◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
今日は面白い物をもらった。餡子の部分が赤飯になっている赤飯饅頭という菓子だ。俺は混ぜご飯が苦手でほぼ食べることが無い。ただ、赤飯というのは他の混ぜご飯とは少し違う趣があるとも思っている。何故かこいつだけは別の場所にいるように感じるのだ。赤飯は少しだけ特別。自ら食べようとは思わないが、是非にと勧められて固辞するほどではないというか。好きか嫌いか選べと言われたら、嫌いに入るのは間違いないが。
赤飯饅頭は依頼者からの振る舞いだった。子どもが結婚したと上機嫌で、新しい依頼だけでなく引き出物の饅頭まで持参してくれたのだ。木ノ葉への依頼が切っ掛けだったというのだから、受け取らないわけにはいかず。饅頭の皮の中に餡子ではなく赤飯が入っているのは不思議なものだなと思いながら頂いた。思ったよりも美味かったのがまた不思議だ。
奇妙な取り合わせを囓っていたら、好きと嫌いを掛け合わせたらどちらが勝るかという話を思い出した。カカシさんはちまきの天ぷらなんておかしな事を言い出したっけ。
彼は天ぷらを食べない。中身が秋刀魚かちまきか分からないものに、手は出せないと言っていた。俺はどう答えたんだっけか。確か、ラーメンと混ぜご飯を掛け合わせたらなんて言っていた気がするのだが。
思い出せんなあと手に持った缶ビールをぐびり。肌寒い夜風が心地よいほどには頬が熱い。今日の月はどこかに半身を隠しているので他人行儀に感じてしまう。もっと全てを曝け出せよ!なんて俺が言えた義理ではないか。隠されていようが晒されていようが見えてないのがこの節穴なんだから。
参るよなあと傾けた缶はもう空っぽだった。新しい缶を手に取って躊躇せず開ける。口をつけながら、昼間の饅頭取っとけば良かったなんて思ったりして。つまみはいらんと思ったけれど、予想よりも遅いせいか少し腹が淋しくなってきた。影分身を出してまで買いに行くほどじゃあないのだが、そろそろ腹が妙な音を立てそうだなとも感じている。
うーんと唸り声を三回。その間に缶を一本、二本。腹の虫が限界と騒ぐ前に彼の気配を感じ取った。本当に憎いくらいに良いタイミング。立ち上がって大きく手を振る。
「カカシさーん。お疲れ様でーす」
ぎょっとした顔がハッキリと見えて夜空にバカ笑いを飛ばす。俺はその顔、結構好きだ。
渋い顔で近くまで来てくれたカカシさんは、大きく鼻を鳴らすと痛みを堪えるようにぎゅっと眉間に皺を刻んだ。
「言いたい事も聞きたいことも渋滞してるんだけど」
「はい」
「まずはポーチに隠した物を出しなさい」
「すげー。ポーチに入れてるのに分かるんだ!」
じゃーんと言いながらわしゃわしゃに丸めた紙を引っ張り出す。一見ただの紙屑だが、その中心には橙色の花弁が数枚包まれている。
「カカシさんの鼻はよく利くって本当なんですねー。忍犬使いだから?犬なみ?」
「紙で丸めたくらいじゃ匂いが漏れるに決まってる……。ほら渡して」
「イヤでーす」
「どうして」
「どうして?」
「先生」
「俺のものをあんたが取り上げる理由あるんですか」
「自分でも分かっているでしょう。二度目のラッキーは無いよ」
「ラッキー?誰への?」
ニヤリと笑って軽く一矢。見事命中したようで、渋い顔がさらに歪んだ。
ちょっとくらいはいいだろう。どれだけ振り回されてると思ってんだ。良い表情を堪能しながらポーチへ丸めた紙包みを戻す。
ああアルコールってのは良いもんだなあ。言いたいことも言えないことも言い出せないことも、全部ぜーんぶつるんと滑らせてくれる。つるりつるりと滑り出す中のどれが一番なのか、見定めるべきはそこにある。
「こんな道端で飲んで。誰が通るか分からないのに」
「安心して下さい。地べたじゃないですベンチに座っております」
「だからって酒盛りしていいわけじゃないでしょ。飲むなら家で。一人なら酔った挙げ句のうっかりがあっても害は無いんだから」
