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◇つらそうに
 
 新月を見上げる瞳には何が映っているのだろう。真っ黒な夜空の向こうに望むものでもあるのだろうか。聞いてみたいと思うけれど、数歩先にある背中が果てしなく遠く見える。
「願いごとは唱えましたか」
「流れ星なんてありましたっけ」
「星じゃなく月です。新月に願いごとをすると叶うっておまじない、知りません?」
「初めて聞きました」
「そっか」
 見えない月にかける願いごと。暗い空へかける思いは、より深く強く感じられて聞いてはいけない影を帯びる。俺には願うことなんて無いけれど、つられて月を見上げた。
「……なぁ」
 闇の中に響く呼びかけは、俺以外の誰かへ向けて。その誰かになってみたいと初めての願いごとをした。



◇嬉しそうに

 俺じゃないんだよなーと呟いて、言葉の重みに挫けそうになった。なんと愚かな。はーあと吐いたでかいため息が足元にぞわぞわとまとわりついて鬱陶しい。
 先生が屈託なく笑い合うのは彼がただの同僚であって、あれは仲間へ向ける笑顔だと分かっているのだが、チリチリと胸の内が焦げ臭い。笑ってほしいと思うけど同じ笑いは遠慮したく、特別にしてほしいと願っては特別じゃない誰かすらいてほしくないと気づくのだ。ワガママで傲慢な片恋は、どうなだめすかしても膨れ上がるばかりだ。
 薄目で睨む二人が大風に襲われ、辺り一面にプリントが舞い上がる。俺のせいじゃないぞと弁解しつつ、飛んできたプリントを掴む。バタバタ動いて集め回る先生へと近づいた。
「あー待てっ!くっそー。プリントに術かけるのってダメか?式みたく、散らばったら鳥に変わるようなヤツ。うっかり飛ばしたら変化して自分で戻ってくんの。大量に飛ばしたらぶわーっと一斉に変化して、自分達で順番に並んでくれたら便利じゃねえか?なあ!」
 すっごい良いこと思いついちゃった!と言わんばかりに目をキラキラさせて。勢いよく振り返った顔がぴしりと固まる。
「面白いですね。見てみたいかも」
「カ、カカシさん?」
「はい。あっちにも飛んできました。どうぞ」
「すっすみません!ありがとうございます!」
 プリントを受け取って頭を下げた先生は、首の後ろまで真っ赤だ。これはこれでと笑ったら、縮こまる体がピクンと跳ねた。
2021/10/06(水) 09:47 お題もの COMMENT(0)
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