◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
自転車を引いて校門へ向かう。並んで歩いていると、すれ違いざまの視線を感じてちょっと早足になってしまった。もちろん視線を集めているのは隣を歩く人だろう。別にこの人を眺めるのは構わないけれど、横にスライドした目が訝しげに細められるのがイヤ。何であんな子が?って視線がビシバシ突き刺さる。関係ないと思っても、刺さる視線が減る訳じゃない。
待ちぶせしたのはこの人でーす!
本当は叫びたいくらいだけど、視線の先へ大声で弁解する代わりに、少しずつ歩くスピードが上がった。前のめりの姿勢でずんずん進む。
「いたっ!!」
早く学校から出ようと逸る気持ちがハンドルを押しすぎて、思い切りペダルにすねを打ち付けてしまった。じんじんする足に唇を噛み締めて堪えていると、横からハンドルへ手が伸びてくる。心配そうな視線でちょっとだけ近付いた長身が、顔の上に影を作った。赤くなった顔が隠れて助かる。大きな声まで出しちゃって、めちゃめちゃ恥ずかしい。
「大丈夫?」
「はい。ちょっと急ぎすぎました。もうちょっとゆっくり歩きますね」
「うん」
ふんと顔を上げて歩き始めようとしたが、ハンドルを押さえている手がそのままだ。いや、もう放してくれて良いんだけど。このままじゃ進めないじゃない。早く立ち去りたいのに何?
「あの、歩けないんですけど」
「いや、自転車を」
「放して大丈夫ですよ。ちゃんと持ってますから」
「そうじゃなくて、俺が押そうかなと」
「何で」
「何でって」
「私の自転車ですよ」
「……知ってるよ」
俯いて頭をガリガリ搔いた拍子に、肩に掛かっている鞄がずるっと落ちかけた。ジャケットの皺を見て鞄の重さに気付く。ああそういうこと。別に遠慮しないで言えば良いのに、男の人って面倒くさいなあ。何かをする代わりに何かしろなんて要求しない。世の中は、ちょっとの親切と思いやりがなければ回らないものなのだ。素直に言えば、良いですよって頷くのに。
しょうがないから代わりに私から言ってあげよう。ハイ、と鞄へ手を伸ばす。
「どうぞ。鞄を乗っけるなら押せなんて言わないですから」
「いえ、大丈夫です。ハイ」
ありがとうと鞄が来ると思ったのに、返ってきたのは遠慮と苦笑い。ちょっと頬が引き攣っていて予想とは正反対の反応だ。伸ばしていた手が頬を搔く。ついでにぼそりと零してみた。
「はたけ先輩ってよく分からないなー」
「うみのさん声に出てる」
「わざとです」
「……分からないのは俺のせいなのかなー」
「聞こえてますよ。わざとですか」
「うん」
「ではここ」
「撤回します」
「……お迎え行きます?」
「はい」
素直にコクンと一つ頷く。うん、今度は分かりやすい。ニッコリ笑いかけると、半開きだった口が一文字になってそっぽを向かれた。……やっぱり分からない。
はたけ先輩は、私よりも背が高いぶん歩幅が大きい。のんびりと辺りを見回しながら歩く先輩といつも通りの早さで進む私が同じ歩幅になった。送り届けてからスーパーへ行っても充分間に合うなと計算して、ゆっくり歩く先輩に合わせる。
「ねえ、ここ反対に進むとおもちゃ屋さんがあったでしょ。まだある?」
「ありますよ。おじいさんのお店でしょ」
「そうそう。薄暗くって開いてるのか分かんない店。棚もやけに余裕があるっていうか」
「すっからかん、に近い」
「うみのさん言い過ぎ」
ふはっと笑うと顎の黒子がきゅっと弾む。麗らかな陽を浴びて、すれ違う人が振り返るようなイケメンと歩いている。これは現実なのかしら。こういう時ほっぺたを摘まんで確かめるのがセオリーだけど、私がやるのは癪に障る。だって、ねえ?