「効かない可能性だってあるでしょー。あんたみたいに平気な人もいる。うっかりが必ずしも悲劇を連れてくるとは限らないんだし」
「馬鹿なことを言うのはやめなさい。石段の上から真っ逆さまに落ちかけたの、忘れたわけじゃないでしょう。あの時、あなたの友人に効いてなかったと思うんですか」
「んなわきゃない」
「じゃあ」
尚も言い募ろうとするカカシさんを無視してビールを呷る。顰め面がさらにくしゃっと、ますますイイ感じだ。大きなため息が聞こえてぐふふと笑い声を漏らした。甘えさせてくれる人がいるのは嬉しい。心配の上でゴロゴロ好き放題に転がるのはとても愉快な気分だ。うっかりこのまま沈みそうになるくらい心地好くて、久々の感覚に全てを投げ出したくなってしまう。
俺達はこの時間が消えた理由を知っていて、でも何とかならないかとジタバタしていた。俺は知ることで、彼は隠すことで。相手を見ているつもりで本当に見ていたのは何だったのか。こんなにも別々の方を向いていたというのに。
枝葉末節ばかりじゃあ本末転倒がいい所だ。枝葉を知るのが必要な理由を見誤ってはいけない。繋がるべきものはどこか。間違えるのはもう充分だろう。
立ったままのカカシさんを前に、だらしなくベンチにもたれ掛ったまま。おまけに手には缶ビール。傍らには空き缶を転がして、そんな中でも真実は見える。見ようとする意思があるのなら。あなたはどうだろう。
「俺ね、カカシさんを友人だと思ってました。これっぽっちもそういう目で見たことが無い。申し訳ないんですが、守備範囲外です」
「……それはこの前分かったよ。前から知ってたけど、それ以上にしっかり理解したから。俺はここでもう一度あなたに振られなければいけないんですか」
嫌な男だなあと突きだした口をビールで隠す。この人は何だってこんな時に笑うのだか。理不尽に怒ってくれたっていいのだ。もう知らないと突き放すことだって出来る。そんな苦しそうに笑われたら、でもねと続けないわけにはいかないだろう。
分かっているのなら本当に凶悪。その通り!と言えない場所に俺がいる。どうしたってそこから動くことは出来なかった。何度考えても結論は変わらないままだ。
「秋刀魚でも食べない人なら、どっちかしか無いんです」
「秋刀魚?」
「あ、ちょっと抜けた。秋刀魚の天ぷらであっても、です。正しくは」
「……水買って来ようか」
「いらんいらんいらん!集中して俺の話を聞け!」
「はい」
「ついでに飲め!」
ぽいとまだ開けてない缶を一個放る。反射的にキャッチしたカカシさんは困ったように缶を見下ろした。その寄る辺ない顔に笑いが吹き出す。バカみたいな笑い声が夜の空気を震わせて、二人の間に響き渡った。
半分しか無い月はどことなく物悲しく、明らかに何かが足りない。満月のような明るさも三日月のような美しさにも無い、ただ静かな夜。しんとした闇に不釣り合いな笑い声を溶かし込んで、ここから抜け出すのだ。
「ちまきの天ぷらは食わないかも。秋刀魚かちまきか分からないなら囓る気がする。ちまきの天ぷらを食わなきゃ秋刀魚も取り上げるってなったら食べる。と思うんです。きっとそれが答え」
「俺、天ぷら嫌いなんだけど。嫌がらせ?」
「集中!して!聞け!」
鷲掴みにした缶を大きく振りかぶって思い切り投げる。近いのでそれなりの速度だったがカカシさんには屁でも無い。ぴっちり寄った眉をピクリともさせずにひょいとキャッチして、二本目の缶ビールを眺めた。手の中にあるのは思い切り揺られた缶ビール。開けた途端噴き出してまっずい苦みを啜るだけだ。ざまあみろ。
優秀なくせに察しが悪い人にイライラする。でも俺だって「好きってワケじゃないんだからね!」なんて、イチャパラのツンデレヒロインみたいな真似出来るもんか。そもそも俺の要求とは程遠い答えだし。やっぱ食べてみるかなあとポーチに手が伸びる。
――最初からもう一度。それが無理なら経験の焼き直し。
