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帰還した忍が報告書を提出して、受付が確認。毎日繰り返される日常の一コマが、同じ顔をして別の匂いを漂わせる。きっと誰も気付いていないけれど、確かに香る戸惑いをどうしても嗅ぎつけてしまう。ただの偶然は思った以上に後を引き、そろそろこちらも限界だった。背もたれに体を預け腕を組む。
「悪ぃ、それ取ってくれ」
「ああ」
「ありがと」
「なあ」
「んー?」
書類に目を落としていたイルカが首を曲げる。くるりと回る黒目を見たら何も言えず、その色に安堵の息を吐く。
「何だよ」
「そこ間違ってるぞ」
「えっ?」
慌てるイルカを放置して席を立った。
十年以上の付き合いがあれば、思春期丸被りだ。思い出すだけでむず痒くなるような時間も共有している二人だが、お互いいい年になったというのにまだ独り身同士。何年もそっち方面に縁がなかったイルカが、珍しく違う色を滲ませたのはほんの数ヶ月前だ。俺が居合わせたのはただの偶然だけど、それが良かったのか考えるのはやめている。もう手遅れに近い所まで来てしまったかもしれないから。
狭い里にもイベントというのは存在していて、クリスマスは淋しい者同士集まってやけ酒するのがお約束になっていた。イブの日は残業をせずに居酒屋へ集合というのが俺達の合い言葉。カップルの為に肩代わりなんてしてやるもんかと、その日ばかりはみんなやたらと仕事が早い。俺とイルカも資料室から掻き集めた巻物やら地図やらを抱えて、定時に間に合わせるべく小走りで廊下を移動していた。
「これでラストか?」
「おう。そっちは?」
「報告待ち。あと三十分くらい」
「おっしゃ。ダッシュで片付ける。ギリ一緒に出られるな」
「あ、俺は」
足を緩めたイルカが頬を搔く。はにかんだ笑みを浮かべる顔は、もう何年も見ていないものだった。嬉しさと期待と恥ずかしさの入り混じった胸が締め付けられるような笑顔。この表情は、ひょっとして。
思わず立ち止まった二人の微妙な空気を、甲高い声が掻き消した。
「それじゃダメ!」
「そう?」
「温泉は好きだけど、ちゃんとプレゼントも用意して!クリスマスよ?ちゃあんと渡すものがなきゃ嫌だなー私」
「そっか」
声は曲がり角の向こう、自販機の前から響いてくる。そっと覗いてみるとはたけ上忍がくノ一に詰め寄られている所だった。浮いた話を聞かないのでフリーかと思っていたが、しっかり彼女がいたのか。クリスマスに温泉ってよう分からんセンスだが、彼女が好きならアリかもしれない。
相手の顔を見たいのに二人は奥まった場所へ陣取っていて、こちらからは覗けない位置にいる。そこら辺計算して会ってるならスゴいけど、彼女の声は筒抜けだ。凄腕の上忍でも彼女には敵わないのかと笑いながら振り返って息を飲んだ。同じように覗き見しているイルカから表情が消えている。ぽかりと開いた黒目が何も映していないように感じて、心臓が早鐘を打ち始めた。
「行こう」
ポツリと呟いたイルカが歩き出す。小走りの背中を追いかけるが、焦る喉から出るのは荒い息ばかり。最初の一言は慎重に選ばなければいけない。あの瞳へどう映るかは、きっとそれで決まるのだ。
「イル」
「今日六時だよな?」
「……」
「手伝うわ」
ニッと笑った顔はいつものイルカで、俺は大事な瞬間がすり抜けたのを感じながら全開の笑顔を返した。
途切れた言葉の続きを確かめず、定時ピッタリに立ち上がったイルカを追いかけて酒酒屋へ向かった。飲んで騒いで愚痴って笑って、お開きになるのは日を回る頃。イブが終わったぞーと手を振り合ってそれぞれの家へ帰る。俺とイルカは途中まで同じ道。降り始めた雪が世界から音を消したから、そっと聞いてみた。
「イブは、終わったな?」
「……うん。終わった」
良かったのかと聞く前に、震える肩に気がついた。頭についた雪を払うついでに肩を叩く。ぽん、と揺れる肩に合わせて涙が一粒。上下する喉仏を眺めながら、隣に立って肩を抱いた。
「泣きたきゃ胸を貸してやるけど」
「格好いいな」
「そうだよ。お前が知らなかっただけ。借りるか?タダだぞ」
「持つべきものは友達だな」
