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解説があるものは先にご確認ください
木ノ葉のバレンタインには名物チョコがある。受付のうみの中忍が配る、「お名前チョコ」だ。スーパーでよく安売りしている駄菓子が、バレンタインデー限定で特別なチョコレートになる。
イルカ先生は毎年、スーパーで売っている「いろはチョコ」の大袋を大量に買って待機しているらしい。表面に五十音が書かれたチョコをカウンターの下に忍ばせていて、帰還した忍に名前のチョコをくれるそうだ。何の変哲もないただのチョコ。高級でも手作りでも可愛いくノ一からでもない、いつも受付に座っているイルカ先生のチョコだけど、やっぱり嬉しいようで、バレンタインは一人の前に行列が出来る。
最初は何がそんなに嬉しいのかと思っていた。でも何となく分かる。おかえりなさいの言葉と共に贈られる名前は、自分だけのものだ。里に来る任務はたくさんあるし、毎日出される報告書だって一つじゃない。どれだけ苦労したとしても、自分の任務は山の中の一つに過ぎず、取り立てて意識されるようなものではないのだ。
それは当たり前のことだと分かっているが、一年の内のたった一日だとしても、ハッキリとした形で労ってもらえるのは嬉しいのだろう。カウンターに置かれた自分の名前のチョコは、任務を終えて帰って来た自分を考えて並べられたもの。その特別感は誰だって嬉しい。
些細なこととして流せるのは幸せな証拠。その有り難さを噛み締める必要の無い人生と、自分が受付に戻ってこられたことに疑問を抱かない任務であったのならば、それ以上のことは無い。ただ、そうはいかないと知っている者ばかりだから、ただの駄菓子が特別な祭りとなってしまう。平和と切り捨てられる裏側を知る人だからこその気遣いかもしれない。
問題は、そううまくバレンタインの日に帰還できる任務が当たる訳では無く、噂には聞いていたものの実際にもらったことは無いという点だ。俺もイルカ先生のチョコが欲しかった。
任務に期待などするだけ無駄だ。うまいこと偶然が噛み合わないだろうかとぼんやりと頭の端に置くけれど、叶ったことは無い。いかにも自分らしくて悔しいとすら思わなかった。むしろその奇跡がおきたなら、到底あり得ないと捨て置いた先まで望んでしまいそうなくらいだ。
時折、もし今年チョコがもらえたら、なんて考えてみる。どうせ叶わないと分かった上での戯れに過ぎないが。
これは何度目の正直か。もうそろそろ報告書を出す生活も終わりかと思っていた頃に、突然チャンスが降ってきた。立場的に諦めるしかない場所へ行くことになり、うっすら置いていた夢のような思いも捨てる時期に訪れた、思いがけぬ幸運。日を回ると思っていた帰還はギリギリ天辺を回る前になり、開けた扉の奥では彼が笑っている。
「お帰りなさいカカシさん。お疲れ様でした」
「先生、何で?もうとっくに上がりじゃ」
「今日は特別なんですよ。日が変わるまではバレンタインってことで、耐久任務です」
昼過ぎからずーっとここにいるらしい。バレンタインデーの先生は受付にいると聞いていたが、そんなに待機しているとは知らなかった。
もう何時間も書類を捌いているだろうに、ちっとも疲れた顔をせず報告書を受け取ってくれる。確認に下がる頭の上で揺れる尻尾を見ながら、ちょっとソワソワした。ひょっとしたら、まだもらえたりするのだろうか。
「はい、確かにお預かりしました!ちょっと待ってくださいね」
報告書を片付けた先生が、隣の椅子に置いた箱の中をゴソゴソし始めた。いくつもの袋の中にはたっぷりのチョコレートが入っている。いろはチョコの中身は均等に入っている訳では無いし、来る人間によって使う文字も違う。この時間にもこんなに残っているなんて、一体どれだけ買い込んでいるのだろうか。
「あれ……」
「どうしました?」
「えっと。待ってくださいね」
箱の中からいくつか袋を取りだしカウンターの上に置く。どうやら予めあいうえお順に分けているようで、ラベルが貼ってあった。無造作にぽんと置かれた袋には「ら」と書かれている。その隣は「た」、もう一つ横は「あ」だ。
「あれえ~」
先生は焦ったように、引っかき回していた袋の中身をカウンターの上に広げた。袋に書いてあるのは「か」だ。一個ずつチョコを引っ繰り返して確認しているが、目当てのものは出て来ないらしい。
「足りない?」
「すみません!別の袋に混ざってるかもしれないし、全部見てみたらあるかも……」
手前に握っていたチョコを置き、広げていたチョコはざっと横に避けてスペースを空ける。先生が持っていたチョコは二つ。「か」と「し」だ。別の袋を逆さにしようとした手を止めた。
「かが足りないんだ」
「まだあると思ったんですけど」
「二つだもんねぇ」
「さっき確かめた時は確かに……。ちゃんとまだあるって確認したのに」
袋を放した手がぐっと握られる。悔しそうな先生を前に心臓が跳ねた。
それは、俺が来るって分かってたってことじゃないのか?先生は俺が来るまでずっとここに座っているつもりだった?
