◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
急ぎ足で進む道を月が照らす。本当は日が沈む前に戻れるはずだった。忍の任務に予定は立たず。分かっているけれど期待してしまうのが人というもの。それは俺だけでは無いはずだ。
ようやく辿り着いたアパートを見上げると、カーテンの隙間から部屋の明かりが漏れている。あれは俺が一番好きな光だ。先生がいると確信すれば足取りはぐっと軽くなり、一気に階段を駆け上った。ドアの前に立ちノックを二回。ばたばたっとドアの奥で音がして、すぐに無音になった。たっぷり十秒おいてからドアが開く。
「おかえりなさい」
「ただいま先生」
ドアを閉め、サンダルを履いたまま狭い玄関で先生を抱き締めた。一瞬硬くなった体からおずおずと背中に手が回される。控えめな手は少し歯痒くて背中をゆっくりと撫でた。手を何度か上下させると、腕の中にいた先生が首を伸ばして天井を見上げた。
「何?どうしたの」
「いえ。カカシさんそのまま」
止めるなと言われたので背中をもう一度撫でる。何かを確かめるように天を仰いでいた首がぽすんと肩口に埋まった。俺はワケが分からないまま手を動かし続ける。
「……うん、おかえりなさい」
「ただいま」
何に納得したのかは分からないが、背中に回っていた手にぐっと抱き寄せられたので喜んで抱き返した。
俺は先生に三回振られている。一回目は冗談だろうと流されて。二回目はごめんなさいと謝られて。三回目、これで最後にするから理由を教えてくれとなりふり構わず体当たりした。嫌いだったら仕方がない。だけどもし少しでもチャンスがあるのならしがみつきたかった。初めて好きになった人をどうしても諦めたくなかったのだ。
「あなただから、ダメです」
他の誰でもない俺だから。
振られる理由としてこれ以上のものは無いだろう。仕方ないと引き下がるしかなく、俺はとにかく何も考えずにすむようひたすら任務に走り回っていた。
油断していたとは言わないが、隙のある状態だったのは否定しない。詰め込んだ任務、諦めたとは口ばかりで四六時中頭を占める恋しい人。体と頭の動きに生まれた微妙なズレは、ほんの些細なミスからチャクラをごっそり奪い取っていった。なんとか里まで帰り着いたものの、大門を潜るなりぶっ倒れ病院へ担ぎこまれる始末。失恋ごときで情けないと暗澹たる思いで横たわる病室に、彼は来た。入り口に立ち尽くす先生に、ベッドから動けない自分がもどかしくて仕方がなかったのを覚えている。
「一度だけ。一度だけ泣いていいですか」
絞り出すような声に何故とは聞けず、ただ動かせる範囲で小さく頷いた。険しかった顔は一瞬で崩れて、すぐに両目から涙の粒が溢れ始めた。ベッドの傍までくるでもなく、握った拳を口に当て、ただ苦しげな嗚咽だけを吐き続ける。
泣いていいかと聞いたのに。目の前で震える本当は泣きたくないのだというような姿に胸が痛んだ。溢れる涙や声を少しでも抑えようと、ひたすら堪える姿がすぐそこにあるのに、俺は背中を擦ってやることも出来ない。可能な限り顔を向け、ベッドの上に横たわって苦しむ先生の姿を見ていた。これが俺達の距離だとハッキリと示されたようで苦しい。あなただからという言葉の意味を、彼は見せに来てくれたのだ。
こうまでハッキリと示されてはもう本当に終わりだと諦めるしかなく、せめてこの姿を焼き付けておこうと瞬きも忘れて見つめ続けた。
しばらくの間鼻を鳴らしていた先生は、ようやく収まり始めた涙をぐいと拳で拭き上げて、大きく息を吐いた。ゆっくりと深呼吸をして、頭を下げる。
「よろしくお願いします」
その響きを信じられなくて、瞬きをする。三回瞬きをして、ようやく出たのはひと言だけ。
「え?」
間抜け面から出た間抜けなひと言は静かな病室に響き渡り、いよいよどうにもならないかと思ったが。
「よろしく、お願いします」
もう一度さっきよりも大きな声で告げた先生が真っ赤な目を綻ばせて笑ったので、今度は俺が泣きそうになった。
一度だけという誓いは守られて、あれ以降先生が泣いたり動揺する姿は見たことがない。帰還が遅れても病院へ担ぎ込まれても、いつも「おかえりなさい」と言ってくれた。涙と共に甘さまで洗い流してしまったのか、先生はちょっとだけ俺に素っ気ない。まるで少しでも崩れたら全部台無しになってしまうと恐れているように、いつだって一定のペースを保っている。
それがただのやせ我慢だと、ドアの奥で響く足音から伝わってくるのだけど。躊躇いがちではあるけれど、それでも絶対に背中へ回される手から分かってしまうのだけど、あえて言わずにおいた。
「明日は休みです?」
「うん。さすがにね。先生はいつも通り?」
「はい」
アカデミー教師と里外へ出る忍では生活がずれることも多くて、少し淋しい。それを表に出さない恋人は時々突きたくなって困る。