ぐしゃっと崩れた頬を涙が幾つも転がり落ちて。顎をくすぐる髪の毛がくすぐったいと思いながら、肩を擦った。
昨日はありがとの一言で俺達は全て流した。イルカが何も言わないのなら、俺も何も聞かない。よくあるちょっとした油断ってやつの一つで終了させるのが、人生ってものだし。ただ、あの表情と涙の理由が、ある一人によるものだというのは分かっていた。数ヶ月経っているというのに、向かい合うたびに刻みつけられた思いがこぼれている。どれだけ隠されても嗅ぎつけてしまうのは、長い付き合いと偶然知り得た事情ゆえ仕方が無い。
イルカには幸せになってほしいと思う。昇華させたいなら付き合うし、風化させたいなら待つ。そうやって意気込んでいたけれど、あっけなくその時は訪れた。
「妊娠、ですか」
「そうなのー。だからこれでしばらくお休み」
「おめでとうございます」
「サンキュ。俺はバリバリ稼ぎたいからよろしくな!」
仲良く連れ立っていったカップルの片割れは、確かにあの時と同じ声をしていた。顔こそ見なかったけど、忍として間違えるわけはない。驚いた顔を横へ向けたら、もっと動揺した瞳が揺れていた。
「イルカ、今の人」
「……悪ぃ、もう上がる」
カウンターを飛び越えた背中を見送って壁の時計を見る。ピッタリ定時を差す針を睨み付ける力は無く、転がったままのペンを摘まんだ。あと一時間違っていたらどうなってたかなんて、考えてもしょうがない。一つ息を吐いて顔を上げる。入り口から入ってきた忍へ笑顔を向けた。
ハッピーエンドが一番だ。晴れやかな笑顔を見てそう思う。縺れたように見えた糸は、するりと解けて何の蟠りもないらしい。結ばれる運命の相手だったからか、縺れた糸の先を決して離さない人がいたからか。どっちだろうなと惚気られて、笑顔を浮かべるしか無かった。痛みを押し殺して取り繕うくらいなら、惚気られるくらいで丁度いい。どうせイルカはいつも分かっていないのだ。俺は笑顔で祝福する。
「良かったな。もう喧嘩するなよ」
「しねえよ。喧嘩以前の問題だったの。ただの誤解ですげえ遠回りした」
「遠回りした分、これから楽しめばいいだろ」
「お前もそう思う?俺もそう思ってた!やっぱり友達だよな」
嬉しそうに笑うイルカへ同じくらいの笑顔を向ける。でもなイルカ、それは誤解だ。
2021/02/28
「悪ぃ、それ取ってくれ」
「ああ」
「ありがと」
「なあ」
「んー?」
書類に目を落としていたイルカが首を曲げる。くるりと回る黒目を見たら何も言えず、その色に安堵の息を吐く。
「何だよ」
「そこ間違ってるぞ」
「えっ?」
慌てるイルカを放置して席を立った。
十年以上の付き合いがあれば、思春期丸被りだ。思い出すだけでむず痒くなるような時間も共有している二人だが、お互いいい年になったというのにまだ独り身同士。何年もそっち方面に縁がなかったイルカが、珍しく違う色を滲ませたのはほんの数ヶ月前だ。俺が居合わせたのはただの偶然だけど、それが良かったのか考えるのはやめている。もう手遅れに近い所まで来てしまったかもしれないから。
狭い里にもイベントというのは存在していて、クリスマスは淋しい者同士集まってやけ酒するのがお約束になっていた。イブの日は残業をせずに居酒屋へ集合というのが俺達の合い言葉。カップルの為に肩代わりなんてしてやるもんかと、その日ばかりはみんなやたらと仕事が早い。俺とイルカも資料室から掻き集めた巻物やら地図やらを抱えて、定時に間に合わせるべく小走りで廊下を移動していた。
「これでラストか?」
「おう。そっちは?」
「報告待ち。あと三十分くらい」
「おっしゃ。ダッシュで片付ける。ギリ一緒に出られるな」
「あ、俺は」
足を緩めたイルカが頬を搔く。はにかんだ笑みを浮かべる顔は、もう何年も見ていないものだった。嬉しさと期待と恥ずかしさの入り混じった胸が締め付けられるような笑顔。この表情は、ひょっとして。
思わず立ち止まった二人の微妙な空気を、甲高い声が掻き消した。
「それじゃダメ!」
「そう?」
「温泉は好きだけど、ちゃんとプレゼントも用意して!クリスマスよ?ちゃあんと渡すものがなきゃ嫌だなー私」
「そっか」