奇跡が起きたらその先を。あり得ないことが起きるなら、叶わないことが叶うかもしれない。頭の隅に置いていた言葉が膨れ上がる。
「ごめんなさい。これが最後だったのに、何で……」
先生の嘆きが背中を押す。最後を大事にしたい理由は、俺と同じか確かめたい。
「足りない分は、自分で選んでいいですか」
「え?」
「欲しいものがあります」
戸惑ったように頷く顔へ笑いかける余裕はなく、口布の下で唇を引き結ぶ。カウンターの上に置かれた袋から、二文字を選び取った。先生の前に置かれたチョコから一つもらう。
選んだ文字は「い」と「る」と「か」。
「チョコだけじゃなくて、あなた自身も欲しい」
驚いたように俺とチョコを見比べていた先生が、唇を震わせる。悔しそうに固めていた拳が開き、大事そうにチョコを包み込んだ。
「俺も」
続きを告げようとした先生へ手を伸ばす。最後に訪れた奇跡を両手で包み込んだ。
2022/02/13
イルカ先生は毎年、スーパーで売っている「いろはチョコ」の大袋を大量に買って待機しているらしい。表面に五十音が書かれたチョコをカウンターの下に忍ばせていて、帰還した忍に名前のチョコをくれるそうだ。何の変哲もないただのチョコ。高級でも手作りでも可愛いくノ一からでもない、いつも受付に座っているイルカ先生のチョコだけど、やっぱり嬉しいようで、バレンタインは一人の前に行列が出来る。
最初は何がそんなに嬉しいのかと思っていた。でも何となく分かる。おかえりなさいの言葉と共に贈られる名前は、自分だけのものだ。里に来る任務はたくさんあるし、毎日出される報告書だって一つじゃない。どれだけ苦労したとしても、自分の任務は山の中の一つに過ぎず、取り立てて意識されるようなものではないのだ。
それは当たり前のことだと分かっているが、一年の内のたった一日だとしても、ハッキリとした形で労ってもらえるのは嬉しいのだろう。カウンターに置かれた自分の名前のチョコは、任務を終えて帰って来た自分を考えて並べられたもの。その特別感は誰だって嬉しい。
些細なこととして流せるのは幸せな証拠。その有り難さを噛み締める必要の無い人生と、自分が受付に戻ってこられたことに疑問を抱かない任務であったのならば、それ以上のことは無い。ただ、そうはいかないと知っている者ばかりだから、ただの駄菓子が特別な祭りとなってしまう。平和と切り捨てられる裏側を知る人だからこその気遣いかもしれない。
問題は、そううまくバレンタインの日に帰還できる任務が当たる訳では無く、噂には聞いていたものの実際にもらったことは無いという点だ。俺もイルカ先生のチョコが欲しかった。
任務に期待などするだけ無駄だ。うまいこと偶然が噛み合わないだろうかとぼんやりと頭の端に置くけれど、叶ったことは無い。いかにも自分らしくて悔しいとすら思わなかった。むしろその奇跡がおきたなら、到底あり得ないと捨て置いた先まで望んでしまいそうなくらいだ。
時折、もし今年チョコがもらえたら、なんて考えてみる。どうせ叶わないと分かった上での戯れに過ぎないが。
これは何度目の正直か。もうそろそろ報告書を出す生活も終わりかと思っていた頃に、突然チャンスが降ってきた。立場的に諦めるしかない場所へ行くことになり、うっすら置いていた夢のような思いも捨てる時期に訪れた、思いがけぬ幸運。日を回ると思っていた帰還はギリギリ天辺を回る前になり、開けた扉の奥では彼が笑っている。
