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◇寂しそうに

 一個は軽くとも束になれば重さはそれなりだし、何より持ちにくい。狭い書棚の間、あっちへコロコロこっちへコロコロとこぼれた巻物を追いかける。一番奥まで転がった一本を追いかけて手を伸ばしていたら、扉の開く音が聞こえた。
「これですね。確認を」
「ん」
 膝をついたまま顔だけ出すと、カカシさんと見たことの無い忍が地図を覗き込んでいた。書棚の影に隠れて膝を抱え気配を殺す。
 受付にもアカデミーにもいる俺が見たことない人ってのは、知らない方が良い相手に違いない。カカシさんがいなければ誤魔化すことも出来たが、片方は知人というのがなかなかに厄介だった。向こうも俺で無くただの中忍だったら知らんぷり出来ただろうにと、膝に顔を伏せる。聞くまいと思っても耳は自然に声を拾ってしまい、心の中でそっとため息を吐いた。
「では今夕」
「了解」
「もう少し遅い方が良いのかもしれませんが、そうなると……」
「何?」
「一人煩いのがいるんですよね。最近子どもが生まれたらしくて、日を跨ぐ任務は渋ってるとか。どうしても外せないんで無理やり引っ張り出しましたが」
「世界が変わったんでしょ」
「よく分かりましたね。最近の口癖らしいですよ、それ」
「まあ、早く終わらせたいね」
 しゅるしゅると地図を巻く音がする。もう話は終わりだろう。任務の詳細に触れられなくてホッとした。
「変えたのは、ただいまって言える相手かな」
「そんな相手いたことないから分かりません。俺達には遠い話じゃないですか」
「……なぁ」
 小さな笑い混じりに出た声が鋭く突き刺さる。同じ空間にいられても、見えない壁があるのだと突きつけられたようだ。扉の閉まる音に詰めていた息を吐き出したが、思ったよりも湿っていてしばらく立つ事が出来なかった。



◇あざとく

 すれ違いってのは突然やってくるもんだなあと頬をかく。明らかにしょげてしまった人をどう慰めれば良いのか、うまい言葉が浮かばなかった。
「すいません、何度もしつこく」
「あ、そうじゃないです!ちょっと立て込んでるだけで、本当に忙しいだけなんですよ」
 そうですかと笑う顔に力が無く、どうしたもんかと内心頭を抱える。三回連続で誘いを断ったのなんて初めてだし、誤解を招いたのかもしれない。たまたま残業が重なってしまっただけでも、三回というのは心を挫くには充分な回数だ。
「イルカーこれ、ってすみません!」
「まとめてやるわ。一緒に置いといてくれ」
「悪い、頼んだ」
「おー」
 背中へ掛かった声に首を捻って答える。こうしてちょっと中座しただけでも書類が一束増えた。分かってもらえたかなと振り返れば、さっきよりも猫背が酷くなり、心なしか顔色も悪くなった気がする。
「お忙しいのに本当に」
「いやいやちょっとくらいは大丈夫です!忙しくたって、息つくくらいはしないと!茶飲んで休憩したりしてますから、このくらい気にしないでください」
「お茶の時間はあるんですか」
「そう言うと少し雰囲気が違うような」
「たしかに、ずーっとじゃ集中力も続きませんもんね?」
「はあ」
「お仕事頑張ってください。忙しくて大変でしょうけど、手が空いている時だったら、また一緒に、ね?」
 くにゃりと背筋を曲げたまま、ぱっと顔を上げたカカシさんは下から覗き込むようにしてじっと見つめてきた。
「は、い?」
 語尾の上がった返答をどう感じたのか。うんうんと頷くと手を振って去って行った。
「イルカー追加―……、どうした?」
「……ね?」
 俺もよく分かんない。
2021/10/14(木) 14:21 お題もの COMMENT(0)
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