「行ったことある?」
「……昔、一度だけ。はたけ先輩は何で知ってるんですか。前に住んでたとか」
「ここら辺は、子供のころ親の仕事で何回か来たんだよ。暇つぶし用のおもちゃを見に行ったんだけど、あそこじゃねえ」
「碌な物がない?」
「だからうみのさん言い過ぎだって」
にこにこと楽しげに笑う。この非日常なイケメンと平凡な私が同じ場所の記憶を持っているのか。そう思うとぐっと距離が縮まる気がして面白い。あくまで気がするだけだけど。
警戒心丸出しで毛を逆立てる私をいなすように、のんびりとした歩調に合わせてゆるゆると会話が紡がれる。親切なイケメンさんかと思えば図々しい先輩、ぴしゃりとやられて肩を落とす姿。ふわふわと漂っていた曖昧な形が、いつの間にかくっきりとした人になった。緩やかな会話を繋げて、初対面の他人からはたけカカシという一人の顔見知りへ。やるなあと内心感心しつつ、その程度じゃ甘いぞと舌を出す。うっかり気を許したら、ぱっくり開いた落とし穴に真っ逆さまなんてよくある話だもの。悪い人じゃないと良い人はイコールには程遠い。
「あ、ここ分かる」
気がつけば目的地はすぐそこ。次の角を曲がれば店が面した通りへ出る。飲み込まれかけていた時間が終わりそうでホッとした。帰り道に出るには少し戻らなくちゃ。足を止めて挨拶しようとしたら、カゴにドサッと重みが加わった。
「ありがとう。すぐそこだから俺が押すよ。行こ」
さっとハンドルを引ったくるとスタスタと歩き始めてしまった。驚いて立ち尽くす間にどんどん進んでしまう。あの長い足で進まれたら小走りじゃなきゃ追いつけない。声をかけるのも忘れて慌てて後を追いかけた。さっきはあっさり手を放したくせに、何で今度はこんなに強引なの!?本当にこの人訳が分からない。
おちょくられた気がして地面を蹴る足音が大きくなる。角の向こうへ消えた背中を追いかけた。
いつも使っているスーパーはこの近くだけど、この路地へは入るのは初めて。はたけ先輩は百メートルほど進んだ所に自転車を停めて、カゴから鞄を持ち上げた。
「こんな所あったんですね。カフェ……ですか?」
「うん。まだオープン前なの」
焦げ茶色の壁には木製の格子窓がはまっていて、真新しい窓枠からふんわり木の香りがする。午後の光が差し込む店内は誰もいないが、温かな空気を感じた。ドアを引いたはたけ先輩が首を傾げている。もう一度軽く引いてみても、ドアは開かなかった。
「裏に行ってるのかな。ちょっと待ってね」
「ベーグル……」
携帯を取り出した先輩から離れて見回すと、ドアの横に看板が掛かっているのに気付いた。店名の横にベーグルのイラストが描かれている。あのロゴはお昼にはたけ先輩が食べてた袋に描いてあったような……。
「ベーグル好き?」
「ひゃっ!!」
突然背後から声をかけられて飛び上がった。いつの間にか真後ろに人が立っている。
「ゲンマ!」
「悪い。買い出しに行ってた」
よっとスーパーの袋を持ち上げたのは、多分このお店の人だろう。頭にはバンダナを巻いて、エプロンをつけている。超イケメンなお兄さんだけど、そーっと後退りした。
類は友を呼ぶって本当なのね。キラキラした顔面に反する胡散臭さ、はたけ先輩に通じる物がある。お店の人が帰ってきたし、もう本当に帰らせてもらおう。円を描くようにじりじりと回りつつ自転車の方へ移動。鍵が刺さったままなのを、チラリと横目で確認する。
「ちゃんと連れて来てくれたんだな。甘いのとしょっぱいの、どっちが好き?出来たら両方試して欲しいんだけど」
「え?」
「ゲンマストップ!」
「何だよ。モニター連れて来てくれたんだろ?無理とか言ってたけど助かるよ」
「あの、モニターって」
イケメンお兄さんからはたけ先輩へ視線をずらす。色白だなあと思ってたけど、その顔色もっと白くなるんですね?ふーん。
とりあえず店内へ、と促す二人に断固として首を振る。何言ってんのよ。私の知らない所で話がついてたみたいな状況で頷けるわけないじゃない。ピキピキ引き攣るこめかみを感じながらニッコリ笑ってみた。多少は口の滑りが良くなるかしらと思ったのに、はたけ先輩は頬を引き攣らせて固まってしまった。ちょっと説明しなさいよ。
「えーっと、言葉が足りなかったみたい?」
「足りない以前にゼロです。私は道案内を頼まれただけですから」
「あの、ベーグル好きかなって」
「それが?」
「うみのさん怖い……」
ぐっと拳に力が入る。私は裏でこそこそとか隠れてこっそりとか何より嫌いだっつうの。何かあるならあるで、はっきりどーんとぶつかってこい!図々しいかと思えばごにょごにょと、本当この人癇に障る。致命的な何かを感じるんですけど。相性の悪い星の元に生まれた同士とか?
