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夜 9/15 23:51

 風呂場のドアが開いた。冷蔵庫の冷えた麦茶をコップに入れて卓袱台まで運ぶ。座って自分のコップを半分ほど空にしたところで、頭を拭きながらカカシさんが入ってきた。
「あー気持ち良かった」
「珍しく長湯でしたね」
「だって先生のとっておきじゃない、あの入浴剤。いい匂いだったよ」
 そりゃああんたの誕生日ですから。
 とは言わず、黙って目の前の座布団を叩いた。手に持ったドライヤーを振ると心得たと言わんばかりに飛んでくる。背を向けたカカシさんの髪の毛へ丁寧に風を当て始めた。
「暑かったら麦茶飲んでくださいね」
「至れり尽くせりだなあ。さすが王様」
「あとちょっとですけどね。何か他にありますか。今のうちに言わないと」
「えー?秋刀魚も茄子もケーキも食べたしプレゼントももらったし」
「プレゼント?」
「入浴剤でしょ」
 ドライヤーを止めて髪を撫でつけた。乾きたての銀髪はキラキラと光ってとても美しい。
「ありがと。片付けてくるよ」
「その前に渡すものがあるんですが」
 カカシさんを待たせたまま寝室へ行き、机の引き出しから小さな紙包みを取り出した。大人しく座っていたカカシさんの前に置き、俺も腰を下ろす。
「お誕生日おめでとうございます。ささやかですが」
「ありがとう。開けていい?」
 コクリと頷き包みを開く指先を見守った。中から現われた小さな犬の値付けを手のひらに載せる。
「これを俺に?」
「はい」
「……いいの」
「去年贈ったものを覚えてますか」
「うん。箸だよね」
 誕生日には箸をあげた。正月には茶碗、バレンタインデーにはマグカップを。俺の誕生日に揃いの汁椀を買って、一周回った今年の誕生日に贈ったのは根付け。
「俺、もらったら返さないよ。本当にいい?」
「……もう、意味のない物を贈っても良い気がして」
 深いため息と、力の抜けた笑顔。やはり分かっていたのだと胸が軋む。根付けを握っていた手は、膝の上で握られた俺の拳へと伸びてきた。ゆっくりとさする指先に涙が浮かぶ。
「あなたは寂しがり屋だから」
 ぽつりと溢された言葉に誘われてポトリと涙が落ちた。



 付き合い始めた恋人はすぐに家へと訪れるようになり、間もなく一緒に暮し始めた。客でなく同居人となれば生活に必要なものがある。大抵の物は俺の持ち物で足りた。もちろん彼も自分の荷物を持ち込んだ。だけど、あえて持って来なくてもあったらいいなと思う物。共用も出来るけど、家族なら大抵決まっている自分だけの物。それが足りなかった。毎日使う自分の食器だ。
 商店街にも食器は売っている。二人で何度も買い物へ行ったが、俺は買おうとは言わなかった。始めのうちは怖かったのだ。

 もし、夢が覚めたら。ある日突然カカシさんがいなくなったらどうすれば良いのか。家に残る彼の残骸と暮してゆくのかと思ったら全身が震えた。

 確かめるように一つずつ。二人の時間の長さに応じて彼だけの食器を増やしていった。カカシさんは細かく一つずつ買いそろえる俺をどう見ていたのだろう。贈るたびに喜んでくれるばかりだったから、何も感じないでいられた。真っ直ぐに考えれば、これほど聡い人が気づかないわけもない。俺が何も感じずにいられた理由とそこに流れるものを知って、最後の怯えは消えた。一緒に暮し始めてから約一年だ。

 お互いの気持ちを確認するように増えていった食器は必要なものだった。一通り揃ったのならもう探ろうとしなくてもいい。今年は、ただ贈りたいと感じるままに根付けを選んだ。いつ返してもいいと言っているように見える、裸の鍵に付けて欲しくて。
「根付けと一緒にもらうものをまだもらってないな」
「……鍵につけて欲しいです」
「うん。そうじゃなくて。おいで」
 はいと両手を広げたので、思い切り飛び込んだ。勢い余って倒れ込み二人して笑い転げる。
「返さないって言ったからね」
「お誕生日おめでとうございます、カカシさん。俺の誕生日にも同じものください」
「もちろん。次の王様の日を楽しみにしてて」
 ほら、と指差す先を見上げたら、時計の針が十二時を回っていた。誕生日は過ぎて特別な日は終わり。カカシさんは王様じゃなくなったけれど、もう俺はもらわれてしまったから。
 名残惜しそうに時計を眺める恋人の横顔にキスをした。
2021/09/15(水) 17:33 記念日 COMMENT(0)
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