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 こういう時に限って里外の任務など入らない。滅多にない待機を喜ぶどころか、任務を寄越せと火影室まで押しかけたい気分だ。待機所の窓の外には太陽が燦々と輝き、校庭に響く子供の声と良い調和を醸し出している。長閑な風景に目を細めるが、視界に揺れる黒いしっぽを見つけて目を逸らす。俺に告白してくれた彼も、俺が告白した先生もどちらも好きだ。はにかんで俯く遠慮がちな瞳も、我が儘を言って甘えるキラキラした笑顔も愛している。別人のように感じたとしてもイルカ先生の中から消えているのは、「はたけカカシの記憶」のみで、同一人物だということに間違いはない。俺がイルカ先生を好きだという結論に変わりはないのに、目の前の人に手を伸ばそうとする度に頭のどこかで哀しそうな瞳が浮かぶ。千々に乱れる思いに頭を抱えても、答えを示してくれる人などいないのだ。俺が決めなければならない。どちらを選ぶのかを。

 飛び込みの任務が割り当てられることもなく、待機時間は終了だ。先生の勤務も終わる頃で、いつもならアカデミーの門に寄りかかって待つ所だがぐずぐずとソファに座り込んでいる。昨日の今日でどういう顔をして会えば良いのか、まったく心の整理がついていない。悩み続ける内に割り切ろうと思うこと自体が間違いなのかもしれないと思えてきた。彼と先生を切り離そうという考えが誤りの第一歩だとしたら、違う道が見えてくる。どちらも抱えたまま新しい関係を築くには、俺と彼の関係を打ち明けるという前提が必要なのだが、今更出来るのか? 何故黙っていたのだと詰め寄られても、全てを話すのはリスクが高すぎる。彼と俺の関係は、先生の想像するであろう姿とは遙かに距離があって、今とは比べものにならないのだ。
 彼との付き合いはあまり密ではなく、食事と言ってもせいぜい二、三軒をぐるぐると回るだけ。彼の家へ行くことや泊まることもあったが、大事な思い出のある皿を出しているというのに俺には何も教えてくれなかった。極めつけは、ろくに手も繋がない内に玄関前の狭い廊下の上に押し倒して、戸惑う彼と強引に身体を繋いだ。どこかへ行こうとこちらから誘うなんてしたことないし、好きだとすら言った覚えがない。彼だって、俺に何かを望むことや心を開いているという素振りはほとんど見せず、いつも控えめで遠慮がち。恋人同士のような甘やかな雰囲気になったことなどなかった。俺は自分の気持ちを自覚してもっと分かりあいたいと望んでいたけれど、同じように思っていてくれたかは分からない。それを、先生に説明しなければならないのか。全て告げた上で、先生が俺と一緒にいてくれると思える程の自信はない。幾ら記憶がないといえ、自分の身に起きたことなのだ。全て忘れて何のひっかかりもなく、とはいかないだろう。

 どれだけ考えても頭の中の後悔を突き回すに過ぎず、名案など浮かばない。当たり前だ。結論はもう出てしまっている。ただ、実行出来ないだけなのだ。待機時間が終了した部屋には誰もいなくなり、気兼ねせず大きな溜息を吐いた。行かなくてはと感じる状態が、既に歯車が狂い始めた証拠だ。一秒でも早く会いたいと待ち合わせして、毎日会わなければ気が済まない。あの時の気持ちはどこへ行ったのやら、今はこれでもかと腰が重い。あーあと頭を掻き毟る音に混じって軽いノックの音が響いた。
「失礼します。カカシさんもう大丈夫ですか?」
 入り口から一歩入って室内を見渡してニッコリ笑った。揺れるしっぽもふんわりと弧を描く瞳もいつものままだ。
「すみません。待たせましたか」
「いーえ。俺が迎えに来るって、ちょっと新鮮ですね。いつもカカシさんが門で待っててくれるし」
 ね? と小首を傾げる姿に肩の力が抜けた。どう消化したのかは分からないが、昨日の件を責めるつもりはないらしい。正直に説明するべきかもしれないが、俺はそこまで図太くないのだ。知らぬ振りをしてくれるのなら、遠慮なく乗らせてもらう。
「俺今日は一楽がいいです」
「ん、じゃあ行こうか」
 立ち上がってポケットに手を突っ込む。先を行く先生の後を追いながら、拳をぎゅっと握り込んだ。