「俺が頼んだの。オープン前にベーグルサンドの反応みたくてさ。モニター連れて来てくれって。カカシの顔面ならすぐに付き合ってくれる子を」
「ちょっと。その言い方は」
「はあ。顔面に釣られたモニターだと思ったわけですね、なるほど。確かにはたけ先輩なら幾らでも」
「うみのさん~」
うっさい。妙なだまし討ちしてくれちゃって。これは私の名誉の問題だ。イケメンに釣られてふらふら付いてきたなんて思われたら堪らない。しっかり訂正させてもらいます。
「場所が分からないからって道案内を頼まれただけです。モニターの話は聞いてないので私はこれで。はたけ先輩、リップクリームありがとうございました」
お兄さんにペコリと頭を下げて自転車のスタンドを思い切り蹴り飛ばす。かなりむしゃくしゃするが、一日一善と思って忘れよう。
「場所が分からなかったのは本当だよ。ゲンマのベーグル美味しいから、うみのさんにも食べてもらいたくって」
「私そんなに物欲しそうに見てました?」
「そんなこと言ってないよ!」
「道案内させて突っ返されたリップを渡して、ベーグルを食べさせて貸し一つ。一石三鳥ですね?」
「まあまあ、立ち話してないで中でコーヒーでもどう?」
ね?とポケットを探るお兄さんの腕でスーパーの袋が揺れる。ん?
「それ、木の葉マートの」
「ああこれ?そうそう。何かえらい混んでてさ。レジが人でいっぱ」
「あーっ!!」
「えっ何?」
「今何時ですか!?」
「え……っと、四時五十一分」
マズイ!がっとハンドルを引くと自転車をユーターンさせる。急がなきゃ。
「ちょっうみのさん!?」
「失礼します!」
自転車に跨がって全速力で漕ぎ出した。立ちこぎで一気にスピードを上げる。後ろから呼びかける声はあっという間に遠くなった。
角を曲がって大通りへ。木の葉マートへ向かって一直線、思い切り足を動かす。帰り際にゴタゴタしてすっかり忘れてた。今日は月に一度のフルーツの日なのに!毎日夕方四時にスタートする特売、今日の目玉はフルーツだ。今月のお楽しみは生クリームとイチゴをいっぱい乗せたふわふわパンケーキにするぞって決めて、ちゃんとレシピも取ってある。肝心のイチゴがなきゃ絶対ダメ!あのツヤツヤとした真っ赤なイチゴはまだ残ってる?くいしばった歯の隙間から不安で唸り声が漏れる。
「私のイチゴォ~」
たかがイチゴと侮るなかれ。生のフルーツって結構高い。タンパク質への欲求に押されて、日々のビタミン類は安価な野菜に頼りがち。手に取れるのはバナナばっかりで、イチゴなんて一パックペロリと食べちゃうのに手が出ない。でも今日だけは、フルーツが全品三割引なのだ。さくらんぼの少量パックが出てたら、それも買っちゃおうかなってドキドキしながら楽しみにしてたのに、とんだタイムロスじゃない!お願いだから残っててと祈りつつ、力いっぱいペダルを踏み込んだ。
待ちぶせしたのはこの人でーす!