助走をつけて飛び出す為の選択は、驚くほどスポンと手の中に落ちてきた。二度と触らないと思っていた薬を友人が持っていた巡り合わせ。研究に使うと言っていたその花弁を数枚だけ毟り取って、でもやっぱり怖くてビールを飲んでいた。意識がはっきりしていたら、おくびにも出さなかったと思う。もっと酔っていたら、声をかける前に食べていた。彼はいつだって絶妙なタイミングで現れるのだ。そして俺に逃げを許さない。
ずっと長いトンネルの中にいるようだ。真っ暗な中へ落ちてから、なんとか抜け出そうと歩き続けてきた。時折光の満ちた空間へ出て抜けられたと思っても、また新たなトンネルの入り口へ辿り着いたに過ぎず、いつ終わるのかと泣きたくなったけれど。
ポーチの中で飴を包んだ紙を握る。終わらせることは出来る。彼が断ち切って、俺が切り捨てた。暗闇の中でもがいているのは俺だと思っていたが、実際はそのずっと前から彼は歩いていたらしい。その中で彼が選んだもの、最後まで譲りたくなかったことがようやく見えた。……しっかり言わないから、気がする程度だけど。
「駄目」
「……何がです」
「それは本当にやめて。俺に関係あっても無くても、もう近寄って欲しくない。あなたには必要ない」
「また勝手なことばっか言いやがって」
ぎゅっと握った手の中で固い感触がした。ひょっとしたら割れてしまったのかもしれない。こんなに脆くて美しいのに、その効き目は凶悪だ。二人とも惑わされた。
「いなくていいと思った。別れなんてうんざりするほどあるし、職業柄慣れてるし。行方の分からない人間も、当たり前のように関係が途切れた相手もたくさん、本当にたくさん、うんざりするほどだ。俺は混ぜご飯は食べない!嫌いなんだよ!」
手に持っていた缶を投げたらビールが飛び散った。こぼれたビールから広がる匂いに苦痛が甦る。ただの匂いが特別な意味を持ち、鼻の奥に焼き付いた匂いが消えない。どうやっても消えなくて、苦しくて堪らない。
「だけど」
低く唸るように出た言葉は、何度も何度も頭の中に響いていた。彼のことを考える度に、まるでそれが当たり前だというようにくっついてきた。
この「だけど」を振り切れない時点で分かっていたはずだ。いつだって捨てられなかった。自分がボロボロに壊れかけていると思っても。理由を探して足掻いて、それが何のためだったのかなんて分かっていたのだ。
認めたら自分を裏切る気がして怖い。傷ついた自分を忘れずにいるのは、自分自身にしか出来ないだろう。でも逃げられない場所まで進んでしまったから、後はもう必死で掴んでいたものを見るしかない。全てを引っ繰り返して何もかも分からなくなっても、最初からずっと離さずにいたものを。
「だけど、一かゼロかって言われたら選びたいのは決まってた。自然に手が伸びて、選んでたのに、でも怖くて痛くて苦しくてダメで、分からない。どうしたらいいのか分からなかった。俺はあんたのしたことを許せない。理由を聞かされても、そうですかなんて言えない。怖がってた俺がいるんだよ。怯えてた俺はずっと消えない。消えるなんて思えねえよ。分かってるのに、それでもどちらかしか選べないなら、あんたを選ぶから。だからあんたはちゃんと見ててくれ。俺は一生カカシさんを許さない。あんたはこの先何があったとしても、怖がって苦しんでる俺を一番近くでずっと支えろ!」
手の中の確かな反発に迷わず力を込める。バラバラに砕けた飴をお守りのように握り締めて、震える喉から絞り出した。手のひらから伝わる毒を彼へ。一生消えないように、強く刻みつける。
「ごめん」
ようやく聞けた響きに視界が曇る。
「あなたを傷つけてごめんなさい。ごめん先生。俺は酷いことをした。だから俺を許さないで。ずっと俺に苦しんで俺を忘れないで」
鼻を啜り上げて立ち上がる。隣に転がっていた缶が落ちて派手な音を立てた。
「つっ、続きはっ」
「どんなあなたも一生隣で支えるって約束する」
