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 一般的にはイケメンだと思うし実際顔を見ればそう思うのだけど、そう見えない。
「うみのさん声に出てる。わざとなの?」
「そうとも言えます」
「何それどっちなの」
 ふはっと笑う顔はクラスの女子がきゃあきゃあ言いながら見てる顔なのだろう。私の目に映るはたけ先輩は焦ってたりしょげてたり、そんな顔ばっかりなんだけど。マイナスの強い気持ちはばっちり視線に表われていたようで、気まずくなったのか緩んでいた口元をきゅっと閉じて頭を搔いている。なんにせよ、今の本題は別。
「違うんならどうしてここに?」
「飲み物買いに来ただけ。ほら」
 ひょいと持ち上げたお茶のペットボトルに頬が引き攣る。百均にわざわざお茶を買いに来る人間がいるかっつーの!地下に下りればスーパーが入ってるし、店の入り口には自動販売機だってある。何でわざわざこの店でお茶を買う必要があるのよ。ここにしか売ってないてんなら分かるけど、スーパーにも自動販売機にもフツーに入ってるヤツだ。
 ただでさえ刺々しかった視線に冷たさが混ざる。ドヤって見せてたペットボトルは両手の間を行ったり来たり。俯いた口元からぼそぼそ言い訳が漏れてきた。
「……自販機で飲み物を買おうと思ったら、見覚えのある後ろ姿を見かけて」
「つけた?」
「はい」
「言い訳にお茶を持った?」
「は……じゃなくて!お茶は本当に買おうと思ってたの。自販機で買おうと思ってたって言ったでしょ。……そのうわーって目やめて」
「いえ別に」
「分かってるよ。自販機?って思ってるんでしょ」
「何も言ってないじゃないですか。ああ、私がリップクリームの特売気にするような」
「俺だって何も言ってないでしょ!自販機で目を剥くのやめてよ……うみのさんだってコンビニくらいは使うでしょうに。値段変わらないよ」
「コンビニは今プライベートブランドが盛んです。百円以下のもあります」
「そうでした……」
 自販機で目を剥いて悪かったな!ついスーパーなら二本分じゃんって思ったのよ、文句あるか?
 ふーと細く息を吐き出す。こんな話どうでもいい。無闇に自分を突き回したっていいことなんてちっともない。
「ス」
「ごめんなさいそれはやめて。その単語は本当にヤバいやつだもん。あのね、ちゃんと話をしたかったの。でも徹底的に避けてたのはうみのさんの方でしょ?外ならと思ってつい追いかけちゃったんだよ」
「そうやって誤魔化したり数パーセントの嘘を入れて拗らせたの、もう忘れたんですか。たいしたおつむですね」
「だからこの間のは本当に悪かったって。犬が待ってたのも嘘じゃないから」
「迷子は嘘でしょ」
「……」
「嘘は嫌いです」
「……ごめんなさい」
 俯いていた頭がさらに下がる。はたけ先輩は悪い人ではない。よく分かってるんだけど、どこを見ても私とは少しずつズレているのだ。それが考え方の違いからくるものなのか私達の環境の違いなのか、どちらかは分からないのだけど。このズレを面白いと感じるのか深いと感じるのかで関係は決まる。最初はあまりにも大きなズレを不快だと感じていた。世界が違う、到底合わない人だと思っていたのも事実だし、彼にも伝わっていたとは思う。でもこの人は、私の前に何度も現われた。愉快ではない感情をあからさまに浮かべる私など放っておけば良かったのに。
 彼の中に大きなズレを越えて飛んで来ようとする力を感じて、悪くない気分の自分がいる。はたけ先輩の空回りが真っ直ぐ私へ向かっているのを否定できないし、きっと私の勘違いでもない。
 このちょっと迷惑で戸惑って、でも足元がソワソワするような感覚を持て余して、つい眉に皺を寄せてしまう。だって、こんなの初めてだし。こんな人初めてだから、分からなくたって仕方ないじゃない。

 ぽんと芽生えた気持ちがいつもの自分をどこかへ放り投げてしまう。これまでにぶつけてきた不必要に不機嫌で、不誠実なほどに乱暴な言葉の端をどう埋めたら良いのだろう。表には出さず悩む私を見る顔が、困ったように笑うから、また、どうしようってなる。
「買い物が終わったらお茶しませんか。ちゃんと聞いて欲しいし、うみのさんの時間を分けてもらうお礼に奢ります」
 ズレた所はあっても私が言ったことは忘れてない。一方的に奢られる理由はないと何回も撥ねのけた。だから誠意をもって話してくれる。つんつんとげとげした私を丸く包み込もうとするこの人から、ダッシュで逃げなきゃいけないんじゃないかって、思いもするんだけど。でも、今日つけてきたリップは新しいものだから。淡いピンク色のついた、彼の手を渡ってきたもの。
「……奢ってくれるんですか?」
「え?う、うん。何がいい?カフェオレ?タピオカ?ここアイスやドーナツもあるし、あ、でもお腹空いてたら外でも平気!マックでもファミレスでも、どこでも」
 タピオカだって。女の子からきゃあきゃあ言われても聞こえませんって顔してて、転入早々何人も振ったって噂で、女の子からすっごくとおーい場所にいるような人が、タピオカって言ってる。
 くふくふっとお腹の底が揺れて、ああダメだな。これは本当にダメなやつだよと、心のどこかが騒ぐ。
「うみのさん?」
「ひとつ、買い物をしてもいいですか」
「あ、うん。俺もレジに」
「ここじゃないんです。先にこれ返してくるので先輩はレジ行ってて下さい」
「分かった、待ってるね」
 くるりと背を向けて通路を戻る。はたけ先輩とお茶をするお金で箸箱を買おう。未来の自分が百均の箸箱を見て、やっぱり壊れたなって、あの時断らなきゃ良かったって思わないように。箸箱とお茶代、両方はキツいから半分だけ彼に持ってもらう。くふくふ揺れるお腹の底が、それもいいんじゃない?って言うから特別だ。今日だけは、箸箱一個分の気持ちを彼に。
 ぶら下がる仲間の元へ持っていた箸箱を戻し、レジへと向かった。通路を抜けた向こうに銀髪が見える。じっとこちらを見ていた顔がホッとしたように笑った。
2021/09/08(水) 23:57 ロマンスは落ちてくる COMMENT(0)
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