◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
◇さらT.のkkirで「最後の花束を君に」をお題に描いて(書いて)ください。
窓から差し込んでいたオレンジ色の光に、藍が混ざり始めた。味を含ませていたおでんの鍋に火を入れて温め直す。
コンロの炎が外よりも明るくなる頃には玄関の扉が開き、ただいまが聞こえてくる。元気な時も消えそうな時もあるが、どんな時も必ず。
先生は台所へ顔を出して夕飯の匂いを吸い込むとニッコリ笑う。
おかえりと今日のメニューを伝えたら、先生は洗面所へ。俺は最後の仕上げをして、一緒に食卓の準備。
それが二人で過ごす、いつもの時間だ。任務ですれ違うことも多いけれど、同じ鍵を持つようになってからの日常になっている。
台所に漂うおでんの匂いは、うっすら外にも漏れているかもしれない。なのに今日は、まだ扉が開かない。とっくに陽は落ちきって、夜風が冷たくなってきているのに。
火を止めて鍋に蓋をした。ベストを羽織らずそのまま部屋を出る。月のない空は暗く、いっそう風が冷たい。一瞬考えて、ゆっくり歩いてゆくことにした。今日は、空が近いところだろう。
商店街はもう閉まっているが、飲み屋はこれからが書き入れ時だ。遠くに感じる賑わいから離れるように高台へ進む。
火影岩の次に高い場所は視界を遮る物が少なく、こんな夜にはちょうど良い。
暗い中で石段をひとつずつ上ってゆくと、一歩ずつ夜に入ってゆく気分になる。てっぺん近くまできたら、暗闇の中にぼんやり浮かぶ背中が見えた。邪魔をしないようにそっと上りきる。
「遅くなってごめんなさい」
気配を察した先生の声に足を止めた。
「月がなくて良かったね」
少し先の背中へ呼びかければこくんと頷く。先生はじっと夜空を見つめている。
亡くなった人を思うと天国に花が降る。
最初に聞いたのは、まだ飲み友達とした言えない関係だった頃。
この稼業で何を、と言わなかった自分にほっとした。たぶん、彼の隣に立つ資格があるように思えたからだ。
忍のくせに甘いと切り捨てる人間もいるだろう。だが夢のような言葉は、あまりにのどかな響きの中に哀しさと優しさ、行き場のない苦しさが漂う。
彼が信じる悼みと救いを否定しなかったのならばと、むしろ自分が夢を見た。叶うとまでは思わなかったが。
ただいまとおかえりを自然に言い合うようになり、お互いの生活のペースを掴み始めると、恋人としの視点が変わった。先生が日常の一部となったことで、小さな変化に気づくようになったのだ。
俺よりも規則的な生活をしているはずの彼が、不意に空白の時間を作る。帰り際の立ち話が長引いた程度の差異が引っかかり、妙に胸がざわめいた。
疑問の答えを求めるのは当然。自分へ言い訳をして気づかれぬよう探ったが、見つけたのは空を見上げて佇む背中だけだった。何度確かめても同じだ。
不貞など欠片も見つからず、結局彼に聞いた。あの気まずさは忘れられない。
「花が降ってるかなあって思って」
なんだ、と笑ってひとことだけ。彼らしい答えに納得して、同じくらい苛ついた。
先生は誰かのために、ひとりきりの時間を作る。その誰かを思うために。決して誰も踏み入ることのできない時間だ。恋人である俺さえも。
まだ浮気のほうがマシだとすら感じた。相手を八つ裂きにすることもできず、ただ耐えるしかない。とっくにいない相手なのだから、先生を奪われているのにどうしようもないのだ。
理解はした。だが受け入れるべきだという正気を、うずまく嫉妬が飲み込もうとする。
空が明るいと、期待してしまうことがあるそうだ。思う誰かに降る花が、自分にも見えないかと。そうしたら、花に包まれる姿が本当だと安心できるから、と。
先生の中で変わらない誰かが羨ましい。そいつはきっと、先生が降らせた花に包まれてずっとその場にいることを許されている。見えない花を待ち続け、空の明るさが消えても目が離せないほど、強い思いで。
動かない背中への諦めと苛立ち。分かっていても追いかけずにはいられなかった。
「俺にも花を降らせてね」
「カカシさんに?」
「うん」
俺は花が降るような場所には行けない。だからどんなに思ってくれたとしても、見えないだろう。
それでも月のない夜には俺の事を思ってほしい。毎日とは言わないから。
「カカシさんは?俺が先にいなくなったら、カカシさんは花を降らせてくれますか」
「当然でしょ。ずっと降り続けるよ。やまない花があなたのことをすっぽり包んでも、ずーっと降り続けるから」
そうしたら、もう勘弁してくれって会いに来てくれないだろうか。いい加減にしろって怒られてもいい。
「なんかプロポーズみたいだ」
「え?」
振り向いた先生が足早に向かってくる。闇夜でもはっきりと分かるくらい近づくと、そのまま抱きついてきた。
「今日のメニューは?」
「おでん」
「やった」
くふふと漏れた息で耳がくすぐったい。抱き留めた腕からすり抜けて、石段を下り始めてしまう。
「早く帰りましょう」
促されて後を追いかけた。さっきまで遠かった背中が、すぐ隣にある。俺の手を引っ張った先生がふわりと笑った。