「さっ」
最後までしっかり言え!と怒鳴ろうとしたが、溢れる涙で喉が詰まった。苦しい呼吸を繰り返すので精一杯だ。
カカシさんはどんな俺を見ても何を話しても、絶対に謝らなかった。謝罪が欲しかったわけでは無い。言葉なんかで癒えるほど軽い傷でも無かった。だとしてもこうも頑なに謝らないのは不自然で、俺の知る彼と重ならず違和感は消えない。それが理解出来たのは、「俺はどこへ行くのか」と聞かれた時だ。
恋人にはなれず友人としての立場も失った。謝罪を受け入れられてしまったら、嫌な記憶ごと葬り去られると感じていたのだろう。心に残して過去を懐かしむには犯した罪が大きすぎた。彼の考えるよりもずっと深く俺は傷ついてしまったのだ。
傷としてでも残りたい。忘れ去られるよりも苦しめ続ける存在でありたい。拗らせた想いは歪んだ願望へと変化して彼自身を苛む。迂闊な俺を助けたり、茶番に見える誤魔化しにまで付き合って、苦しむ姿を確認しては安心していたのかもしれない。それこそがカカシさんの望みだったのだから。
でも結局は俺の為に最後の望みを放棄しようとした。その選択に彼の思いの強さを感じる。あの暴挙を刻んだ上で、確かに俺を好きなのだろうと信じさせるくらいに。
俺の気持ちは恋じゃなかった。二人の思いは重ならない。それでも二人が最後に選びたいものは同じなのだろうと感じた。信じてみても良いと思う。ゆらゆらと翻弄されながら、それでも捨てられなかった望みは俺だけが叶えられるものだ。
今がどれだけ苦しくとも、時が経てば薄れてゆく。忘れることは無くても、頭に浮かばない時間が増えるのは抗えない。いつか痛みと恐れが深く沈む時が来るだろう。俺が待ち望み、カカシさんが最も恐れる瞬間だ。
その時には俺の声も違うように響くのかもしれない。「忘れないで」と請う彼の声が、愛の告白に聞こえるように。俺の「許さない」という言葉はどんな響きになるのだろうか。それを確かめるまで隣にいてもらってもいいと思った。
ぼたぼたと涙を零す顔は見られたもんじゃないだろう。今はまだ涙は自分で拭く。必ず来る「いつか」は二人で待つ。カカシさんを許さない俺と、許すことの出来ない俺を信じるカカシさんの二人で。
赤飯饅頭は依頼者からの振る舞いだった。子どもが結婚したと上機嫌で、新しい依頼だけでなく引き出物の饅頭まで持参してくれたのだ。木ノ葉への依頼が切っ掛けだったというのだから、受け取らないわけにはいかず。饅頭の皮の中に餡子ではなく赤飯が入っているのは不思議なものだなと思いながら頂いた。思ったよりも美味かったのがまた不思議だ。
奇妙な取り合わせを囓っていたら、好きと嫌いを掛け合わせたらどちらが勝るかという話を思い出した。カカシさんはちまきの天ぷらなんておかしな事を言い出したっけ。
彼は天ぷらを食べない。中身が秋刀魚かちまきか分からないものに、手は出せないと言っていた。俺はどう答えたんだっけか。確か、ラーメンと混ぜご飯を掛け合わせたらなんて言っていた気がするのだが。
思い出せんなあと手に持った缶ビールをぐびり。肌寒い夜風が心地よいほどには頬が熱い。今日の月はどこかに半身を隠しているので他人行儀に感じてしまう。もっと全てを曝け出せよ!なんて俺が言えた義理ではないか。隠されていようが晒されていようが見えてないのがこの節穴なんだから。
参るよなあと傾けた缶はもう空っぽだった。新しい缶を手に取って躊躇せず開ける。口をつけながら、昼間の饅頭取っとけば良かったなんて思ったりして。つまみはいらんと思ったけれど、予想よりも遅いせいか少し腹が淋しくなってきた。影分身を出してまで買いに行くほどじゃあないのだが、そろそろ腹が妙な音を立てそうだなとも感じている。
うーんと唸り声を三回。その間に缶を一本、二本。腹の虫が限界と騒ぐ前に彼の気配を感じ取った。本当に憎いくらいに良いタイミング。立ち上がって大きく手を振る。
「カカシさーん。お疲れ様でーす」
