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 やっぱりなあ。直感は信じるべきだったのに。今日は歩いて帰れば良かった。でももう、駐輪場の隅でキラッと光る銀色は、しっかり目に入っちゃってる。飛び出しそうになった溜め息を慌てて飲み込んだせいで、ひゃぐっと変な音が出た。マズイと口を押さえて柱の陰で蹲る。そーっと首を伸ばして覗き見たけど、文庫本に向けられた目がこっちを向くことはなかった。
 あー…………。
 もう一度、今度は音に出さないで大きな溜め息を吐いた。きゅっと上がってた肩からゆっくりと力が抜けてく。イケメンってのは、ただ存在してるだけで特別なのね。銀色の頭は本を読むためにちょっと俯いていて、前髪が作る影が端正な横顔を引き立たせてる。横を通る女の子からキラッキラな視線を投げられてるのに動じないってことは、きっとこれがこの人の日常。本当に、この人は何で私を追いかけてくるのかなあ。どれだけ頭を捻ってもさっぱり答えは分からない。しゃあない、世界が違うもん。
 自転車の荷台にちょこんと腰かけてるその格好が、何かよく分からないけど違う。私がかっ飛ばしてる時はどこにでもある紺色の自転車なのに、イケメンが腰かけてるだけで映画の小道具に見えてくる。大事な相棒にもう少し夢を見させてやろうと回れ右をしたら、じゃりっと音がした。今の音、私じゃない。のに……タイミング良すぎない?胸の前で鞄を抱き締めたまま首だけで振り向いたら、バッチリ目が合って。多分漫画だったら、こう、パチッと火花が出てたと思う。
「うみのさん」
「はい」
「お時間頂けますか」
「……はい」
 イケメンの丁寧語、タメ口の千倍怖い。今日、初めて知りました。



 私よりも大きな手のひらの上には、リップクリームが載っている。受け取らなきゃ捨てるって言ったのにまだ持ってる+手のひらが私へと向けられてるってことは。
「受け取ってもらえない?」
 ほらきた。無理だって言ってるのになあ。正直もう面倒くさい。だってこの人、どう説明したって納得しそうにないじゃない?あんなこと言い出す人種ですからね。イケメン差別上等よ。誰にでもその顔面が通用すると思ったら甘いんだっつーの。この分からんちんめ。頭の中では既に三回くらい、ローキックが決まってる。
「さっきはごめんなさい」
「え?」
「うみのさんの言う通りだと思ったから」

 あまりにあっさりと謝られて、拍子抜けした。絶対さっきのノリで押し通してくると思ったのに、しゅんと眉毛を下げた顔にはでかでかと反省してますって書いてあって、ずるい。元々はいい人なのかもと思ってたし、そんな風に言われたら突っぱねられないじゃない。正直ちょっとイラッとするけど、ムクムクと湧き出す優越感を無視できなくなった。これは、とってもよろしくないでしょ。
「それとこれとは別問題です。お話は分かりましたが、やっぱり見ず知らずの人からもらうなんて、どう考えてみてもうんとは言えません」
 たかがリップクリーム、されどリップクリームだ。こういうの、まあいっかで落としてゆくのは好きじゃ無い。頑固でも堅物でもそういうの気になっちゃう性格だから、どうしても頷けなくてぎゅっと鞄の紐を強く握る。諦めてくれないかなあと地面を見つめてると、ポツリと言葉が落ちた。
「でもこれ、君の為に買った」
 とくん、と心臓が跳ねる。向かう先を持たずに、本当にただぽろんと落ちてきた言葉は今までのどの会話とも違う響きで、サクッと胸を刺した。自転車の荷台に腰かけて背中を丸めてるから、見上げてた薄い色の瞳がぐっと近くにあって、それだけでもドキドキしてるのに。そんな声を出すなんて……ずるい。
「見ず知らずじゃなかったらいいの?」
「……それもですけど、フツーほいほい人から物を貰ったりしないです」
「そっか」
 これだけイケメンだと、色んな人からプレゼントを渡されたりするのかな。だから私とは感覚が違うのかも。緩みそうになるジャッジが信じられなくて、ぱしぱしと瞬きを繰り返す。
「うみのさんベーグル好き?」
「はあ?」
 何それ。好きですけど。

 八の字だった眉が上がって、ニンマリ笑ってる。声には出さなかったのに、しっかり聞こえちゃったみたい。きっと私、盛大にマズった気がする。どこかでガチャンと音がした。多分鍵を持ってるのは、私じゃない。
2021/09/06(月) 08:57 ロマンスは落ちてくる COMMENT(0)
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