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 よいせっと持ち上げて、潰した段ボールを紐で括った。まだまだ散らかっているが、とりあえずは何とかなりそうだ。
「ま、こんなもんだろ」
 今晩の寝床が確保出来れば良しとして、戸締まりをして回る。約束の時間よりは早かったがあっちの確認もしておきたい。頭の中で手順を考えながらサンダルを履く。立ち上がり扉の前で振り返った。自然と頬が緩んでしまう。
「いってきます」
 いってらっしゃいと送り出されたようで、弾むように歩き出した。吹きつける風が昨日より冷たい。これからどんどん寒くなって冬になる。今歩いている道も、雪に覆われてしまえば違う景色だ。きっと春になればまた新しい顔を見せてくれるだろう。目に入る草花を見て、次の景色を想像した。
 環境を変えるには勇気がいる。正直悩んだけれど、あそこを見つけたので思い切ることが出来た。何年も暮らしてきたアパートを出て違う場所へ飛び込む。新しい環境はこの年になっても不安がいっぱいで、踏ん切りをつけられたのは運命的な出会いのおかげだった。受け入れてもらえるかは分からない。もし駄目だったとしても、あそこへ帰れば良いのだからと思える場所を選べた。きっと大丈夫だ。

 アパートの前で立ち止まり古びた建物を見上げた。随分長いことお世話になった場所へ、心の中でありがとうと呟いて階段を昇る。ドアを開けると強い風が吹きつけてきた。そういえば、風を通しておこうと窓を開けたまま出たのだ。足元を見れば反対を向いたままのサンダルがぽつんと置かれている。早く来たつもりだぞと部屋へ上がれば、何もない空っぽの部屋でカカシさんが立ち尽くしている。
「カカシさん」
「先生」
「すみません。そっちの方が早かったんですね」
「ねえこれは? どうしちゃったの」
 感情の抜けた声で聞かれては、些か刺激が強すぎたかと後悔する。色々あった相手の部屋へ呼び出されたのに、いざ尋ねてみれば中身は空っぽ。何の当てつけかと勘違いされてもしょうがなかった。いつも忙しそうにしてるから、遅れてくるくらいだと思ったのに。茫然と佇む背中にドキッとした。わざとではないけれど、ショックを与えてしまったのは確実だ。
「ごめんなさい。俺引っ越ししたんです」
「いつ?」
「今日、朝から荷物運んでました。カカシさんが来る前に戻ってくるつもりだったんですけど」
「……ここ無くなっちゃうの」
「はい」
 そう、と呟いた声は小さすぎて掻き消えた。俺にとって何年も暮らした大切な場所が、カカシさんにとってもそうなっていたのだと気づく。一緒に暮らした時間は長くないし、彼が俺に何も言わず、一人で苦しんでいたのもこの部屋だ。それでもここを惜しんでくれる。彼の気持ちを支えているものを感じて胸が熱くなった。俺だって同じ思いだ。だから新しい場所へゆく。
 部屋中の点検をして、ついでに窓も閉めて回る。もう何も落ちてない。今日から帰る場所は、違う場所。新しい家がある。
「一緒に来てください。新しい家を紹介します」
「うん」
 笑った顔が泣きそうに見えた。



 さっきと同じ道を二人で歩く。カカシさんは黙りこくって俯いたまま、ただ俺の後について来た。終わりにしようと言った途端の引っ越しだ。多分これ以上ないくらい、頭の中がグルグルしてんだろうなあ。
引っ越しなど些細なことだ。出て行った彼が戻ってきたように、引かれた線を俺が飛び越えたように、離れることは出来ないのだと思う。きっと俺達は、どれだけ時間が立っても友達には戻らない。カカシさんが火影になろうとも、お互いが誰か他の相手と付き合っても変わらないだろう。一度芽生えてしまった恋は、しっかりと根を張って心臓をがっちりと包み込んだ。同化しかけている根が枯れるまで、心が解放されることはない。カカシさんがどれだけ苦しもうが俺が散々悩もうが、もう関係ないのだ。心が悲鳴を上げるのは、無理矢理剥がそうとするから。そんなことはやめればいい。
「着きました」
「……大きい家だね?」
「中も広いです! どうぞ」
 キョロキョロと見回す顔にニンマリとする。鍵を開けて大きな声で叫んだ。
「ただいま!」
「お邪魔しま……す?」
「どうかしましたか」
「誰かいるのかと。ただいまって言ったでしょ」
「ああ、家に言ったんですよ」
「家」
「ここ、子供の頃に住んでた家に似てるんです。引っ越すなら広い家にしよう、縁側と庭がほしいなって思ってたから一目で気に入っちゃって。両親とも上忍だったから、急な任務とかしょっちゅうだったんですよ。いると思ってたのにいないとか、いないと思ってたのにいるとか当たり前。だから、帰ってくる時は必ずただいまって言うんです。黙って入ったら父ちゃんのげんこつが降ってくる」
「いるのを知らなくても?」
「関係ねえ! 挨拶ってのはそういうもんじゃねえだろ! って」
「ちょっと理不尽じゃない?」
「うみの式です。でも、返ってこないと思ってたおかえりが聞こえたら、すげえ嬉しいですよ」
「そうだね」
 おはようやおやすみ、いってきますにおかえりなさいを言えるのは、とても幸せなことだ。聞いてくれる人がいて、返してくれる言葉がある。常に得られるものではないから、その貴重さを知っていた。俺だけでなくカカシさんも同じことを感じていると、優しく細められた目が表している。
「さあどうぞ」
 新しい家を案内しよう。