#しんどいお題メーカー
shindanmaker.com/974599
窓から差し込んでいたオレンジ色の光に、藍が混ざり始めた。味を含ませていたおでんの鍋に火を入れて温め直す。
コンロの炎が外よりも明るくなる頃には玄関の扉が開き、ただいまが聞こえてくる。元気な時も消えそうな時もあるが、どんな時も必ず。
先生は台所へ顔を出して夕飯の匂いを吸い込むとニッコリ笑う。
おかえりと今日のメニューを伝えたら、先生は洗面所へ。俺は最後の仕上げをして、一緒に食卓の準備。
それが二人で過ごす、いつもの時間だ。任務ですれ違うことも多いけれど、同じ鍵を持つようになってからの日常になっている。
台所に漂うおでんの匂いは、うっすら外にも漏れているかもしれない。なのに今日は、まだ扉が開かない。とっくに陽は落ちきって、夜風が冷たくなってきているのに。
火を止めて鍋に蓋をした。ベストを羽織らずそのまま部屋を出る。月のない空は暗く、いっそう風が冷たい。一瞬考えて、ゆっくり歩いてゆくことにした。今日は、空が近いところだろう。
商店街はもう閉まっているが、飲み屋はこれからが書き入れ時だ。遠くに感じる賑わいから離れるように高台へ進む。
火影岩の次に高い場所は視界を遮る物が少なく、こんな夜にはちょうど良い。
暗い中で石段をひとつずつ上ってゆくと、一歩ずつ夜に入ってゆく気分になる。てっぺん近くまできたら、暗闇の中にぼんやり浮かぶ背中が見えた。邪魔をしないようにそっと上りきる。
「遅くなってごめんなさい」
気配を察した先生の声に足を止めた。
「月がなくて良かったね」
少し先の背中へ呼びかければこくんと頷く。先生はじっと夜空を見つめている。
亡くなった人を思うと天国に花が降る。
最初に聞いたのは、まだ飲み友達とした言えない関係だった頃。
この稼業で何を、と言わなかった自分にほっとした。たぶん、彼の隣に立つ資格があるように思えたからだ。
忍のくせに甘いと切り捨てる人間もいるだろう。だが夢のような言葉は、あまりにのどかな響きの中に哀しさと優しさ、行き場のない苦しさが漂う。
彼が信じる悼みと救いを否定しなかったのならばと、むしろ自分が夢を見た。叶うとまでは思わなかったが。
ただいまとおかえりを自然に言い合うようになり、お互いの生活のペースを掴み始めると、恋人としの視点が変わった。先生が日常の一部となったことで、小さな変化に気づくようになったのだ。
俺よりも規則的な生活をしているはずの彼が、不意に空白の時間を作る。帰り際の立ち話が長引いた程度の差異が引っかかり、妙に胸がざわめいた。
疑問の答えを求めるのは当然。自分へ言い訳をして気づかれぬよう探ったが、見つけたのは空を見上げて佇む背中だけだった。何度確かめても同じだ。
不貞など欠片も見つからず、結局彼に聞いた。あの気まずさは忘れられない。
「花が降ってるかなあって思って」
なんだ、と笑ってひとことだけ。彼らしい答えに納得して、同じくらい苛ついた。
先生は誰かのために、ひとりきりの時間を作る。その誰かを思うために。決して誰も踏み入ることのできない時間だ。恋人である俺さえも。
まだ浮気のほうがマシだとすら感じた。相手を八つ裂きにすることもできず、ただ耐えるしかない。とっくにいない相手なのだから、先生を奪われているのにどうしようもないのだ。
理解はした。だが受け入れるべきだという正気を、うずまく嫉妬が飲み込もうとする。
空が明るいと、期待してしまうことがあるそうだ。思う誰かに降る花が、自分にも見えないかと。そうしたら、花に包まれる姿が本当だと安心できるから、と。
先生の中で変わらない誰かが羨ましい。そいつはきっと、先生が降らせた花に包まれてずっとその場にいることを許されている。見えない花を待ち続け、空の明るさが消えても目が離せないほど、強い思いで。
動かない背中への諦めと苛立ち。分かっていても追いかけずにはいられなかった。
「俺にも花を降らせてね」
「カカシさんに?」
「うん」
俺は花が降るような場所には行けない。だからどんなに思ってくれたとしても、見えないだろう。
それでも月のない夜には俺の事を思ってほしい。毎日とは言わないから。
「カカシさんは?俺が先にいなくなったら、カカシさんは花を降らせてくれますか」
「当然でしょ。ずっと降り続けるよ。やまない花があなたのことをすっぽり包んでも、ずーっと降り続けるから」
そうしたら、もう勘弁してくれって会いに来てくれないだろうか。いい加減にしろって怒られてもいい。
「なんかプロポーズみたいだ」
「え?」
振り向いた先生が足早に向かってくる。闇夜でもはっきりと分かるくらい近づくと、そのまま抱きついてきた。
「今日のメニューは?」
「おでん」
「やった」
くふふと漏れた息で耳がくすぐったい。抱き留めた腕からすり抜けて、石段を下り始めてしまう。
「早く帰りましょう」
促されて後を追いかけた。さっきまで遠かった背中が、すぐ隣にある。俺の手を引っ張った先生がふわりと笑った。
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