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 陽射しは麗らかで、部屋の中も差し込む光でじゅうぶん明るい。この場に相応しくないと分かっているが、重い盆を持つと気分が暗くなる。
「何か必要なものはございませんか」
「大丈夫です」
「シラギク、水を飲んできてもいいか」
「もちろんです」
「じゃ、行ってくる」
 ドアを開けたまま、カーテンの向こうからビスケが来るのを待った。ゆさりと一度尻尾を揺らして入り口をくぐり抜ける。礼をしてドアをぴっちりと閉めた。
 無言のまま廊下を歩き台所へ向かう。テーブルの前に座っていたオオバさんが待ちきれずに立ち上がる。盆の上に載った皿を見て深く溜息をついた。
「煮麺でもダメだったのね。もうどうしたらいいのかしら」
「ビスケ、シラギク様のご様子は?」
「フツーだよ。食べながら咳き込むとかもナシ。ただ食欲がないみたいだ。あと良く寝てるかな。気がつくと目を閉じてる」
「そうか」
「やっぱりお食事されてないから、体力が続かないんじゃないかしら」
「好きな物や食べたい物、何か聞き出せたか?」
「んー、あんまり興味がないみたい。でも麺が好きみたいだよ。今日はこの何日かで一番嬉しそうな顔してた」
「それでもこんなに残されてしまうのね。綱手様がいらっしゃるのは」
「四日後ですね」
「まだ先じゃない。早めて頂いた方が良いかしら」
「カカシは様子を見ろって言ってたぞ」
「他には」
「しっかり見ててくれってそれだけ」
「そうなの」
「こちらへ移られて一月半くらいです。緊張が解けて、体の疲れがどっと出ているのかもしれません。カカシ様が様子見をと仰るならそれに従うべきでしょう」
「そうねえ」
「何か気づいたらいつでも教えてくれ。些細なことでも構わない。頼むぞ」
「うん」
 後片付けをオオバさんへ任せてビスケとシラギク様の部屋へ戻る。僅かな距離だが足取りは重い。
「なあイルカ。イルカは大丈夫か」
「俺?」
「カカシにイルカのことも見ててねって言われてる。イルカこそ言うことがあるんじゃないの」
「別にないよ」
「本当?」
「ほら着いたぞ。開けて良いか」
「イルカはちゃんと言わなきゃダメだぞ。俺達には鼻と耳と尻尾があるけど、カカシには無いんだから」
「そうする」
「約束だからな」
 まん丸な瞳に見つめられて目を逸らすことができず、困ってしまった。膝をついてそっと手を伸ばす。怒られるかなと思ったが、何も言わなかったのでそのまま抱きしめさせてもらう。ふわふわとした首に顔を埋めた。
「イルカ、約束だぞ」
 返事をした口は毛に埋もれていたので、自分の耳にも何と言ったかよく聞こえなかった。

 シラギク様の体調が思わしくない。少ないながらも毎食きちんと箸をつけてあったのに、手つかずで料理が戻されることが増えた。オオバさんが頭を捻って、温かい物から冷たいものと色々な料理をお出ししてみたのだが、結果は変わらず。ご様子を伺っても大丈夫だと言われ、途方に暮れた俺達はカカシ様に相談した。体の弱い奥方の不調だ。さぞ心配なさると思ったのに、静かに耳を傾ける姿は妙に落ち着いていて胸騒ぎがした。すぐに綱手様をお呼びすることになるか、木ノ葉病院へ入院されることになるのではと構えていたのだが、かえってきたのは様子を見ろの一言だけ。刺激を与えないようにと部屋に重いカーテンを吊し、わざわざ俺をアカデミーから連れてきた。シラギク様のことを大切になさっていると思っていたのにどうしてと、目の前が赤くなる。怒るべきではない、俺達の知らない事情がきっとあるのだと必死に塗りつぶそうとしたが、ぐるぐると腹の底で回り続ける苛立ちが収まらない。険しい顔で口を引き結ぶ俺を、困ったように見る。俺の様子よりもシラギク様に思いを馳せるべきではないのか。口には出さずとも反発はしっかり伝わったらしく、妥協案が出された。心配であるのなら、忍犬をつける。何かあれば伝えにくるから安心しろと。そう言われて一週間経った。以前完食された煮麺を出してもダメ、甘い物ならどうだろうかと果物や菓子を添えてみたが効果はなかった。お出しした時と同じ重さの盆を下げる毎日に焦燥が募る。早くなんとかしなければ手遅れになるのではないか。毎日どれだけ気を揉んでも、カーテンの向こうは見通せず、カカシ様の言う通り大丈夫なのかすら確かめる術がなかった。
俺達の心配をよそにいつもと変わらない姿を見て、心の隅に硬い痼りのようなものが出来た。不信というものはあらゆる要素を取り込んであっという間に大きくなる。善と捉えていたことでさえ、手のひらを返したように悪としか受け取れなくなるのだ。シラギク様の為と理由をつけて、世話役との接触すら制限するのには秘密があるのではないか。様子見にこだわる理由があるのではないか。純粋な懸念がどす黒く色を変えてゆく。心などごく短時間の内に変わってしまう。これ以上不穏な考えに染まる前に、痼りをすぐにでも削ぎ落としたい。あれこれと頭を捻って出てきたのは、どんな時も慰めてくれた俺の好物だった。