ぎょっとした顔がハッキリと見えて夜空にバカ笑いを飛ばす。俺はその顔、結構好きだ。
渋い顔で近くまで来てくれたカカシさんは、大きく鼻を鳴らすと痛みを堪えるようにぎゅっと眉間に皺を刻んだ。
「言いたい事も聞きたいことも渋滞してるんだけど」
「はい」
「まずはポーチに隠した物を出しなさい」
「すげー。ポーチに入れてるのに分かるんだ!」
じゃーんと言いながらわしゃわしゃに丸めた紙を引っ張り出す。一見ただの紙屑だが、その中心には橙色の花弁が数枚包まれている。
「カカシさんの鼻はよく利くって本当なんですねー。忍犬使いだから?犬なみ?」
「紙で丸めたくらいじゃ匂いが漏れるに決まってる……。ほら渡して」
「イヤでーす」
「どうして」
「どうして?」
「先生」
「俺のものをあんたが取り上げる理由あるんですか」
「自分でも分かっているでしょう。二度目のラッキーは無いよ」
「ラッキー?誰への?」
ニヤリと笑って軽く一矢。見事命中したようで、渋い顔がさらに歪んだ。
ちょっとくらいはいいだろう。どれだけ振り回されてると思ってんだ。良い表情を堪能しながらポーチへ丸めた紙包みを戻す。
ああアルコールってのは良いもんだなあ。言いたいことも言えないことも言い出せないことも、全部ぜーんぶつるんと滑らせてくれる。つるりつるりと滑り出す中のどれが一番なのか、見定めるべきはそこにある。
「こんな道端で飲んで。誰が通るか分からないのに」
「安心して下さい。地べたじゃないですベンチに座っております」
「だからって酒盛りしていいわけじゃないでしょ。飲むなら家で。一人なら酔った挙げ句のうっかりがあっても害は無いんだから」
「効かない可能性だってあるでしょー。あんたみたいに平気な人もいる。うっかりが必ずしも悲劇を連れてくるとは限らないんだし」
「馬鹿なことを言うのはやめなさい。石段の上から真っ逆さまに落ちかけたの、忘れたわけじゃないでしょう。あの時、あなたの友人に効いてなかったと思うんですか」
「んなわきゃない」
「じゃあ」
尚も言い募ろうとするカカシさんを無視してビールを呷る。顰め面がさらにくしゃっと、ますますイイ感じだ。大きなため息が聞こえてぐふふと笑い声を漏らした。甘えさせてくれる人がいるのは嬉しい。心配の上でゴロゴロ好き放題に転がるのはとても愉快な気分だ。うっかりこのまま沈みそうになるくらい心地好くて、久々の感覚に全てを投げ出したくなってしまう。
俺達はこの時間が消えた理由を知っていて、でも何とかならないかとジタバタしていた。俺は知ることで、彼は隠すことで。相手を見ているつもりで本当に見ていたのは何だったのか。こんなにも別々の方を向いていたというのに。
枝葉末節ばかりじゃあ本末転倒がいい所だ。枝葉を知るのが必要な理由を見誤ってはいけない。繋がるべきものはどこか。間違えるのはもう充分だろう。
立ったままのカカシさんを前に、だらしなくベンチにもたれ掛ったまま。おまけに手には缶ビール。傍らには空き缶を転がして、そんな中でも真実は見える。見ようとする意思があるのなら。あなたはどうだろう。
「俺ね、カカシさんを友人だと思ってました。これっぽっちもそういう目で見たことが無い。申し訳ないんですが、守備範囲外です」
「……それはこの前分かったよ。前から知ってたけど、それ以上にしっかり理解したから。俺はここでもう一度あなたに振られなければいけないんですか」
嫌な男だなあと突きだした口をビールで隠す。この人は何だってこんな時に笑うのだか。理不尽に怒ってくれたっていいのだ。もう知らないと突き放すことだって出来る。そんな苦しそうに笑われたら、でもねと続けないわけにはいかないだろう。
分かっているのなら本当に凶悪。その通り!と言えない場所に俺がいる。どうしたってそこから動くことは出来なかった。何度考えても結論は変わらないままだ。
「秋刀魚でも食べない人なら、どっちかしか無いんです」
「秋刀魚?」
