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※「月に答え合わせ」の二人。
 これだけでも読めます。





 一分間がはてしなく遠い。時計が壊れているのではないか。何度確認しても動かないのはやはり故障か、はたまた電池が。
「違う、違うぞイルカ」
「大丈夫だ。座っとけ」
 両隣から肩を叩かれ浮かせかけた尻を椅子につける。でもなあやっぱり。
「壊れてない」
「俺もそう思う」
 はいよと渡された報告書を両手で受け取った。

 そもそもだ。時計の針がやけに気になるのは俺ばっかりが悪いわけではないと思う。夕方の。立て込んだ。疲れ切った人が大勢の。この場所に。
「わーキレイですね」
「そ?ありがとう」
 うふふなんて笑いながら受付の隅に立っている、あの人が良くない。ただ立っているなら何も言わないが。
「いいなあ。真っ赤な薔薇の花束、私ももらってみたい」
 甘えた声で群がるくノ一に花束を見せつけているあの男が悪いのだ。
お付き合いを始めて一年。遠距離の期間を含めたらもうちょっと短いけれど、それなりに一緒にいたはずなのだがイマイチ掴み切れてない。どうもあの人のああいうところは時々ついて行けないと感じる。何よりも問題なのは。
「お」
「先生、お疲れ様でした」
 時計の針が定時を差した途端、部屋の隅から俺の目の前まで飛んできた。隠しきれない後ろ手には真っ赤な薔薇の花束。最後の書類に判を押し、受領箱に入れて前を向けば視界いっぱいに薔薇が広がる。
「はい。あなたに」
 キャーッと室内に広がる黄色い声。何人もいる美しいくノ一ではなく、ついさっきまでペンを握っていた受付の平凡な中忍に向けて、里一番の忍が花束を。
「ありがとうございます」
「うん」
 ニッコリと極上の笑顔に見つめられる。恥ずかしくて照れくさくて、でもそれ以上にめちゃめちゃ嬉しくて。どうしたって俺は、本当にチョロくて……たぶん幸せだ。



 まだ人の残る受付から、「あとは任せた」と逃げてきた。その分明日は残業になるだろう。二人並んで歩く道は、夕焼けに染まったオレンジ色。俺の手の中にある薔薇の花束に負けないくらい鮮やかだ。つるつるしたリボンで括られた薔薇の花は全部で十二本。胸元から甘い香りが漂ってなんだかムズムズする。
「お月見団子買って帰りましょうね」
「出来れば酒もお願いします」
「はは。いいね月見酒。そういえば、西の国の月見団子は丸くないそうですよ」
「団子なのに丸くないんですか?」
「そう。こう、俵型……よりも細い雫型?の餅に餡子を巻いてあるんです」
「へー!面白いですね」
「来年はそれも買ってこようか」
 それ“も”に引っかかった。ということは、この人の中で薔薇の花束は毎年贈ると決定しているのか。それはその……。
 カーッと顔が熱くなって足が止まる。俯いて薔薇の匂いを嗅いでる風を装ってみたが、頭の上に降ってき忍び笑いはお見通しだと言わんばかり。この人はいつだって、自分ばっかり分かってるつもりでズルいんだから。
「な、なんで十二本?」
「三百六十五本が良かった?」
「質問に質問で返さない!そもそも三百六十五本なんて用意出来ないでしょう」
「するよ」
 ここで下手につつくと本当に用意してきそうだ。甘い香りを吸い込んで気を逸らす。乗ってはいけない。平常心。十二の意味とは。次に出た三百六十五は何だろうか。
「十二、三百六十五……十二は月ですか」
「正解」
 夕陽を背負った影が近くなり、胸元に抱えた薔薇の匂いを嗅いだ。すぐ目の前で光る銀髪が美しい。
「あなたに会いに行ったの、満月だったでしょう。あれから一年。一年後の満月にまた告白しようと思って。十二本の花言葉は“私と付き合ってください”」
 一度目は満月が輝く夜の川辺。二度目は夕陽が降り注ぐ中、真っ赤な薔薇の花束と共に。ロマンチックの中から溢れる愛に溺れてしまいそうだ。妙な駆け引きや迷いを捨てた人は、強くて真っ直ぐでとても眩しい。
「来年も贈ってくれるんですか」
「ずっと贈るよ」
 目線だけでさっと周囲を見回し、薔薇越しに口づけた。十二本の花束への答えだ。嬉しそうな顔を睨み付けながら、つっけんどんな言葉を吐く。
「俺は何を?」
「何も。俺の月は輝いていてくれればそれでいい」
「知ってるでしょう。すぐその気になっちゃうって」
 いいのかとおでこをぶつけたらもちろんと返ってくる。柔らかな瞳に見つめられてまた顔が熱くなってきた。
 一瞬目の前が真っ暗になり、思わず俯いて瞬きを二回。立ち止まる俺の手を引き歩き出した背中へついて行く。オレンジ色の世界の中を二人並んで。
 満月の日には薔薇の花束と愛の誓いを。それはなんと甘く香しくて、溺れそうなほどに広く深く、俺はおっかなびっくりしつつもふわふわと嬉しくて。なんていうか……ヒロインみたいだと薔薇の花束を抱き締めた。
2021/09/23(木) 01:09 短い物 COMMENT(0)
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