カタネトコ

　良い感じにじんわりと熱い頭は突然の告白をうまく理解出来なかった。何事もなかったように酒を注ぐ相手へ、戸惑いながら聞き返す。
「あの、もう一度……、いや、やっぱいいです」
「そこまで言ったら無理でしょ。せんせ、酔ってるの」
　酔ってるのはあんたじゃねえのかと薄目で睨む。カカシさんはククっと笑って杯を干しテーブルに置いた。普段なら気にもかけない小さな音が、やけに大きく響く。
「俺はあなたのことが好きみたいです。夢を見るので」
「夢見たからなんだってんです」
「聞きたいの？」
「そんな事は言ってない」
　いかにも楽しげに目を細めるので決まりが悪い。気圧されるように下がった視線の先、皿で干からびつつあるほっけが目に入ったので、ただちに腹の中へ片付けることを己に課した。箸がひたすら皿と口の間を往復する。
　音に鳴らない空気が揺れた。突如、黙々とほっけをむしって口に入れる俺を見るのが楽しいらしい。何でだ。だからか。
「なんだろうね。あなたの夢を見て楽しいって中に、じんわり淋しいが馴染んでるのに気づいたの。だから好きだと思うよ」
「はあ」
「信じてない？」
「そうは言いませんけど」
「先生も味わったら分かるんじゃないかなあ」
「はあ。……それを俺に言ってどうしたいんです」
「どうしよう」
「俺が聞いてるんですけど」
「ねえ」
「ちょっと」
　うふふと笑って杯を揺らす。何なんだよと胸の奥が熱い。嬉しいのか戸惑ってるのか、それとも怒ってるのか。どれだろうと考えながら俺はほっけをむしり続けた。



　ぱちりと開いた目に映るのは、ほっけでもカカシさんでもなくくすんだ天井。ジリジリ喚き立てる目覚まし時計を手探りで止める。朝だ。もう起きる時間だ。
　ごろりと寝返りを打って、布団の中で足を擦り合わせる。出たらまた一日が始まってしまう。離れがたさに胸が疼きもう一度目を閉じた。
　暗闇の中に戻ってくるものは無く、虚しさに目を開ける。こんな形で証明しろなんて言ってないのに。
　今度は俺が夢を見たって言ってやろうか。その先は何て続けよう。あなたの気持ちが分かりましたよって言ったら、どんな顔が見られるのか。
「……それはすっごく楽しみだろ」
　えいっと掛け布団を蹴飛ばして跳ね起きた。顔を洗って出勤の準備をしよう。回転を上げて、絶対定時で上がれるようにしておく。だからとっとと帰って来い。



2021/12/19