「お帰りなさいカカシさん。お疲れ様でした」
「先生、何で?もうとっくに上がりじゃ」
「今日は特別なんですよ。日が変わるまではバレンタインってことで、耐久任務です」
昼過ぎからずーっとここにいるらしい。バレンタインデーの先生は受付にいると聞いていたが、そんなに待機しているとは知らなかった。
もう何時間も書類を捌いているだろうに、ちっとも疲れた顔をせず報告書を受け取ってくれる。確認に下がる頭の上で揺れる尻尾を見ながら、ちょっとソワソワした。ひょっとしたら、まだもらえたりするのだろうか。
「はい、確かにお預かりしました!ちょっと待ってくださいね」
報告書を片付けた先生が、隣の椅子に置いた箱の中をゴソゴソし始めた。いくつもの袋の中にはたっぷりのチョコレートが入っている。いろはチョコの中身は均等に入っている訳では無いし、来る人間によって使う文字も違う。この時間にもこんなに残っているなんて、一体どれだけ買い込んでいるのだろうか。
「あれ……」
「どうしました?」
「えっと。待ってくださいね」
箱の中からいくつか袋を取りだしカウンターの上に置く。どうやら予めあいうえお順に分けているようで、ラベルが貼ってあった。無造作にぽんと置かれた袋には「ら」と書かれている。その隣は「た」、もう一つ横は「あ」だ。
「あれえ~」
先生は焦ったように、引っかき回していた袋の中身をカウンターの上に広げた。袋に書いてあるのは「か」だ。一個ずつチョコを引っ繰り返して確認しているが、目当てのものは出て来ないらしい。
「足りない?」
「すみません!別の袋に混ざってるかもしれないし、全部見てみたらあるかも……」
手前に握っていたチョコを置き、広げていたチョコはざっと横に避けてスペースを空ける。先生が持っていたチョコは二つ。「か」と「し」だ。別の袋を逆さにしようとした手を止めた。
「かが足りないんだ」
「まだあると思ったんですけど」
「二つだもんねぇ」
「さっき確かめた時は確かに……。ちゃんとまだあるって確認したのに」
袋を放した手がぐっと握られる。悔しそうな先生を前に心臓が跳ねた。
それは、俺が来るって分かってたってことじゃないのか?先生は俺が来るまでずっとここに座っているつもりだった?
奇跡が起きたらその先を。あり得ないことが起きるなら、叶わないことが叶うかもしれない。頭の隅に置いていた言葉が膨れ上がる。
「ごめんなさい。これが最後だったのに、何で……」
先生の嘆きが背中を押す。最後を大事にしたい理由は、俺と同じか確かめたい。
「足りない分は、自分で選んでいいですか」
「え?」
「欲しいものがあります」
戸惑ったように頷く顔へ笑いかける余裕はなく、口布の下で唇を引き結ぶ。カウンターの上に置かれた袋から、二文字を選び取った。先生の前に置かれたチョコから一つもらう。
選んだ文字は「い」と「る」と「か」。
「チョコだけじゃなくて、あなた自身も欲しい」
驚いたように俺とチョコを見比べていた先生が、唇を震わせる。悔しそうに固めていた拳が開き、大事そうにチョコを包み込んだ。
「俺も」
続きを告げようとした先生へ手を伸ばす。最後に訪れた奇跡を両手で包み込んだ。
2022/02/13
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