本当は叫びたいくらいだけど、視線の先へ大声で弁解する代わりに、少しずつ歩くスピードが上がった。前のめりの姿勢でずんずん進む。
「いたっ!!」
早く学校から出ようと逸る気持ちがハンドルを押しすぎて、思い切りペダルにすねを打ち付けてしまった。じんじんする足に唇を噛み締めて堪えていると、横からハンドルへ手が伸びてくる。心配そうな視線でちょっとだけ近付いた長身が、顔の上に影を作った。赤くなった顔が隠れて助かる。大きな声まで出しちゃって、めちゃめちゃ恥ずかしい。
「大丈夫?」
「はい。ちょっと急ぎすぎました。もうちょっとゆっくり歩きますね」
「うん」
ふんと顔を上げて歩き始めようとしたが、ハンドルを押さえている手がそのままだ。いや、もう放してくれて良いんだけど。このままじゃ進めないじゃない。早く立ち去りたいのに何?
「あの、歩けないんですけど」
「いや、自転車を」
「放して大丈夫ですよ。ちゃんと持ってますから」
「そうじゃなくて、俺が押そうかなと」
「何で」
「何でって」
「私の自転車ですよ」
「……知ってるよ」
俯いて頭をガリガリ搔いた拍子に、肩に掛かっている鞄がずるっと落ちかけた。ジャケットの皺を見て鞄の重さに気付く。ああそういうこと。別に遠慮しないで言えば良いのに、男の人って面倒くさいなあ。何かをする代わりに何かしろなんて要求しない。世の中は、ちょっとの親切と思いやりがなければ回らないものなのだ。素直に言えば、良いですよって頷くのに。
しょうがないから代わりに私から言ってあげよう。ハイ、と鞄へ手を伸ばす。
「どうぞ。鞄を乗っけるなら押せなんて言わないですから」
「いえ、大丈夫です。ハイ」
ありがとうと鞄が来ると思ったのに、返ってきたのは遠慮と苦笑い。ちょっと頬が引き攣っていて予想とは正反対の反応だ。伸ばしていた手が頬を搔く。ついでにぼそりと零してみた。
「はたけ先輩ってよく分からないなー」
「うみのさん声に出てる」
「わざとです」
「……分からないのは俺のせいなのかなー」
「聞こえてますよ。わざとですか」
「うん」
「ではここ」
「撤回します」
「……お迎え行きます?」
「はい」
素直にコクンと一つ頷く。うん、今度は分かりやすい。ニッコリ笑いかけると、半開きだった口が一文字になってそっぽを向かれた。……やっぱり分からない。
はたけ先輩は、私よりも背が高いぶん歩幅が大きい。のんびりと辺りを見回しながら歩く先輩といつも通りの早さで進む私が同じ歩幅になった。送り届けてからスーパーへ行っても充分間に合うなと計算して、ゆっくり歩く先輩に合わせる。
「ねえ、ここ反対に進むとおもちゃ屋さんがあったでしょ。まだある?」
「ありますよ。おじいさんのお店でしょ」
「そうそう。薄暗くって開いてるのか分かんない店。棚もやけに余裕があるっていうか」
「すっからかん、に近い」
「うみのさん言い過ぎ」
ふはっと笑うと顎の黒子がきゅっと弾む。麗らかな陽を浴びて、すれ違う人が振り返るようなイケメンと歩いている。これは現実なのかしら。こういう時ほっぺたを摘まんで確かめるのがセオリーだけど、私がやるのは癪に障る。だって、ねえ?