 玄関を入って廊下を真っ直ぐ。襖で仕切られている和室には縁側があって庭が見渡せるようになっている。今はまだ何も植わっていなくて淋しいが、余裕ができたら花や野菜を育てても楽しいだろう。何を植えようかと考えるだけでワクワクする。風呂は檜造りとはいかなかったけど、アパートと比べたら大分広い。湯舟の中でもゆっくり足が伸ばせる程度の大きさがあって、洗い場も十分だ。台所の横には広めの納戸があって、食料の備蓄も問題なし。疲れて帰ってきて、何もね~今からまた買い出し? なんてことはならない。カップラーメンを何ケース積んでも大丈夫だ。どうだ! と言ったのに、カカシさんは微妙な笑いを浮かべている。
「いいでしょ?」
「全面的な肯定は出来ないなあ」
「ラーメン以外も置きますって」
 クスクス笑いながら二階へ向かう。階段を昇ると向かい合わせに部屋が二つ。小さい方には仕事用の机や本棚を運び込んでいた。向かいの部屋には大きな窓がついていて、里を見下ろせるようになっている。
「へえ」
「ここ少し高台なんですよ。火影岩とまではいかないけど、結構良い景色でしょう?」
「うん。夜明けとか綺麗そうだね。ここが寝室?」
「や、寝るのは居間の隣です。寝室を二階にしたら、酔っ払ったとき危ないでしょう。あそこならトイレも近いし」
「そんな理由? 仕事部屋はあっちでしょ。ここは空き部屋にしとくの? 景色も良いのに勿体ない」
「ここはあなたの部屋です」
「俺?」
「カカシさんの部屋」



 呆気に取られたようにぽかんと口を開けていたが、ギュッと眉間に皺を寄せてしまった。俺の言葉の意味を考えているんだろう。窓を開けて風を通す。篭っていた空気が流れ出した。新しい家に吹く、新しい風だ。うん、いい感じ。
「復縁要請?」
 ようやく出た台詞がそれか。もうちょっとマシな言葉もあっただろうに、賢い頭はどこへ行ったのだ。思い切り溜息をついても良かったのだが、余りにも真剣な目をしているのでのみこんだ。覚悟を決めている側と違って、受け止める側にとっては突然の衝撃。俺も喰らったので分かる。きっと頭に浮かんでいるのはなんで? の一つだ。少々の時間と説明は必要なものだと思う。
「そういう風に表現したいなら、プロポーズですよ」
「プッ……、先生それは」
「今までの関係は終わりって言ったでしょ。なら新しい関係を作りましょう」
「恋人がダメだったから夫婦なの? そういうことじゃないんだよ」
 分かってる。俺といることで眠れなくなるほどのストレスを感じていたのだ。名前だけ変えたって結果は同じ、うまくいくとは思わない。変える必要があるのは言葉ではなく形だ。
「二人になるのはやめましょう。一人でいい」
「意味が分からない」
「一緒にいるのは楽しいし幸せだし、多分それが普通です。でも俺達には当てはまらない。無理に押し込めようとするから歪みが出るんだ。ぴったり側にいて、すべてを理解し合おうなんて考えないで下さい。二人になろうとするのはやめて、一人と一人として一緒にいましょう。俺はあなたのことが好きです。あなたも俺のことを愛してるんでしょう?」
 ね? と尋ねれば素直に頷く。気持ちは一緒なのだ。何よりも優先すべき所はそこで、見ないふりをしようとしても不可能なのはもう分かった。考えなければいけないのは、別れでも我慢でもなくて一緒にいる為に必要なこと。何年もぐるぐると回って、少しは理解できたと思っている。