 茶碗を持ったままのカカシ様が目を丸くした。ぱちぱちと瞬きをして首を傾げて、自分自身に間違いではなかったかと確かめるように慎重に声を出す。
「ラーメン?」
「はい。今までシラギク様にお出しした中で、煮麺が一番喜んで頂けたんです。ひょっとして麺類がお好きなのではと思いまして」
「確かにねえ。麺類が好きだよあの人は。一楽のラーメンなら食べようとするかも」
「そう思われますか?」
「うん。テウチさんに頼んでみてくれる?」
「はい!」
 そんな気遣いはいらないと突っぱねられるかと思っていた。やはりカカシ様もシラギク様をお気にかけていらっしゃったのだ。ホッとして顔が緩む。麺類が好物だというのも何だか嬉しい。
「嬉しいの?」
「はい?」
「先生ニコニコしてる。最近暗い顔ばかりだったから良かった」
「そんなことは」
「そうだったよ。前にも言ったよね。何かあったらすぐに教えてください。どんな小さなことでも構わないから。ちゃんと教えて」
「……はい」
 うん、と頷いて箸を動かす人に胸がざわつく。それは食事も碌に取ることができない病床の妻へかける言葉ではないのか。どうしてただの部下である俺へ向けているのだろう。萎んだはずの疑念がむくむくと膨らむ。その影で僅かな喜色が見え隠れするのを感じていた。気にかけてもらえて嬉しい。俺もあなたの大切なものに入れてもらえるのかもしれない。会話の中に希望がないか、かけられる言葉から必死で掻き集めている。俺の中の疑念などシラギク様への思いではないのだ。これ以上惨めになりたくないと、カカシ様へ疑念を向けることで必死にやり過ごしているのだと分かっている。大丈夫だというカカシ様よりも、毎日冷蔵庫とにらめっこをするオオバさんよりも、心配そうな顔を浮かべている俺が誰よりも心を痛めているように見えるはずだ。けれどその本心は偽りに満ちている。気遣うふりをして、その思いの向かう先は自分自身と恋する相手だけ。それでもいいじゃないかと見ないふりを出来るのは、体の異変を悟ったからか。自分への言い訳ばかりうまくなって、肝心なことは出せないまま終わるのだろう。その時をほんの少しだけ心待ちにしている自分がいた。





 昼の里は活気が違う。久々に味わう賑わいのある空気を胸いっぱいに吸い込んだ。指の先まで活力が満ちてゆく気がして気持ちいい。自然と口角が上がり、歩けば声をかけてくれる人達も笑っていた。最後に一楽へ行ったのはひと月以上前。暖簾を潜ると飛び込んで来る匂いに「味噌豚骨!」と言いそうになった。ぐっと飲み込んで振り返ったテウチさんに頭を下げる。
「イルカ先生!久しぶりだねえ。忙しかったのかい?」
「ご無沙汰してます。ちょっと時間が取れなかったので。今日はお願いがあって来ました」
「お願い?」
 昼飯の時間帯を越えてちょうど店内には誰もいない。タイミングが良かったと安堵しながらカウンターに座った。シラギク様のご様子とカカシ様の依頼を話すとすぐに頷いてくれ、カウンターの内側へと招かれる。
「俺が作りに行けたらいいんだが、ちょうど夕飯時に入る頃に店を開けるのは難しいなあ。教えるからアヤメのまかない作ってみてくれ。お客が途切れたから休憩しようと思ってたんだよ。材料は同じ、注意点さえ守ってくれたら美味いラーメンを召し上がって頂けるはずだ」
「はい」
 テウチさんと並んで湯気を上げる寸胴の前に立つ。シラギク様に美味しいラーメンをお出ししたい。全てを頭に刻みつけて帰るぞと決意した。