「行ったことある?」
「……昔、一度だけ。はたけ先輩は何で知ってるんですか。前に住んでたとか」
「ここら辺は、子供のころ親の仕事で何回か来たんだよ。暇つぶし用のおもちゃを見に行ったんだけど、あそこじゃねえ」
「碌な物がない?」
「だからうみのさん言い過ぎだって」
にこにこと楽しげに笑う。この非日常なイケメンと平凡な私が同じ場所の記憶を持っているのか。そう思うとぐっと距離が縮まる気がして面白い。あくまで気がするだけだけど。
警戒心丸出しで毛を逆立てる私をいなすように、のんびりとした歩調に合わせてゆるゆると会話が紡がれる。親切なイケメンさんかと思えば図々しい先輩、ぴしゃりとやられて肩を落とす姿。ふわふわと漂っていた曖昧な形が、いつの間にかくっきりとした人になった。緩やかな会話を繋げて、初対面の他人からはたけカカシという一人の顔見知りへ。やるなあと内心感心しつつ、その程度じゃ甘いぞと舌を出す。うっかり気を許したら、ぱっくり開いた落とし穴に真っ逆さまなんてよくある話だもの。悪い人じゃないと良い人はイコールには程遠い。
「あ、ここ分かる」
気がつけば目的地はすぐそこ。次の角を曲がれば店が面した通りへ出る。飲み込まれかけていた時間が終わりそうでホッとした。帰り道に出るには少し戻らなくちゃ。足を止めて挨拶しようとしたら、カゴにドサッと重みが加わった。
「ありがとう。すぐそこだから俺が押すよ。行こ」
さっとハンドルを引ったくるとスタスタと歩き始めてしまった。驚いて立ち尽くす間にどんどん進んでしまう。あの長い足で進まれたら小走りじゃなきゃ追いつけない。声をかけるのも忘れて慌てて後を追いかけた。さっきはあっさり手を放したくせに、何で今度はこんなに強引なの!?本当にこの人訳が分からない。
おちょくられた気がして地面を蹴る足音が大きくなる。角の向こうへ消えた背中を追いかけた。
いつも使っているスーパーはこの近くだけど、この路地へは入るのは初めて。はたけ先輩は百メートルほど進んだ所に自転車を停めて、カゴから鞄を持ち上げた。
「こんな所あったんですね。カフェ……ですか?」
「うん。まだオープン前なの」
焦げ茶色の壁には木製の格子窓がはまっていて、真新しい窓枠からふんわり木の香りがする。午後の光が差し込む店内は誰もいないが、温かな空気を感じた。ドアを引いたはたけ先輩が首を傾げている。もう一度軽く引いてみても、ドアは開かなかった。
「裏に行ってるのかな。ちょっと待ってね」
「ベーグル……」
携帯を取り出した先輩から離れて見回すと、ドアの横に看板が掛かっているのに気付いた。店名の横にベーグルのイラストが描かれている。あのロゴはお昼にはたけ先輩が食べてた袋に描いてあったような……。
「ベーグル好き?」
「ひゃっ!!」
突然背後から声をかけられて飛び上がった。いつの間にか真後ろに人が立っている。
「ゲンマ!」
「悪い。買い出しに行ってた」
よっとスーパーの袋を持ち上げたのは、多分このお店の人だろう。頭にはバンダナを巻いて、エプロンをつけている。超イケメンなお兄さんだけど、そーっと後退りした。
類は友を呼ぶって本当なのね。キラキラした顔面に反する胡散臭さ、はたけ先輩に通じる物がある。お店の人が帰ってきたし、もう本当に帰らせてもらおう。円を描くようにじりじりと回りつつ自転車の方へ移動。鍵が刺さったままなのを、チラリと横目で確認する。
「ちゃんと連れて来てくれたんだな。甘いのとしょっぱいの、どっちが好き?出来たら両方試して欲しいんだけど」
「え?」
「ゲンマストップ!」
「何だよ。モニター連れて来てくれたんだろ?無理とか言ってたけど助かるよ」
「あの、モニターって」
イケメンお兄さんからはたけ先輩へ視線をずらす。色白だなあと思ってたけど、その顔色もっと白くなるんですね?ふーん。
とりあえず店内へ、と促す二人に断固として首を振る。何言ってんのよ。私の知らない所で話がついてたみたいな状況で頷けるわけないじゃない。ピキピキ引き攣るこめかみを感じながらニッコリ笑ってみた。多少は口の滑りが良くなるかしらと思ったのに、はたけ先輩は頬を引き攣らせて固まってしまった。ちょっと説明しなさいよ。
「えーっと、言葉が足りなかったみたい?」
「足りない以前にゼロです。私は道案内を頼まれただけですから」
「あの、ベーグル好きかなって」
「それが?」
「うみのさん怖い……」
ぐっと拳に力が入る。私は裏でこそこそとか隠れてこっそりとか何より嫌いだっつうの。何かあるならあるで、はっきりどーんとぶつかってこい!図々しいかと思えばごにょごにょと、本当この人癇に障る。致命的な何かを感じるんですけど。相性の悪い星の元に生まれた同士とか?