声は曲がり角の向こう、自販機の前から響いてくる。そっと覗いてみるとはたけ上忍がくノ一に詰め寄られている所だった。浮いた話を聞かないのでフリーかと思っていたが、しっかり彼女がいたのか。クリスマスに温泉ってよう分からんセンスだが、彼女が好きならアリかもしれない。
相手の顔を見たいのに二人は奥まった場所へ陣取っていて、こちらからは覗けない位置にいる。そこら辺計算して会ってるならスゴいけど、彼女の声は筒抜けだ。凄腕の上忍でも彼女には敵わないのかと笑いながら振り返って息を飲んだ。同じように覗き見しているイルカから表情が消えている。ぽかりと開いた黒目が何も映していないように感じて、心臓が早鐘を打ち始めた。
「行こう」
ポツリと呟いたイルカが歩き出す。小走りの背中を追いかけるが、焦る喉から出るのは荒い息ばかり。最初の一言は慎重に選ばなければいけない。あの瞳へどう映るかは、きっとそれで決まるのだ。
「イル」
「今日六時だよな?」
「……」
「手伝うわ」
ニッと笑った顔はいつものイルカで、俺は大事な瞬間がすり抜けたのを感じながら全開の笑顔を返した。
途切れた言葉の続きを確かめず、定時ピッタリに立ち上がったイルカを追いかけて酒酒屋へ向かった。飲んで騒いで愚痴って笑って、お開きになるのは日を回る頃。イブが終わったぞーと手を振り合ってそれぞれの家へ帰る。俺とイルカは途中まで同じ道。降り始めた雪が世界から音を消したから、そっと聞いてみた。
「イブは、終わったな?」
「……うん。終わった」
良かったのかと聞く前に、震える肩に気がついた。頭についた雪を払うついでに肩を叩く。ぽん、と揺れる肩に合わせて涙が一粒。上下する喉仏を眺めながら、隣に立って肩を抱いた。
「泣きたきゃ胸を貸してやるけど」
「格好いいな」
「そうだよ。お前が知らなかっただけ。借りるか?タダだぞ」
「持つべきものは友達だな」
ぐしゃっと崩れた頬を涙が幾つも転がり落ちて。顎をくすぐる髪の毛がくすぐったいと思いながら、肩を擦った。
昨日はありがとの一言で俺達は全て流した。イルカが何も言わないのなら、俺も何も聞かない。よくあるちょっとした油断ってやつの一つで終了させるのが、人生ってものだし。ただ、あの表情と涙の理由が、ある一人によるものだというのは分かっていた。数ヶ月経っているというのに、向かい合うたびに刻みつけられた思いがこぼれている。どれだけ隠されても嗅ぎつけてしまうのは、長い付き合いと偶然知り得た事情ゆえ仕方が無い。
イルカには幸せになってほしいと思う。昇華させたいなら付き合うし、風化させたいなら待つ。そうやって意気込んでいたけれど、あっけなくその時は訪れた。
「妊娠、ですか」
「そうなのー。だからこれでしばらくお休み」
「おめでとうございます」
「サンキュ。俺はバリバリ稼ぎたいからよろしくな!」
仲良く連れ立っていったカップルの片割れは、確かにあの時と同じ声をしていた。顔こそ見なかったけど、忍として間違えるわけはない。驚いた顔を横へ向けたら、もっと動揺した瞳が揺れていた。
「イルカ、今の人」
「……悪ぃ、もう上がる」
カウンターを飛び越えた背中を見送って壁の時計を見る。ピッタリ定時を差す針を睨み付ける力は無く、転がったままのペンを摘まんだ。あと一時間違っていたらどうなってたかなんて、考えてもしょうがない。一つ息を吐いて顔を上げる。入り口から入ってきた忍へ笑顔を向けた。
ハッピーエンドが一番だ。晴れやかな笑顔を見てそう思う。縺れたように見えた糸は、するりと解けて何の蟠りもないらしい。結ばれる運命の相手だったからか、縺れた糸の先を決して離さない人がいたからか。どっちだろうなと惚気られて、笑顔を浮かべるしか無かった。痛みを押し殺して取り繕うくらいなら、惚気られるくらいで丁度いい。どうせイルカはいつも分かっていないのだ。俺は笑顔で祝福する。
「良かったな。もう喧嘩するなよ」
「しねえよ。喧嘩以前の問題だったの。ただの誤解ですげえ遠回りした」
「遠回りした分、これから楽しめばいいだろ」
「お前もそう思う?俺もそう思ってた!やっぱり友達だよな」
嬉しそうに笑うイルカへ同じくらいの笑顔を向ける。でもなイルカ、それは誤解だ。
2021/02/28
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