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 いつにない行動の理由はすぐに分かった。尤も気づいたのは彼が里を発った後だったので、何も聞くことは出来なかったけれど。諦めたはずの温もりは苦しいほど優しく、幸せだった時間が蘇った。先生は納得できなくとも俺の我が儘を叶えてくれたらしい。しっかり抱きしめて眠ったはずなのに、目覚めた時腕の中は空っぽだった。冷たい空間に覚えた失望感は二度と味わいたくない。何故甘えてしまったのだと後悔が滲む。資格がないのは俺の方だというのに、近づきすぎると期待してしまう。また苦しむのだと分かりきっているのに。 





 新しい世界は新しい光と共に。平和というのはこんなにキラキラしていたものかと、時折眩しくなる。解放された人々の笑い声は里中に響き渡り、暗い悲しみを乗り越えてゆく糧となった。きっと俺達も変わらなければいけない。だらだらと先延ばしにしていた関係は、ここでけじめをつけるべきだ。新しい時代には新しい人生が。先生の隣にも新しい人が立つだろう。かといって、このままさよならはしたくない。先生が会いにきてくれたように、今度は俺が踏み出す番だった。何も言わずに逃げたのに、黙って受け止めてくれた人をこれ以上裏切れない。忙しい中なんとか時間を捻出してアカデミーの門で待伏せる。もう一度だけ俺との時間をと、日の沈む校舎を見つめた。

 先生をリビングへ通してビールを取りに行った。缶を掴んで戻るとベストを脱いだ先生が髪紐を外そうとしている。
「待って。今日は違うから」
「でも家でしょう?」
「うん。二人きりで話したかったの。座って」
 首を捻りつつも大人しく座ってくれた。暗い校庭で向かい合った先生は微妙な顔をしていたので、誤解されたのは分かっている。俺達の間では門で待伏せること自体に意味があり、自分から最後かと聞いておいて、少し落ち着いた途端誘いにきたのかと失望したのだろう。それでも家に来てほしかった。はいとビールを渡して軽く乾杯する。
「アカデミーはどうですか」
「再開に向けて大忙しですよ。やっぱり環境が変わってしまった子もいますから、授業の準備だけというわけにはいきません。アカデミーの中と外をバタバタ走り回ってます。カカシさんは? 六代目に就任されるんですよね」
「まあね。もう逃げられないと思う。ナルトにしっかり繋げるよ」
「そうですか」
 嬉しそうに崩れる顔が胸をいっぱいにする。誰よりも近くで見ることを許されていたのに、今はテーブルを挟んだ距離がせいぜいだ。何より大切だと思っていたものを自ら壊した。苦い思いをビールと一緒に流し込む。この苦さはきっと一生消えない。
「先生、今までありがとう」
「何です急に」
「もうやめよう」
「……立場も変わりますしね」
「そうじゃないでしょ。このまま続けても二人とも苦しくなっていくだけだよ。みんな新しい生活を始めようとしてる。あなたの周りもどんどん変わってゆくのに、一人だけ同じ場所にいるの? 先が見えない関係なんだから、良い機会だと思う」
「確かに、未来という言葉は合わないですね」
「色々あってね、吹っ切れたこともあるのよ。俺の中も少しずつ変わってゆくと思うから」
 自らを苛んでいた部分に赦しを与えても良いのかもしれない。少なくとも、今までのように振り返るばかりではいないだろう。後に続く者の為にも、これからは前を向かなければ。それは俺だけでなく先生も同じなのだから分かってくれるはず。
「もう一本ください」
「うん」
「変わるあなたの中に、俺はいらないんだ。……元々捨てられてたんだから一緒か」
 バカだよなあと言いながら缶を開ける。違うよと言うのは簡単だが、それだけでは多分足りない。違うなんてことは先生にも良く分かっていて、それでもこぼしてしまう未練がある。一度戻った関係を違う形へと引っ張ったのは彼の方だ。資格と交換に得た場所を捨てろと言うのなら、俺も何かを差し出さなければ。このまま別れれば、絶対に交わらない場所で終わってしまう。俺にとって先生が大切なのは変わらない。二人の関係が変化してもそこだけは同じだった。この人を愛している。

