱の蓋を開く。彼の指先を見て思い出した。
丸ごと蒸かされたじゃがいもの皮を丁寧に取り除く指先。俺は、ちょっと用心深くて神経質なあの手が好きだった。もう無理と思いながら、それでも彼を離さなかったのは、あの手にずっと触れてて欲しかったからだ。
「ねえ。見るのはこっち」
「え?」
顔の前で土産を揺らしながらカカシさんが笑った。空き箱を持つ手を見つめたままだったと気づく。
「あなたは俺の手、好きだよね」
ズレてるようで分かってて、時折遠慮無くそれを突きつけるこの人に、あれこれ考えたって無駄なのかもしれない。媚薬を出された時点で、俺は観念するべきだった。
仕方がないので笑う。笑うしかない。
「ビールにも合います?」
「もちろん」
「飯は?何か食いましたか?米は炊いてなあ」
彼に背を向け台所へと向かう。背後でカタカタと音がして、開いた窓からまだ冷たい夜気が入ってきた。やっぱり自分で開けられるんじゃねえか。
とっておきのラーメンでも作ってやるかなあと冷蔵庫を開く。卵ともやしを入れてやろう。恋人だから特別だ。
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