「あ、ちょっと抜けた。秋刀魚の天ぷらであっても、です。正しくは」
「……水買って来ようか」
「いらんいらんいらん!集中して俺の話を聞け!」
「はい」
「ついでに飲め!」
ぽいとまだ開けてない缶を一個放る。反射的にキャッチしたカカシさんは困ったように缶を見下ろした。その寄る辺ない顔に笑いが吹き出す。バカみたいな笑い声が夜の空気を震わせて、二人の間に響き渡った。
半分しか無い月はどことなく物悲しく、明らかに何かが足りない。満月のような明るさも三日月のような美しさにも無い、ただ静かな夜。しんとした闇に不釣り合いな笑い声を溶かし込んで、ここから抜け出すのだ。
「ちまきの天ぷらは食わないかも。秋刀魚かちまきか分からないなら囓る気がする。ちまきの天ぷらを食わなきゃ秋刀魚も取り上げるってなったら食べる。と思うんです。きっとそれが答え」
「俺、天ぷら嫌いなんだけど。嫌がらせ?」
「集中!して!聞け!」
鷲掴みにした缶を大きく振りかぶって思い切り投げる。近いのでそれなりの速度だったがカカシさんには屁でも無い。ぴっちり寄った眉をピクリともさせずにひょいとキャッチして、二本目の缶ビールを眺めた。手の中にあるのは思い切り揺られた缶ビール。開けた途端噴き出してまっずい苦みを啜るだけだ。ざまあみろ。
優秀なくせに察しが悪い人にイライラする。でも俺だって「好きってワケじゃないんだからね!」なんて、イチャパラのツンデレヒロインみたいな真似出来るもんか。そもそも俺の要求とは程遠い答えだし。やっぱ食べてみるかなあとポーチに手が伸びる。
――最初からもう一度。それが無理なら経験の焼き直し。
助走をつけて飛び出す為の選択は、驚くほどスポンと手の中に落ちてきた。二度と触らないと思っていた薬を友人が持っていた巡り合わせ。研究に使うと言っていたその花弁を数枚だけ毟り取って、でもやっぱり怖くてビールを飲んでいた。意識がはっきりしていたら、おくびにも出さなかったと思う。もっと酔っていたら、声をかける前に食べていた。彼はいつだって絶妙なタイミングで現れるのだ。そして俺に逃げを許さない。
ずっと長いトンネルの中にいるようだ。真っ暗な中へ落ちてから、なんとか抜け出そうと歩き続けてきた。時折光の満ちた空間へ出て抜けられたと思っても、また新たなトンネルの入り口へ辿り着いたに過ぎず、いつ終わるのかと泣きたくなったけれど。
ポーチの中で飴を包んだ紙を握る。終わらせることは出来る。彼が断ち切って、俺が切り捨てた。暗闇の中でもがいているのは俺だと思っていたが、実際はそのずっと前から彼は歩いていたらしい。その中で彼が選んだもの、最後まで譲りたくなかったことがようやく見えた。……しっかり言わないから、気がする程度だけど。
「駄目」
「……何がです」
「それは本当にやめて。俺に関係あっても無くても、もう近寄って欲しくない。あなたには必要ない」
「また勝手なことばっか言いやがって」
ぎゅっと握った手の中で固い感触がした。ひょっとしたら割れてしまったのかもしれない。こんなに脆くて美しいのに、その効き目は凶悪だ。二人とも惑わされた。
「いなくていいと思った。別れなんてうんざりするほどあるし、職業柄慣れてるし。行方の分からない人間も、当たり前のように関係が途切れた相手もたくさん、本当にたくさん、うんざりするほどだ。俺は混ぜご飯は食べない!嫌いなんだよ!」
手に持っていた缶を投げたらビールが飛び散った。こぼれたビールから広がる匂いに苦痛が甦る。ただの匂いが特別な意味を持ち、鼻の奥に焼き付いた匂いが消えない。どうやっても消えなくて、苦しくて堪らない。
「だけど」
低く唸るように出た言葉は、何度も何度も頭の中に響いていた。彼のことを考える度に、まるでそれが当たり前だというようにくっついてきた。
この「だけど」を振り切れない時点で分かっていたはずだ。いつだって捨てられなかった。自分がボロボロに壊れかけていると思っても。理由を探して足掻いて、それが何のためだったのかなんて分かっていたのだ。