「イルカ先生は明るくて太陽みたいな人。真っ直ぐで優しくてすっぽり包み込んでくれる」
「誰ですかそれ」
「そう思ってたの。先生は? 俺のことどう思ってた?」
「格好良くて腕が立つ里の誉。忍の中の忍」
「実際は?」
「結構甘ったれ。わりと繊細。ちょっと口うるさい。でも恋人には極上に甘い人」
「……幸せだった?」
「びっくりする位」
 確かに幸せだった。初めて出来た愛する人に夢中で、毎日が飛ぶように過ぎていった。ずっとこの人を離さない、一生側にいるんだと勝手に決めていたけれど、そううまくはいかず苦しんだ。今は想像していた所とはかなり遠い場所にいる。その分気持ちは穏やかだ。
「俺も一緒。人を好きになったのは初めてで、舞い上がるほど幸せでしたよ。ずっと一緒にいるんだと思って、あなたの部屋に転がり込んだ」
「マーキングしまくりでしたね」
「そう?」
「怒られないように少しずつ、荷物を運んできたでしょう。縄張り主張しすぎ」
 目を合わせて笑う。許されたのが嬉しくて、着替えや本に写真立て、ウッキーくんまで運び込んだ。あの時は、また持ち出す日が来るなんて思わなかった。落とし穴は、随分意外な所にあったのだ。
「俺ね、寝るのが下手なんです」
「寝るに上手い下手ってあるんですか」
「目を閉じてすぐ眠れる人もいるでしょう。先生はそのタイプだね。俺は無理。眠りが訪れるまでずーっと暗闇の中で目をつむってた。いつもそう」
 暗闇の中は時に鮮やかだ。目の前に散る深紅や光りを跳ね返すクナイ、誰かの顔が浮かぶ時もある。どれもが最後には闇に沈むと分かっているけど。
「でもちゃんと寝てましたよ。俺より早い時だってあったと思うけど」
「あなたがいたからだよ。先生のおかげで安眠っていうのを知ったの」
 人生で一番安らかな夜は、あなたのおかげだった。

 眉間に皺を寄せて頬杖をつく。明後日の方を向いて缶ビールを啜る横顔が不機嫌そうだ。黙ったまま暫く考え込んでいたが、グシャッと空いた缶を握り潰した。天井を見ていた視線がジロリとこちらを睨む。
「分かんねえ。何を言いたいんです? 昔話ならもういい」
「何だろうね?」
「は?」
「俺もよく分かんない。酔ってるのかも」
「嘘でしょ」
 缶ビール一本で酔うもんか。嘘つきめとブツブツ言いながら新しい缶を開けた。テーブルによりかかりながらぐいぐい缶を傾けている。アルコールが作用して、耳触りの良い部分だけ覚えておいてくれないかなんて考えた。まあ無いだろうな。
「疲れたな、と思ったら眠れなくなった。気のせいだと誤魔化してみても、毎日夜中に起きるようでは無理があって。あなたと一緒に眠りについても、そう長く眠っていられなくなった」
 驚いたように体を起こして俺を見る。無様な姿を見せたくないと、隣の部屋で息を殺してやり過ごした。どうしてと彼を悩ませたくなかったのだ。この反応なら気づいていなかったのだろう。それだけでもあの夜は無駄ではなかった。緩んだ口元を見る先生の視線が痛い。
「睡眠不足が続いて調子を崩しました。神経がささくれ立って、些細なことにも苛々が止まらない。あなたの寝息が気になって眠れない夜が続いたら、笑顔まで見られなくなってしまった。だから家を出ました」
 本当は、もっと酷いことを考えていた。今すぐ寝息を止めてやりたい。喉を掻き切ってみれば熱い血が吹き出して、真っ暗な目の前も明るくなるだろう。寝息も止まって一石二鳥。
 すぐに打ち消したけれど、暗闇の中で浮かんだ考えは確かに俺のものだった。隣で眠る恋人を見ながら考えることとは思えない。どうすれば自分の欲求が解消されるのか、それだけを考えておかしくなっていた。
「気づかなかった」
「それでいいんですよ。あなたといるのが苦しくて逃げた。でも眠りにつく為には先生が必要で。どうしようもないなって分かってたのに甘えてました」
 いつまでも甘えてはいられない。踏み出す機会を見失う前に、手を離してしまいたかった。そうでなければまた別の形で苦しみあうだろう。