 夕飯時にはまだ早く、店内は誰もいなかった。ニヤリと笑った先生がテウチさんに向かって注文を叫ぶ。
「味噌豚骨チャーシュー麺大盛りトッピング全部のせ!!」
「はいよ! 先生今日は思い切ったねえ。よっぽど腹減ってんのかい?」
「今日はカカシさんのお奢りなんです」
「えっ」
「なるほどね!」
 笑いながら鍋へ向かうテウチさんに普通のラーメンを注文する。
「それで足ります? せめてチャーシューメンにしないんですか?」
「いや、俺は大丈夫です……」
 ハハハと眉を下げてコップの水を飲む。やっぱりこれは昨日の意趣返しだろうか。だとしたらラーメン位いくらでも奢らせてもらうけれど。お詫びを要求するってことは、許してくれると思って良いはずだ。本当に怒っていたら、そんな余裕があるとは思えない。思ったよりも簡単に済んだと胸のつかえが下りた。ラーメンを待ちながら交わす会話にも硬い空気はなく、すっかり気が抜けている。丼に向かう真剣な表情もいつも通り、黙々と平らげてゆく先生の横顔を目を細めて見つめていた。再び訪れた穏やかな時間にこの後はどうしよう、どこかの店で飲み直すか酒でも買って家へ行こうかと考える。満足げに息を吐きながら置かれた丼にはスープ一滴すら残っておらず、綺麗な丼と満面の笑みに思わず笑ってしまった。

二人で暖簾を潜って歩き出す。ひょいと路地を曲がった先生の背中に声をかけた。商店街を出る前に、この後どうするか決めなければならない。
「先生、この後どうします?」
 前を向いたままピタリと足を止める。少し下を向いた頭は、明日の仕事の予定でも確認しているのか。
「終わりです」
「じゃ、家まで送りますね」
「カカシさん、別れましょう」
「いや、家まで行きますよ」
 すうーっと大きく息を吸う音がして、ようやくこちらを振り向いた。眉間の深い皺と険しい表情。ラーメンでぽかぽかと温まっていた身体が一気に冷える。
「カカシさん、もう終わりです。俺達別れましょう」
 終わりや別れが指している意味に気付く。今日の話ではない、未来の話だ。思いも寄らない言葉が頭の中でがんがん響き、違う意味が隠されているのではないかと考えるもどれだけ反芻した所で状況は変わらない。言いたいことも聞きたいことも渋滞中で、とりあえずと飛び出したのは呼びかける名前のみ。
「先生」
「理由はあんたが一番良く分かってるでしょう。だから終わりです」
「……」
「何で躊躇するんだよ。すぐ否定してくれたら誤魔化されてやったのに」
 歪な笑顔に喉が詰まる。自らの宣言とは反対に、歪んだ顔が別れたくないと言っている。俺だって同じだ。先生と別れるなんて考えられない。
「ちゃんと話します。俺の話を聞いて」
「あんたが心の中の誰かを思う顔を見ながら、話を聞けっていうのか。目の前の俺じゃなくて、他の誰かを思い浮かべてる目を見ろって言ってんのかよ」
 睨み付けながら吐き出す言葉を肯定も否定も出来ない。先生を裏切っていると言うのなら否定するけれど、彼を思っていないとは言いたくない。それは彼への裏切りになる。先生の為にもそれは出来ないのだ。ちゃんと、話さなければ。思いを伝えなければ駄目なのだと学んだはずなのに、どうしてこうも繰り返す。何故やり直してもうまくいかないのだ。誰を思っているのか誰を守りたいのか、どちらも同じはずなのに、違うと言われて眩暈がする。
「誤魔化せないくらい好きな相手がいるんだろう。あんたはそっちへ行けばいい。俺もこのまま傷つき続けるのはイヤだ」
「先生のことが好きだよ。行く所なんかない」
「……カカシさんは、俺のこと好きだけど、好きじゃなかった」
 哀しげに笑う瞳に泣きそうになった。嘘など言っていない、好きじゃなかったなんて有り得ない。でも先生には伝わらない。
「違うよ、誤解してるだけだから。説明するからそんな顔して笑わないで」
「笑わないと泣いちまうだろうが! 俺は大っ好きな一楽のラーメンで満腹になって幸せなんだよ! だから泣かないし笑ってるんだ」
 そうでなければ耐えられないと、全身で叫んでいる。俺達はお互いに思い合っているのに、どうしてすれ違ってしまうんだろう。先生が我慢する必要などないと、分かっているのに。苛立ちと悔しさと焦りで視界が滲む。もう二度と離れたくないと思って、一度放した手を必死で掴んだ。うまくいくと信じていたのだ。
「泣くな! あんたは辛くないし俺は可哀想じゃない。こんなのはよくある話で、また一人の生活に戻るだけだ。絶対泣かないでくれ」
 絶対だぞと念押しして背中を向ける。一気に走り去る背中を追いかけることは出来なかった。段々小さくなる後ろ姿を見るだけで、どうすべきかが分からない。何も考えられず、狭い路地の間で立ち尽くしていた。
2021/09/02(木) 16:42 三度目の恋でも COMMENT(0)
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