 大鍋にたっぷりのお湯、まな板に刻み葱、チャーシューとメンマは丼の横、丼は熱湯で温めてあるし、小鍋で熱したスープもいい温度だ。一つずつ指さし点検して頷いて、いざ麺を手に取る。ここからはスピードが重要だぞと目を閉じて大きく深呼吸。さあと目を開いた所にいつもの振動を感じた。バタバタと聞こえる足音は真っ直ぐにここへ向かってくる。
「間に合った?」
「カカシ様。どうされたんですか」
「ラーメン出すんでしょ?立ち会いたいなと思って」
「立ち会うって大袈裟な」
「絶対喜ぶのが分かってるもん。見たいでしょそんなの」
「そうですか。お作りしてお持ちしますので、シラギク様とお待ちください」
「うん。待ってるね」
 歪になった麺を置いて別の一玉を手に取った。もう一度、深呼吸。今はラーメン以外のことを考えてはいけない。俺はテウチさんの代理で一楽のラーメンを作るのだ。渾身の一杯を仕上げるべく目を開けた。

 丼の横に碗を一つとレンゲに箸。早く届けようと急く足を慎重に動かしながら、シラギク様の部屋まで歩く。ノックをして開けた扉の向こうは窓から茜色の陽が差していた。温かな部屋にラーメンの湯気が良く似合う。カーテンの間からカカシ様が出てきた。
「お待たせ致しました」
「ありがとう。へーすごいね。本当にテウチさんが作ったみたい」
「匂いも完璧じゃありません?」
「うん。先生スゴイ」
 褒められて照れくさくなり、鼻傷をかいた。自分でもうまく出来た気がする。あとはシラギク様に食べて頂ければ……と思っていたが、想像以上の早さで効果が出た。
「あの、とっても良い匂いがするのですが。それがラーメンですか」
「ごめんごめん。今持って行くね」
 こんな反応は初めてだ。思わず二人で顔を見合わせて微笑みあう。ラーメンの匂いは強烈なようで、シラギク様の胃袋をしっかり刺激してくれたらしい。盆を持ったカカシ様がカーテンの向こうへ消えた。一口でも多く食べて頂きたい。いつもならすぐ退室するところだが、反応が気になって少しだけ留まることにした。碗とレンゲが触れるカチカチと硬質な音がする。
「このままではいけませんの?」
「全部食べられるか分からないでしょ。食欲が出たのはいいことだけどね。まずはこれだけ試してみて」
「…………」
「っくくっ。良かったね」
「…………」
「そんなに慌てなくてもまだあるよ」
「お代わりします」
「はいはい」
「カカシ様は召し上がらないのですか」
「俺はいいよ。これはシラギクの晩ご飯だから」
「でもとても美味しいのに……。あ、半分こいたしましょう」
「嬉しいけど麺をあーん、は厳しいなあ。垂れちゃうし」
「そうですわね」
「何やってるの?」
「はい!」
「なるほど」
「お口を…………。一口ラーメン美味しいですか?」
「うん。ありがと。シラギクも食べて」
「はい!」
「いいお返事だね。くくく」
 楽しそうな声を背に扉を閉めた。やっぱり一楽のラーメンは最高だ。何を出しても手をつけなかったシラギク様が、あれほど夢中になられるとは。良かった、テウチさんにお願いした甲斐があったと頷きながらガス台の前に立つ。さっき握り締めてしまった麺は、もうお出しできない。自分で食べようと湯が沸くのを待った。久々の一楽のラーメンだ。きっとすごく美味しいだろう。シラギク様だって喜んでくださって、カカシ様と半分こして食べている。俺が作った一楽のラーメンを、二人で半分こして食べさせあいながら、笑っている。とても仲睦まじく、たぶん頬を寄せ合って。これ以上ないくらい良い結果になった。シラギク様はお食事する事ができたし、いつも仕事でいないカカシ様が駆けつけてくれた。ご夫婦で一緒にお食事なさるのは初めてかもしれない。その助けとなれたのだ。あの人が楽しそうな笑い声を上げて、愛しい妻と並んでいる。その姿を守る為にここへ来たのだ。望み通り、良かったじゃないか。
 火を止めて、鍋に蓋をした。手のひらを逆さにして麺を落とす。力を入れてしまったので丸く固まっている。これはほぐしたら食べられるのだろうか。せっかく分けてもらった麺を無駄にしたくない。ラップをかけて冷蔵庫へしまった。ちゃんと食べる。美味しく食べられるように考えるから、今は手を離させてくれ。冷蔵庫の扉に額をつけて、少しの間だけだからと謝った。
2021/08/26(木) 02:30 空蝉の帳 COMMENT(0)
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