「今日は夢を見ないですむかな」
ぽんぽんと枕を叩いていた先生がポツリと呟いた。
「夢?」
「最近、同じような夢を繰り返し見てて。誰かは分からないんですけど、ずーっと俺の背中を撫でてるんです。傷の少し上の辺りを。くり返しくり返し、大丈夫痛くないって言いながら撫でてくれるんですけどね」
「背中痛いの?」
「まさか。痕は残ったけどきっちり治ってますよ。痛みは無いです。だから夢の中でも、痛くないのになあ、なんて不思議に思ってて」
「どんな風に撫でてるの?」
「えーっとこんな風に……」
すでに布団へ入っていた俺と向かい会わせるように横になり腕を背中に回す。ゆっくりと背中を撫でながら、「痛くない大丈夫」と囁いた。
「それは抱き締めてるって感じだよね」
「あーまあ……そうかな?」
「誰?」
「誰かは分からないんですって。ただ、もう痛くないと思ってるのに繰り返し見るから、逆に不安になるっていうか」
「じゃあ今日は俺がいるから大丈夫だ」
「それを期待してます」
にこっと笑うので抱き寄せようと腕に力を込めたら鼻を摘ままれた。
「あなたは超過任務で疲労蓄積、俺は朝からアカデミーです。今日は大人しく寝ましょう」
「せっかく帰ってきたのに」
「おやすみなさい」
さっさと目をつむってしまうのでこちらも口を閉じるしかない。おやすみのキスをして目をつむる。背中に回したままの手のひらからは、トクトクと緩やかな鼓動が伝わってきた。心臓の音に合わせるように優しく背中を撫でる。
「大丈夫、痛くない」
「痛くないですよ」
「うん」
俺がいない間くり返し見る夢は、先生の不安の表われなのかもしれない。一度だけと言った通り、あれ以来涙や弱音を見たことはなかった。だけどひょっとしたら本当は、いつも怯えているのだろうか。手のひらから伝わる鼓動に、夢の中で撫でていたのは背中の奥にある心臓だと感じた。あの夜を思い出して痛む胸を、大丈夫痛くないと宥めているのだ。
きっと一緒にいる限り先生の胸は痛み続ける。せめて俺に預けてくれたらいいのだが、まだ頑なな先生には無理なのだろう。だから夢の中でひとり抱えている。
「夢の中の相手は俺ですよ」
「誰か分からなかったんですけど」
「きっと俺です。そういうことにしておいて」
「まあいいですけど」
「これからは俺だと思ってくださいね」
念押しするようにおでこをくっつける。くすぐったそうに笑いながら頷いてくれたので、今度こそ目を閉じた。
2021/09/19
ようやく辿り着いたアパートを見上げると、カーテンの隙間から部屋の明かりが漏れている。あれは俺が一番好きな光だ。先生がいると確信すれば足取りはぐっと軽くなり、一気に階段を駆け上った。ドアの前に立ちノックを二回。ばたばたっとドアの奥で音がして、すぐに無音になった。たっぷり十秒おいてからドアが開く。
「おかえりなさい」
「ただいま先生」
ドアを閉め、サンダルを履いたまま狭い玄関で先生を抱き締めた。一瞬硬くなった体からおずおずと背中に手が回される。控えめな手は少し歯痒くて背中をゆっくりと撫でた。手を何度か上下させると、腕の中にいた先生が首を伸ばして天井を見上げた。
「何?どうしたの」
「いえ。カカシさんそのまま」
止めるなと言われたので背中をもう一度撫でる。何かを確かめるように天を仰いでいた首がぽすんと肩口に埋まった。俺はワケが分からないまま手を動かし続ける。
「……うん、おかえりなさい」
「ただいま」
何に納得したのかは分からないが、背中に回っていた手にぐっと抱き寄せられたので喜んで抱き返した。
俺は先生に三回振られている。一回目は冗談だろうと流されて。二回目はごめんなさいと謝られて。三回目、これで最後にするから理由を教えてくれとなりふり構わず体当たりした。嫌いだったら仕方がない。だけどもし少しでもチャンスがあるのならしがみつきたかった。初めて好きになった人をどうしても諦めたくなかったのだ。
「あなただから、ダメです」
他の誰でもない俺だから。
振られる理由としてこれ以上のものは無いだろう。仕方ないと引き下がるしかなく、俺はとにかく何も考えずにすむようひたすら任務に走り回っていた。
油断していたとは言わないが、隙のある状態だったのは否定しない。詰め込んだ任務、諦めたとは口ばかりで四六時中頭を占める恋しい人。体と頭の動きに生まれた微妙なズレは、ほんの些細なミスからチャクラをごっそり奪い取っていった。なんとか里まで帰り着いたものの、大門を潜るなりぶっ倒れ病院へ担ぎこまれる始末。失恋ごときで情けないと暗澹たる思いで横たわる病室に、彼は来た。入り口に立ち尽くす先生に、ベッドから動けない自分がもどかしくて仕方がなかったのを覚えている。
「一度だけ。一度だけ泣いていいですか」