認めたら自分を裏切る気がして怖い。傷ついた自分を忘れずにいるのは、自分自身にしか出来ないだろう。でも逃げられない場所まで進んでしまったから、後はもう必死で掴んでいたものを見るしかない。全てを引っ繰り返して何もかも分からなくなっても、最初からずっと離さずにいたものを。
「だけど、一かゼロかって言われたら選びたいのは決まってた。自然に手が伸びて、選んでたのに、でも怖くて痛くて苦しくてダメで、分からない。どうしたらいいのか分からなかった。俺はあんたのしたことを許せない。理由を聞かされても、そうですかなんて言えない。怖がってた俺がいるんだよ。怯えてた俺はずっと消えない。消えるなんて思えねえよ。分かってるのに、それでもどちらかしか選べないなら、あんたを選ぶから。だからあんたはちゃんと見ててくれ。俺は一生カカシさんを許さない。あんたはこの先何があったとしても、怖がって苦しんでる俺を一番近くでずっと支えろ!」
手の中の確かな反発に迷わず力を込める。バラバラに砕けた飴をお守りのように握り締めて、震える喉から絞り出した。手のひらから伝わる毒を彼へ。一生消えないように、強く刻みつける。
「ごめん」
ようやく聞けた響きに視界が曇る。
「あなたを傷つけてごめんなさい。ごめん先生。俺は酷いことをした。だから俺を許さないで。ずっと俺に苦しんで俺を忘れないで」
鼻を啜り上げて立ち上がる。隣に転がっていた缶が落ちて派手な音を立てた。
「つっ、続きはっ」
「どんなあなたも一生隣で支えるって約束する」
「さっ」
最後までしっかり言え!と怒鳴ろうとしたが、溢れる涙で喉が詰まった。苦しい呼吸を繰り返すので精一杯だ。
カカシさんはどんな俺を見ても何を話しても、絶対に謝らなかった。謝罪が欲しかったわけでは無い。言葉なんかで癒えるほど軽い傷でも無かった。だとしてもこうも頑なに謝らないのは不自然で、俺の知る彼と重ならず違和感は消えない。それが理解出来たのは、「俺はどこへ行くのか」と聞かれた時だ。
恋人にはなれず友人としての立場も失った。謝罪を受け入れられてしまったら、嫌な記憶ごと葬り去られると感じていたのだろう。心に残して過去を懐かしむには犯した罪が大きすぎた。彼の考えるよりもずっと深く俺は傷ついてしまったのだ。
傷としてでも残りたい。忘れ去られるよりも苦しめ続ける存在でありたい。拗らせた想いは歪んだ願望へと変化して彼自身を苛む。迂闊な俺を助けたり、茶番に見える誤魔化しにまで付き合って、苦しむ姿を確認しては安心していたのかもしれない。それこそがカカシさんの望みだったのだから。
でも結局は俺の為に最後の望みを放棄しようとした。その選択に彼の思いの強さを感じる。あの暴挙を刻んだ上で、確かに俺を好きなのだろうと信じさせるくらいに。
俺の気持ちは恋じゃなかった。二人の思いは重ならない。それでも二人が最後に選びたいものは同じなのだろうと感じた。信じてみても良いと思う。ゆらゆらと翻弄されながら、それでも捨てられなかった望みは俺だけが叶えられるものだ。
今がどれだけ苦しくとも、時が経てば薄れてゆく。忘れることは無くても、頭に浮かばない時間が増えるのは抗えない。いつか痛みと恐れが深く沈む時が来るだろう。俺が待ち望み、カカシさんが最も恐れる瞬間だ。
その時には俺の声も違うように響くのかもしれない。「忘れないで」と請う彼の声が、愛の告白に聞こえるように。俺の「許さない」という言葉はどんな響きになるのだろうか。それを確かめるまで隣にいてもらってもいいと思った。
ぼたぼたと涙を零す顔は見られたもんじゃないだろう。今はまだ涙は自分で拭く。必ず来る「いつか」は二人で待つ。カカシさんを許さない俺と、許すことの出来ない俺を信じるカカシさんの二人で。
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