◆各種設定ごった煮注意

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 焼き鳥、茄子の漬物、冷や奴。後は枝豆の横に、じゅうじゅう油が弾けるほっけ。お互いのグラスになみなみと注ぎ合って持ち上げる。
「じゃあ乾杯」
「四日ぶりですね。遠くまでお疲れ様でした」
 カチンと合わせたグラスに口をつけたら、黒い瞳がまん丸になった。
「これ美味いですね!」
 ふにゃんと崩れた頬にこちらの目尻も下がる。これを差し出したら、今度はどんな表情を見せてくれるのだろう。鼓動を早める心臓に笑いが浮かぶ。三十路前だというのに、年を取ってからの初恋はままならない。手の中の紙包みを卓袱台の上に置いた。
「はい、お土産」
「ありがとうございます」
 包みを開いてゆく指先を見ていられなくて、グラスを手に取った。一口飲んだ所で、うわあ……と上がった声に目を上げる。手のひらに茜色の髪紐を載せてじっと見つめているけれど、気に入ってもらえたのかよく分からない。我慢できずに聞いてしまった。
「どう?」
「とても綺麗ですね。でもちょっと俺には派手かなあ」
 ヘヘヘと照れくさそうに鼻傷を搔くのは想定内。確かに目立つ色味だが、嫌がってはいないようで安心した。これなら着けてもらえるかもしれない。
「もういいかなって思ったから」
「もういい?」
 あなたと心が通い合っていると思ったから。そう信じても良いと思ったから、前とは逆に目立つ色にした。まあ、人気者のイルカ先生への牽制も込めてだ。何せこの人、顔が広い上に愛想が良くて、実は人たらしな面がある。正直、里を出ている間に何もありませんようにと願う時だってあった。彼を信じられたとしても、自分自身まで信じられるのかはまた別の話。あの時間は俺にとっても痛かった。思わぬ所で傷つけていないか、また思い込み過ぎて暴走しないかと不安を感じるのは大目に見てほしい。その隙を誰かに突かれるようなことがあっては堪らない。
「この髪紐と交換して。今着けてるのは俺に頂戴」
「カカシさんは使えないでしょう? どうするんですか」
「お守り代わりに手首に巻いとこうと思って」
 え、と半開きになった口がそのまま固まる。じわーっと頬から赤みが広がり、耳まで真っ赤になった。そんなにおかしなことを言っただろうか。
「カカシさんって、そういうこと言う人だったんですね……」
「ダメ?」
 促す視線に眉を下げ、髪を結っている濃藍の髪紐を解いてくれた。こぼれ落ちる黒髪を耳にかけて、髪紐を指先にくるくると巻き付ける。端を内側に入れてきゅっと締め上げると綺麗に纏まった。はいと手を出したが載せてくれない。
「ダメっていうわけじゃないですけど、これは俺が持ってちゃダメですか。初めてもらったものだから、自分で持っていたい……です」
 覗うように下から見上げた目線でお願いされては断れない。何よりも、その言葉は相当の殺し文句だ。口を開けたら変な叫びが出てしまいそうで、黙ったまま頷いて手を引っ込めた。
「ありがとうございます」
 ホッとしたように笑う頬は、髪紐と同じ茜色だ。二人を固く結ぶ、赤い糸と同じ色。卓袱台を回り込んで隣に座る。解かれたままの髪を手櫛で整えながら束ねて、首の横で軽く括った。出来上がりと言いながら軽く毛先を撫でる。
「次に髪紐を買うまではこれを着けててね。新しい物を買ったら二人で半分こしようか。先生に繋がっていた赤い糸の端を、二人で持とう」
「赤い糸ですか」
「左手の薬指じゃなくて黒髪だけど」
「どっちでもいいです……」
 両手で顔を覆ってしまった。耳たぶが真っ赤になっていて、そっと摘まむとびっくりするほど熱い。指先から彼の熱が伝播したように、俺の耳まで熱くなった。

 熱い内に食べましょうと押し出されたほっけを摘まみ、焼き鳥を取り皿にのせた。はいと渡されたのは、いつもと同じ淡い青磁の皿。この皿が彼にとってどんな意味があって、どれだけ大切なものなのか。今はちゃんと知っているし、それでも俺へ渡してくれる彼に感謝する。
「ハレの日の料理って何だったの?」
「ふぁんですは。ほふえん」
 口いっぱいに頬張っていた焼き鳥をむぐむぐと噛みながら首を傾げる。ちょんちょんと皿の縁を突くと、上がっていた眉が下がった。
「イルカは教えてくれなかったけど、先生が教えてくれたから。この皿はうみの家のハレの日の皿なんでしょう? お母さんは何を盛ってくれたの」
「色々ですよ。尾頭付きの魚の時もあったし、分厚い固まり肉だった時も。正月や誕生日、父ちゃんが長期任務から帰還した時も出てきました。主役によって料理は変わるけど、一番はちらし寿司かなあ」
「一番のお気に入り?」
「そんなたいした物がのってるわけじゃないんですけどね。海老の赤と卵の黄色と絹さやの緑が、すっごくキレイだったなあ。最後に食べたのはいつだったっけ」
 先生のお母さんが作ってくれたのなら、もう十年以上食べていないだろう。思い出の中の味を、まだ覚えているのだろうか。
「作ろう」
「ちらし寿司を? 錦糸卵って結構大変ですよ」
「俺、結構料理得意よ?」
「ええー本当ですか? ちなみに得意料理は」
「川魚のムニエルカカシ風」
 目をパチパチしている姿に頬が赤くなる。確かにこのネーミングは、今考えるとどうかと思う。まんま若気の至りだ。参ったな、と思いながらグラスに口をつけて上目遣いに様子を覗う。何か言いかけたのに、迷うように口を噤んで手元へと視線を落とした。
 促すべきか待つべきか。一瞬迷ったけれど、今は分かっているはずだから。それを信じて、きゅっと結ばれた口が開くのを待つ。
「俺に、ご馳走してくれるんですか」
「もちろん」
「川魚のムニエルカカシ風」
「と、ちらし寿司」
 ホッとしたように息を吐き、照れくさそうに笑う。ほんのり頬が赤い。彼の顔に浮かぶ色が鮮やかさを増す。新しい色を隠さずに、どんどん見せて欲しい。
「他にのってた物は?」
「甘く煮た椎茸と、あとは何だったっけ」
 青磁の皿に注がれた視線は、優しい記憶へと向けられている。幸せそうに緩んだ瞳が少し光っていた。

 明日は一緒に買い物へ行って、ちらし寿司を作ってみよう。俺達のハレの皿を探しても良いかもしれない。思い出のちらし寿司を前にして、どんな表情を見せてくれるのかと思うと胸がドキドキし始めた。
「楽しみです」
 嬉しそうに笑った先生がグラスを傾ける。そうだねと微笑み返して、瑠璃色の瓶を手に取った。
2021/09/02(木) 17:02 三度目の恋でも COMMENT(0)
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