絞り出すような声に何故とは聞けず、ただ動かせる範囲で小さく頷いた。険しかった顔は一瞬で崩れて、すぐに両目から涙の粒が溢れ始めた。ベッドの傍までくるでもなく、握った拳を口に当て、ただ苦しげな嗚咽だけを吐き続ける。
泣いていいかと聞いたのに。目の前で震える本当は泣きたくないのだというような姿に胸が痛んだ。溢れる涙や声を少しでも抑えようと、ひたすら堪える姿がすぐそこにあるのに、俺は背中を擦ってやることも出来ない。可能な限り顔を向け、ベッドの上に横たわって苦しむ先生の姿を見ていた。これが俺達の距離だとハッキリと示されたようで苦しい。あなただからという言葉の意味を、彼は見せに来てくれたのだ。
こうまでハッキリと示されてはもう本当に終わりだと諦めるしかなく、せめてこの姿を焼き付けておこうと瞬きも忘れて見つめ続けた。
しばらくの間鼻を鳴らしていた先生は、ようやく収まり始めた涙をぐいと拳で拭き上げて、大きく息を吐いた。ゆっくりと深呼吸をして、頭を下げる。
「よろしくお願いします」
その響きを信じられなくて、瞬きをする。三回瞬きをして、ようやく出たのはひと言だけ。
「え?」
間抜け面から出た間抜けなひと言は静かな病室に響き渡り、いよいよどうにもならないかと思ったが。
「よろしく、お願いします」
もう一度さっきよりも大きな声で告げた先生が真っ赤な目を綻ばせて笑ったので、今度は俺が泣きそうになった。
一度だけという誓いは守られて、あれ以降先生が泣いたり動揺する姿は見たことがない。帰還が遅れても病院へ担ぎ込まれても、いつも「おかえりなさい」と言ってくれた。涙と共に甘さまで洗い流してしまったのか、先生はちょっとだけ俺に素っ気ない。まるで少しでも崩れたら全部台無しになってしまうと恐れているように、いつだって一定のペースを保っている。
それがただのやせ我慢だと、ドアの奥で響く足音から伝わってくるのだけど。躊躇いがちではあるけれど、それでも絶対に背中へ回される手から分かってしまうのだけど、あえて言わずにおいた。
「明日は休みです?」
「うん。さすがにね。先生はいつも通り?」
「はい」
アカデミー教師と里外へ出る忍では生活がずれることも多くて、少し淋しい。それを表に出さない恋人は時々突きたくなって困る。
「今日は夢を見ないですむかな」
ぽんぽんと枕を叩いていた先生がポツリと呟いた。
「夢?」
「最近、同じような夢を繰り返し見てて。誰かは分からないんですけど、ずーっと俺の背中を撫でてるんです。傷の少し上の辺りを。くり返しくり返し、大丈夫痛くないって言いながら撫でてくれるんですけどね」
「背中痛いの?」
「まさか。痕は残ったけどきっちり治ってますよ。痛みは無いです。だから夢の中でも、痛くないのになあ、なんて不思議に思ってて」
「どんな風に撫でてるの?」
「えーっとこんな風に……」
すでに布団へ入っていた俺と向かい会わせるように横になり腕を背中に回す。ゆっくりと背中を撫でながら、「痛くない大丈夫」と囁いた。
「それは抱き締めてるって感じだよね」
「あーまあ……そうかな?」
「誰?」
「誰かは分からないんですって。ただ、もう痛くないと思ってるのに繰り返し見るから、逆に不安になるっていうか」
「じゃあ今日は俺がいるから大丈夫だ」
「それを期待してます」
にこっと笑うので抱き寄せようと腕に力を込めたら鼻を摘ままれた。
「あなたは超過任務で疲労蓄積、俺は朝からアカデミーです。今日は大人しく寝ましょう」
「せっかく帰ってきたのに」
「おやすみなさい」
さっさと目をつむってしまうのでこちらも口を閉じるしかない。おやすみのキスをして目をつむる。背中に回したままの手のひらからは、トクトクと緩やかな鼓動が伝わってきた。心臓の音に合わせるように優しく背中を撫でる。
「大丈夫、痛くない」
「痛くないですよ」
「うん」
俺がいない間くり返し見る夢は、先生の不安の表われなのかもしれない。一度だけと言った通り、あれ以来涙や弱音を見たことはなかった。だけどひょっとしたら本当は、いつも怯えているのだろうか。手のひらから伝わる鼓動に、夢の中で撫でていたのは背中の奥にある心臓だと感じた。あの夜を思い出して痛む胸を、大丈夫痛くないと宥めているのだ。
きっと一緒にいる限り先生の胸は痛み続ける。せめて俺に預けてくれたらいいのだが、まだ頑なな先生には無理なのだろう。だから夢の中でひとり抱えている。
「夢の中の相手は俺ですよ」
「誰か分からなかったんですけど」
「きっと俺です。そういうことにしておいて」
「まあいいですけど」
「これからは俺だと思ってくださいね」
念押しするようにおでこをくっつける。くすぐったそうに笑いながら頷いてくれたので、今度こそ目を閉じた。
2021/09/19
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