「もう一回聞いてもいいですか」
「何?」
「俺を好きですか。今も。今の俺も好きですか」
 アパートの前でした質問を繰り返す。あの時は空を見たまま。今は真っ直ぐに目を合わせて。人は変わらないのだなと思う。人には言い難い関係を経た今だって、彼の瞳は変わらない。今も昔も同じ、イルカ先生の瞳だ。彼への答えはいつも決まっている。
「愛してます」
 だけど、側にはいられない。結局、何度体を重ねても朝を迎えることは怖くて出来なかった。また彼を憎むのかと思えば苦しくて、でも離れることも選べない。俺の狡い選択は、先生に歪んだ関係を選ばせた。きちんと最後を決めなければ、先生はいつまでも踏み出せない。甘え続けた俺がその役を負うのだ。
「ありがとう」
 その続きは言わなくても、ちゃんと通じた。





 変化には代償を伴う。里が急速に変化している今、俺達も時間や体力を奪われ続けていた。どれだけ片付けても次から次へと新しい問題が出てくる。里の内外を飛び回り、慣れない会議にも出席して、ひたすら消耗していた。受付やアカデミーも同様らしく、目が回るような忙しさに振り回されるばかり。帰り際にした約束をまだ果たせていない。

 俺の打ち明け話で飲み会は終わり。先生も玄関へ向かったが、ドアノブにかけた手を下ろして振り向いた。
「今までの関係は、終わりですか」
「うん」
「これからは?」
「飲みに誘ったら頷いてほしいな」
 これできっぱり他人ですと言われるのは悲しい。また甘えて勝手なことを言っていると分かってはいるが。
「それはカカシさんの希望ですよね」
「うん」
「俺は、準備が出来たら声をかけます。待っててください」
「……はい」
 暗に釘を刺されてしまった。自分の行いの結果だ、仕方がない。じゃ、と扉を開けた先生がもう一度振り返る。
「ちゃんと休んでくださいね」
 ニッコリと笑った顔に見とれて返事は間に合わなかった。

 ぼんやりと思い出しながら歩いていると、ファイルをたくさん抱えた先生が走ってゆくのが見えた。慌てて追いかけると、段ボールを持った男と立ち話している。タイミングが悪かったなと溜息をついた。話すどころか見かけるのだって久しぶりだというのに、これでは声をかけることも出来ない。段ボールを覗き込んでいた先生が顔を上げる。ぱちっと目が合ってそのままこちらへ走ってきた。
「カカシさん! やっと会えた」
「うん。忙しそうだね」
「めちゃめちゃですよ! 明日空いてます?」
「大丈夫だと思うけど」
「じゃ、夕方家に来てください」
「え」
 忘れないで! と言いながらまた走ってゆく。分かったと叫んだけれど、届いたかは分からない。



 夕方と言われたけれど、思ったよりも早く体が空いた。こんな時間にのんびり歩くのは久しぶりで、まだ日がある内に先生の家へと向かう。先生は準備が出来たら、と言っていた。心の整理がついたら、という意味だろうか。ぐるぐると遠回りをして、また友達という関係に戻るのかもしれない。恋人だった時のような幸せとは違うけれど、あの時も楽しかった。彼が許してくれるのなら、有り難く受け入れよう。
商店街を歩きながら何か土産でも、と考える。昔はよくこうして買い物したなと思い出して、少し胸が痛んだ。里での記憶には、当たり前のように先生がいる。感傷的になりたくないと結局素通りして歩き続けた。

 階段を上り、玄関の扉をノックする。まだ少し早かったせいか、反応がない。仕事中かとも思ったが、一応ノブを回してみたら鍵はかかっていないようで、すんなりと開いた。
「先生? ごめんちょっと早かったけど」
 見慣れぬ景色に言いかけた言葉が止まる。まるで違う部屋の扉を開けてしまったようだ。サンダルを脱いで上がり込む。ぺたぺたと進んでみたが、何もなかった。玄関だけでなく、台所も居間も寝室も、どの部屋を覗いても何もない。古い卓袱台もテレビも、窓にかかっていたカーテンすら無くなっている。がらんとした部屋には、開け放した窓から入る風だけが通りすぎてゆく。風がすべて吹き飛ばしたように、先生の気配すら感じられない。
「先生?」
 応える声は聞こえない。空っぽになった部屋の真ん中で立ち尽くした。
2021/08/29(日) 16:59 ヒトリ COMMENT(0)
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