「俺が頼んだの。オープン前にベーグルサンドの反応みたくてさ。モニター連れて来てくれって。カカシの顔面ならすぐに付き合ってくれる子を」
「ちょっと。その言い方は」
「はあ。顔面に釣られたモニターだと思ったわけですね、なるほど。確かにはたけ先輩なら幾らでも」
「うみのさん~」
うっさい。妙なだまし討ちしてくれちゃって。これは私の名誉の問題だ。イケメンに釣られてふらふら付いてきたなんて思われたら堪らない。しっかり訂正させてもらいます。
「場所が分からないからって道案内を頼まれただけです。モニターの話は聞いてないので私はこれで。はたけ先輩、リップクリームありがとうございました」
お兄さんにペコリと頭を下げて自転車のスタンドを思い切り蹴り飛ばす。かなりむしゃくしゃするが、一日一善と思って忘れよう。
「場所が分からなかったのは本当だよ。ゲンマのベーグル美味しいから、うみのさんにも食べてもらいたくって」
「私そんなに物欲しそうに見てました?」
「そんなこと言ってないよ!」
「道案内させて突っ返されたリップを渡して、ベーグルを食べさせて貸し一つ。一石三鳥ですね?」
「まあまあ、立ち話してないで中でコーヒーでもどう?」
ね?とポケットを探るお兄さんの腕でスーパーの袋が揺れる。ん?
「それ、木の葉マートの」
「ああこれ?そうそう。何かえらい混んでてさ。レジが人でいっぱ」
「あーっ!!」
「えっ何?」
「今何時ですか!?」
「え……っと、四時五十一分」
マズイ!がっとハンドルを引くと自転車をユーターンさせる。急がなきゃ。
「ちょっうみのさん!?」
「失礼します!」
自転車に跨がって全速力で漕ぎ出した。立ちこぎで一気にスピードを上げる。後ろから呼びかける声はあっという間に遠くなった。
角を曲がって大通りへ。木の葉マートへ向かって一直線、思い切り足を動かす。帰り際にゴタゴタしてすっかり忘れてた。今日は月に一度のフルーツの日なのに!毎日夕方四時にスタートする特売、今日の目玉はフルーツだ。今月のお楽しみは生クリームとイチゴをいっぱい乗せたふわふわパンケーキにするぞって決めて、ちゃんとレシピも取ってある。肝心のイチゴがなきゃ絶対ダメ!あのツヤツヤとした真っ赤なイチゴはまだ残ってる?くいしばった歯の隙間から不安で唸り声が漏れる。
「私のイチゴォ~」
たかがイチゴと侮るなかれ。生のフルーツって結構高い。タンパク質への欲求に押されて、日々のビタミン類は安価な野菜に頼りがち。手に取れるのはバナナばっかりで、イチゴなんて一パックペロリと食べちゃうのに手が出ない。でも今日だけは、フルーツが全品三割引なのだ。さくらんぼの少量パックが出てたら、それも買っちゃおうかなってドキドキしながら楽しみにしてたのに、とんだタイムロスじゃない!お願いだから残っててと祈りつつ、力いっぱいペダルを踏み込んだ。
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