◆各種設定ごった煮注意

解説があるものは先にご確認ください
※現パロ「雨障」の2人でクリスマス


 一人暮らしなんてもう慣れたもの。だけど、たまにああ……って時がある。
洗濯物を外に干しっぱなしにしていて、洗い上がったものを干す場所がない朝。取り込んだまま部屋にぶら下がるシャツの山。かろうじて洗ってあるものの、棚へしまわれることなくカゴの中から引っ張り出されるコップや丼たち。詰め替えるのが億劫なあまり、ぐにゃぐにゃしたパウチのまま並んでいるシャンプーやボディソープ。充電したあとそのまま放置されているコード類。
 一個ずつは大した事が無くても、積み重なったが為に可視化されたうんざりの山が、そこら中から訴えてくるのだ。やんわりと責めるような空気が部屋中を覆い、息が苦しくなる。どこにいても落ち着かない。
 やらなければいけないことはやっている。買ってきた物は冷蔵庫にしまうし、ゴミも出す。買うと高いから料理もするし。でも、あとちょっと。やらなくてもなんとかいけてしまう「あとちょっと」へ回す気力が尽きて、少しずつ部屋を侵食していくのだ。
 気力が足りない理由がはっきりとあるわけでもない。たとえば郵便局で順番を抜かされたとか、横断歩道で信号待ちをしていたら後ろから来た人が強引に前へ出たとか、その程度。取るに足らない「ほんの少し」が心に残って気力を奪われてしまうのは、きっと元気が足りないせい。



 信号が点滅し始めたのでペダルを踏み込む足に力を込めた。ぐんと加速した自転車は明滅する緑の光を浴びて夜の中を疾走する。
 住宅街の道は九時を過ぎると人通りが絶え、車もほとんど通らない。そろりと進んでいた自転車は徐々にスピードを上げて好き放題に走り始めた。どの場所で二車線を横断するのも自由。思うままに走っていても、信号だけは律儀に守ってしまうちぐはぐさに笑いがこみ上げる。人や車の通る昼間では絶対に出来ない走り方は夜だけの特別だ。
 冷たい空気の真ん中を突っ切るように走るのは気持ちが良い。夜だからこそ可能な乱暴な運転は少しずつ心に張り付いた澱を引っ剥がしてゆく。説明できないもやもやは、力ずくで放り投げる。いつもそうしていた。
 少し遠いが北へ向かえばちょうど良い上り坂がある。思わず立ちこぎになってしまうような勾配だが、そのぶん下りを一気に駆け下りるのは最高に気持ちが良い。こういう夜に必要な道だ。向かうなら今だろう。
 勢いづいたまま大通りへの道を曲がった。前方が明るくなり、車の通行量が増えたのが分かる。無謀な運転はやめて、普段と同じペースでペダルを漕いだ。坂へ着くまで十分はかかるはず。先に飲み物を買っておこうか。
 煌々と光るコンビニへ吸い寄せられるように進み、自転車から降りたところで気がついた。ウインドウに貼られたカラフルなケーキのチラシ。入り口の上にはでかでかとチキンの文字が躍っている。
「クリスマスか」
 なんとなく理由が分かってしまった気がして、自転車から離れられない。そんなつもりは無かったのだが頭の隅にあったのだろう。
 記憶の中にある楽しい時間は絶対に戻らない。明るい町の雰囲気に、頭のどこかで思い出していたのか。鈍く不調を重ねるのと痛みを敏感に受け取って蹲るのと、マシなのはどちらだろうか。本当はどっちだってゴメンだ。

 チキンとケーキに彩られた入り口の奥にコーヒーマシンが見えた。だからかもしれない。なんとなく、入り口の上で大きな顔をしているきつね色をしたチキンの写真を撮ってしまった。そのままはたけさんへ送る。ちょっと考えて「メリークリスマス」と添えてみた。さてこれからどうしよう。家に帰りたくないけど、坂へ挑戦する気も削がれてしまった。
 ぼんやりと巨大なチキンを見ていたら手の中のスマホがブブっと震えた。

メリークリスマス

メリークリスマス

メリークリスマス

 三回連続のメリークリスマスに首を傾げる。一度気になると収まらず、コンビニの駐車場で彼に電話をかけた。遅い時間ではあるがはたけさんなら問題ない。思った通り、三回目のコールで繋がった。
「もっ、もしもしっ」
「こんばんは。こんな時間にすみません。でも気になっちゃって。何で三回なんですか?」
「あっ、すすみません!ビックリしたので」
「ビックリ?何に?」
「これ、メリークリスマスって打つと画面が、あ、あと雪!」
「ああ。クリスマスだからですね。時々ありますよ。イベントに合わせて」
「そうなんですか!?知らなかった……」
 耳の向こうから届いた深いため息に笑いを堪える。きっと、今まではこうやってメッセージを送り合う相手がいなかったんだろう。俺が初めて送った相手かも?
 彼にとっては切ない理由が俺の胸をぽかぽかさせる。自分の性悪さを隠すように、ひたすら驚くはたけさんを遮った。
「夜、走ってる時に見つけて。大して意味が無いのは分かってんだけど、何か……。コーヒーじゃなくてごめんなさい」
「コーヒーじゃなくてもいいです。本当に、全然。俺の中で、このメッセージが唯一クリスマスっぽいものですよ」
「唯一?ケーキやチキンは」
「……うみのさん、意地悪言ってます?」
「いや、そんなつもりは。俺が食べたいのかも。一人じゃ虚しいだけなんで、食べて無いし」
 笑って誤魔化したつもりだが、空笑いは自分に刺さる。結構痛いもんだ。
 気晴らしのつもりがどんどん逆の方へ進んでいるような気がする。何をやってもダメな時ってのはあるが、それが今なのかもしれない。
「すみません。これからお仕事でしょう?もう切りますね」
「あっ、待って下さい!えっと……え~……」
「どうかしました?」
「うん、あの、こんな時間ではあるんですけど」
「はい」
「クリスマスの映画って何ですか」
「は?」
「う、うみのさんだなって思ったら、テレビ付けちゃって。うみのさんと映画ってセットになってる部分があるっていうか、反射で。そしたらちょうどクリスマスに見たい映画特集ってあって」
「うん」
「うみのさんなら何かなって」
「うん。……何だろ。思いつかないけど、でも。子どもが暴れるやつかな」
「ああ、真っ先に出てきました!」
「だと思った。久しぶりに見たいなあ」
「じゃあ、これを次にして、一緒に」
「今は?」
「え?」
「今」
 人様の家へお邪魔する時間じゃない。それはよく分かっているけど、気づいてもらえる気がした。浮かれる空気の中で一人ぽつんと立っているような淋しさを、はたけさんなら分かってくれるはず。
 ダメ押しのひと言を追加してみた。
「……チキン買ってくから」
「……」
「まだ、あったらだけど」
「じゃあ、途中で寝ないように、コーヒー入れておきます」
 一際小さな声が返ってきた。冗談に流そうとしてももう遅い。スマホを耳に当てたままコンビニの入り口へ体を向けた。自転車の鍵をかける。
「ケーキも付けますから!イチゴとチョコだったらどっち?」
 耳のすぐ傍で、えっと固まる声がした。さっきまで重かった体にクスクス笑いが満ちてゆく。まだ残ってますようにと願いながら、チキンの下を通り抜けた。
2021/12/25(土) 15:31 短い物 COMMENT(0)
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

CP傾向

左右固定ハピエン主義

先天的女体化・年齢パロ・オメガバ・現パロ・各年代ごった煮です。
特殊設定にはひと言ついておりますのでご確認ください。