 俺達に必要なのは、距離だ。恋人として一緒にいる時間だけでなく、忍として一人で生きてきた彼が自分を認める為の距離がいる。いらないと捨ててしまうのは、彼の過去を否定するのと変わらない。声を上げる自分自身と向き合う時間は大切で、奪えば彼自身を壊してしまう。恋人を抱きしめて眠りに落ちるのも、寝息が障って眠れないと苦しむのも彼だ。どちらかに合わせるのではなく、両方を認めてその時に相応しい道を選べば良い。
「俺達が一緒にいる為には距離が必要なんです。心の、とかいう曖昧なものじゃなくて、多分物理的な距離が」
「一緒にいる為に離れるの? 意味が分からない」
「俺の所へ来てください。苦しくなったらいなくなって構わない」
 理解できないようで、眉間の皺は深いままだ。険しい表情でピシリとやられた。
「それは出入り自由な同居人だね。寝てもいいって言うなら、セフレと違わない」
「今までとは違う証に、約束をしましょう」
「どんな」
「俺はあなただけを、あなたは俺だけを」
「そんなこと今更言わなくたって」
「どうして? 俺達はただのセフレだったでしょう。いつ関係をやめても、他の誰かと寝たって文句は言えなかった。ただ、信じてた。お互いの気持ちを信じてただけです」
 目を背けるのも黙り込むのもやめにしたい。本当は、なんで言わなかったんだって殴りたかった。彼の苦しみに気づかなかった自分を蹴飛ばしたいし、今だって思ってる。でもきっと、この人は教えてくれない。何度だって隠して、自分自身を切り刻んで俺の前から消えてしまうのだ。だから消えなくても良いのだと分かってほしい。どんな自分を見つけても、ちゃんと俺の元へ帰ってきてほしいのだ。少しずつでも教えてくれたらもっと良い。それには時間がかかるかもしれないけど。
「カカシさんが、今までの関係は終わりって言いました」
「うん」
「新しい形を作りましょう。無理のない、一緒にいられる形を。自分の中の何かが疼き出したら、押さえ込まないでちゃんと向き合ってください。あなたの部屋はここにあるし、俺はここにいます。それを覚えていて」
「ここで暮らして一緒に寝て、辛くなったら出て行っていいの? それって勝手すぎるでしょ」
「ちゃんと条件があります」
「あなただけ? そんなの当たり前でしょ」
 何を言ってるんだと眉を吊り上げる顔が、嬉しくて堪らない。どうしていなくなったのか、何を考えているか分からないと長い間悩んでいた。愛していると言った言葉に嘘はなく、彼の中で俺だけ、というのは当たり前のことなのだ。多分、ずっと前から。本人は気づいていないけれど、結構な愛の告白だ。

 素直にうんと言えないのは、また同じ状況になることを恐れているのだろう。でも、彼自身が変わりつつあると言っていた。辛い時間を乗り越えた新しい世界で、変化があるかもしれない。正直、少しそれを期待している。何も変化がなくとも、約束があれば構わない。どちらにしても、以前のように苦しむことはないはずだ。世界がこんなに明るくて気持ち良い風が吹いているのだから、身を任せてみたい。またなんで? って思ったら、その時はちゃんとぶつけるし。
「好きなんだから一緒にいたいです。大丈夫な時は、めいっぱい俺の側にいて恋人してくれること」
「……」
「あともう一個」
 部屋の隅に転がしてあった寝袋を取り上げる。はい、と胸元に押し付けると不思議そうに見つめていた。頭の周りにたくさんのはてなマークが飛んでいる。
「引っ越しでへたってる布団、処分しちゃったんですよ。自分の布団は自分で用意してください。それまでは寝袋貸してあげます」
「俺、これで寝るの?」
「家の中だから夜営よかマシですよ。この家にある布団は一つだけです。……入ってくるのは自由」
 キョトンとした目がふわりと撓んだ。
「じゃあまずは、ウッキーくんと写真立てを持ってこようかな」
「あとイチャパラ」
「イチャパラはここにあります。持ってくるのはイチャバイ」
「さすが」
 うんうんと頷いて噴き出した。笑う俺を見てカカシさんも笑う。こうして一緒に笑えればそれでいい。普通の形になれないからと、自分を責めるのは終わりだ。俺も彼も、いい加減悩みすぎた。悩むなら、俺達の新しい形の為に。もう一度一緒にいられる為に悩む。
「寝袋があるって上等な方ですよね。しかもこれ結構いいやつだ」
 ぽんぽんと叩きながら中身を確かめている。何気なく言った言葉が、カカシさんを象るカカシさんの過去。これだけで、彼の中に齟齬が生まれても不思議じゃないと分かる。そこを慣らして、均してゆきながら一緒にいよう。
 風通しも良いし、見晴らしも良い。新しく始めるには十分な場所だ。本当に自分の布団を持ち込んでくるかは分からない。この部屋に主が出来るかもまだ未定。だけどまあ、まずはここから。
2021/08/29(日) 17:00 ヒトリ COMMENT(0)
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