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 いつも外から眺めていた場所に入るのは不思議な感じがする。大きなガラス張りの店内は壁に沿ったカウンター席がいくつかあるだけで、思ったよりも静かだった。時々シュゴーと煙を噴くような音がして、あとは店員さんの声がするくらい。
「どれにする?」
 トントンと叩く指の下にあるメニューを見て読み上げる。初めて言う単語だったけど、前からよく知っていた呪文のようにするっと出てきた。自分の口から出たとは思えない耳慣れない響きが少しくすぐったい。受け取り口へ移動して、パタパタ動く店員さんの手元をじっと見つめた。キャラメル色の上にこんもり盛られたホイップクリームにソースがとろりとかけられる。お待たせしましたと置かれたカップを両手で受け取った。
「二階に行こう。テラスでもいい?……うみのさん?」
「うん」
 先を歩くはたけ先輩について階段を昇る。
「ねえねえ見て」
「え?」
「ほら」
 振り向いたはたけ先輩が驚いた顔をする。そうでしょう?私もあっと思ったもん。うふふと笑いながら汗をかきはじめたニコニコマークを指でなぞる。知らなかったなあ。そうなんだ。そうなんだ。
 振り返ったまま動かないはたけ先輩を追い抜いて先に二階へ上がる。ソファの隙間を通ってテラスへの扉を開けた。早く座って飲んでみたい。一番手前の席に着こうとして、テラス席の端っこに不思議な椅子を見つけた。あみあみのタマゴがぶら下がったような、鳥籠みたいな変わった椅子がちょこんと一個だけ置いてあった。
――あれは座っていいのかな?
 ちゃんとクッションも添えられているけれど、悩む所ではある。むむむと悩んであみあみタマゴの斜め前の席に移動した。今は他に人がいるけど、テラス席に誰もいなくなったらもっと近くで見てみよう。何も書いてなかったら、ちょびっとだけ座ってみてもいいかもしれない。
「ここでいいの?」
「わっ!あ、はい、ここにします」
 急に後ろから声をかけられてビックリしてしまった。そういえば一人じゃなかったんだっけと思いだし、首を傾げるはたけ先輩に笑いかけた。

 シェイクは飲んだことがあるけどクリームがこんもりのったドリンクは初めて。このまま飲んでっていいのかな。最後にクリームだけぼてっと残ったりしないかしら。まずはそのままと、太いストローをくわえて恐る恐る吸い込んでみる。
「……あまい」
「だろうねえ。俺は飲んだことないけど」
 苦笑いするはたけ先輩はフツーのコーヒーを飲んでいる。あわあわもない、琥珀色でもない、黒に近いフツーのコーヒー。それこそコンビニや自販機でも売ってそうなただのコーヒーだ。
「はたけ先輩は変わったの頼まないんですか。コーヒーにもふわふわっとしたのがのってるのとかあったじゃないですか」
「俺泡好きじゃないの。別にいらない」
 あんなにたくさんメニューがあるのに、頼むのは一番スタンダードなただのコーヒー。ふわふわっとした女子とあわあわ飲んでそうなビジュアルしてるのに、はたけ先輩はちょっと謎だ。頑固者ってやつ?
 ちゅーっと吸ってもう一口。甘くて冷たくて、口の中から砂糖がガンガンぶつかりながら体の中を滑り落ちてゆく感じ。少し乱暴なくらい強い甘さが面白い。なんだかとても特別な感じ。くすくす笑いが止まらない。飲む度に甘さと冷たさに驚いた心がパタパタする。
「あまい。すっごく、あまい。あまあまです」
「あー……、うん。良かったです。……あちっ!」

 三分の二を飲み干して、もう無くなっちゃうなあとカップを回す。飲みたいけど飲みたくない。飲んだら無くなっちゃうもんなあと手の中のカップを睨み付けた。
「飲み終わる前に話してもいい?」
「ああ、はい」
 すっかり忘れてたけど、別にお茶をしにきたんじゃなかった。はたけ先輩の話を聞くために来たのよね。メインはそっち。どうぞと促したら前傾していた背筋が伸びた。いつも高い場所にある頭がもう一段階上へ。
「この間は気分を悪くしてごめん。だまし討ちをしたつもりじゃなかった。うみのさんとはこう、最初からなんか変な感じになっちゃったから、なんとか上手くやろうとして逆にダメになるというか」
 話すのも上手くいかないなと頭をかく。私だって、カゴに入れられたペットボトルを忘れたワケじゃない。王子様みたいにサラッと助けてくれたり、上から目線で要求してみたり、お願いしますと真面目な顔をしたり。全部嘘じゃなくはたけ先輩そのものだろうし、顔も見たくないって拒絶するつもりはないのだ。そして何より誠意には誠意で返す。とても大事なこと。私なりの誠意ってやつは少し乱暴なので上手くいくかは五分五分って感じだけど。
「嘘をついたりこそこそするのは嫌いって言いましたよね」
「うん」
「奢って頂いたお礼に、心の内を遠慮無くぶちまけます。その方がはたけ先輩も対応しやすいでしょう。私だけってのはアレなんで、そちらもどうぞご遠慮なく。いいですか?」
「え、怖……」
「やめます?」
「ううん、聞きます。お願いします」
「では」
 心構えに一拍おいて、感じた全てをぶちまける。底が見えるまで引っ繰り返した後に何が残るか、聞いたこの人がどうするのか、ちょっとだけ興味もあった。悪趣味だなあと思うけど、悪い匂いは心が動くの。
「助けて頂いたのは感謝してますが、その後がサイアク。ハッキリ言ってあの時は縁切り上等と思ってました。でも気がつくとウロチョロしてるのが目に入るし放置しきれなくて。なーんか妙な感じだったし、作ってましたよね。実際あの時のヘンテコ俺様キャラ一回だけじゃないですか。私ああいうキャラ大嫌いなんでダダすべり当然です。俺様何様ってカンジ。二次元真に受けちゃダメですよ。無理したけど、結局あれが自分だって思われたくないんでしょう。失態を取り返そうとじたばたしてるのは伝わってきましたが、それがまた」
「すいません、深呼吸していいですか」
 手のひらを突き出されて口を噤む。はたけ先輩は突きだしていた手を胸に手を当て、大きく肩を上下させた。今んとこ事実を並べただけで酷いことは言ってないぞと、またストローに口をつける。
 持ち上げたカップは軽くなっててかなり淋しい。あと三口くらいで無くなっちゃいそう。顔を伏せたままどうぞと手のひらを向られ、話を続けた。
「無理しなくていいですよ。上手くやろうとかいらないし。何も奢ってくれなくても友達として一緒に帰ったりとかフツーでしょ。こっそり後をつけなくても途中まで一緒にって言ってくれるなら」
「ストップ。分かった。ごめん……ていうよりありがとうだね。慣れないことをしてるせいで空回りって分かるから、うみのさんが感じたことは流して友達って、すごく優しいと思う。だからありがとう」
「いえ」
 こっちも多少過敏に反応したかなって自覚がある。最初が最初なだけに落差が酷かったし、なんかこう、「そこは触んないでよ!」ってところを突かれたりってのがあって、うん。
「でも君鈍いよね」
「は?」
2021/09/11(土) 01:47 ロマンスは落ちてくる COMMENT(0)
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