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 一度事を為してしまえば、後はもう済し崩しだ。俺はシラギク様がお休みになられた後も、台所でカカシ様の帰りを待つようになった。入り口の結界を潜る気配を感じたら、オオバさんが作っておいた食事を温め直す。カカシ様はまっすぐに台所へ向かって俺に声をかけてから、もう眠っているシラギク様の様子を見に寝室へ向かう。戻って来たカカシ様とあれこれ話しながら、茶を飲んでお食事されるのを眺めるのだ。兵糧丸の引き出しは毎日チェックしているが、あれ以来減っていないようでホッとしている。兵糧丸はその名の通り、戦地での栄養源だ。里にいる時に常用する類いのものではない。誰に言われずともよくご存じだと思うので、あえて口にはしなかった。伝わって良かったと思う。
 家と屋敷の往復となってしまった俺の世界。オオバさんから料理を教えてもらうことで違う世界が広がったとも言えるけれど、休みがなく帰宅が深夜となれば緩い隔離をされているも同然だった。夜の食卓は、俺の外界との小さな接点だ。カカシ様がお話しして下さる里の様子、執務室へ顔を出すかつての教え子達、飛び込んでくるアカデミーのトラブルなど、みな懐かしくて心が痛む。ほんの一歩外へ出ればあるはずの世界が遠く、もう手の届かない場所にあるようで切なかった。戻りたくないとは言わないが、戻りたいとも言えない。ほんの数十分。真っ暗な世界で明かりを灯した小さな部屋の中にある、ごく僅かな時間。彼と囲むその時間が温かすぎて、それよりも欲しいものがあるとは思えなくなってしまった。たとえこの部屋の外がどれほど明るくて刺激に満ちているとしても、この時間を捨てられない。この空間と時間の為に、俺は存在しているのだ。カカシ様が語り俺が笑う。その繰り返しさえあれば世界は充分だった。

 あれこれと話題を振って下さるが、突如言い様のない事を投げられる時もある。思い返せばこの人はこういう所があったよなと腑に落ちるのだが、結構時間が開いていたので答えに窮してしまった。そこをなお突いてくるのも以前と同じだ。
「ねえ。先生はいつご飯を食べてるの」
「食べてます」
「だからいつ?」
「シラギク様がお休みになられた後です。大体六時から七時……くらい」
「今何時」
「十時半です」
「食べてから三時間以上経ってるよ。お腹空いてるんじゃない?」
「大丈夫です」
「そうかなあ~。先生ってすっごく食いしん坊だった記憶あるけど?温めてる匂いで腹減った~ちょっと食べても分かんねえよなあ、とかなってるんじゃない」
「なるか!」
 勢い余って大きな声を出してしまった。かーっと熱くなった顔の血の気がざーっと引いていく。しまった。二人きりで飯を囲んでいるとはいえ、相手は当代の火影様だ。無礼にも程がある。
「もっ、申し訳」
「うん、ごめんね。先生はそんなことしない。知ってる」
 ニコニコと笑う顔にわざとだな?と過ぎったが、過ちを繰り返すほど若くない。しゅっと姿勢を正して頭を下げた。頭の上に不機嫌な空気が漂って、ずんとのし掛ってくる。どうやらあちらはまだお若いご様子。
「そういうのいらないなあ。この時間は二人だけのものでしょ。本当は敬語だって必要ないのに。カカシ先生とイルカ先生じゃダメなの?」
「そういうわけには」
「って言うと思うから言わなかった。お互いそんなこと理解する歳になっちゃって、本当ヤだね。……好きなものを好きって言ってそれだけを大事にしたい。どうして許されないのかな。多くは望んでない。たった一つでいいのに」
 ぽとんと落とした言葉を掬うように箸を動かし始める。全て体に戻して、跡形も無く飲み込んでしまおうとしているかのように。
思いを叫ぶとき、大声を出せば伝わるのだろうか。涙を流しながら全身を熱くして、喉が張り裂けるまで絞り出せば分かるのか。それも一つの方法だと知っている。間違いじゃない。けれど、どうしようもなく抱えきれなくなった重石を取り落としてしまうように溢れる思いもある。小さくて静かで、いっそ穏やかとも言える声に込められた思いは決して少なくないだろう。たった一つしか望まなくても、そのたった一つだけが許されない時もある。どれだけ強い願いで誰も傷つけないとしても、許されない。俺に出来るのは、あなたが大事に包み込んで守っているものを見守ること。歯痒くて心が絞られるように痛いけれど、どうしようもない。それ以外にできることはあるのだろうか。あればいいなという期待を支えにして絞り出す。俺があなたを支える力になる、何かがあるのだとしたら。それを分けてくれるのだとしたら、教えてくれるのはここしかない。
「理解しなかったら、何を」
「……我慢はさせたくない。いつ帰るか分からないのに待てというのは無理でしょう。だからそこに座って。それでいい」
「それじゃ今と変わらないですよ」
「うん」
 この時間が大切だと思うのは、あなたと同じだというように瞳が笑う。信じさせてくれる瞳に胸が苦しくなった。
膝の上の拳をぐっと握る。たとえ視界が滲んでも、あなたの前でその欠片を零すことは許されない。微笑みを返して笑いあうことが、この時間を守る唯一の術だと理解している。俺だけでなくカカシ様の方が良く分かっているのだろう。だから瞳の奥の揺らぎには気づかないふりをして、出来ることを示してくれるのだ。この時間はこの形のまま。今以上の意味も価値も、もたせてはいけない。たった一つを守る為の、理解だ。





 窓から午後の陽射しが降り注いでいる。カーテンの向こうもきっと明るいだろう。気鬱な話にならないといいなと思い、せめて部屋が光に溢れていて良かったと安堵する。
「綱手様がいらっしゃいました」
「調子はどうだい?」
「今日は明るくてとても気分が良いです。お昼もたくさん頂きました」
「それは良かった」
 カーテンへと近付く二人を見て部屋を出た。診察にはどのくらいかかるのだろう。お二人のお茶を用意するために台所へ歩き出した。

 オオバさんの何がすごいって、ふろふき大根から焼き魚、蒸し鶏にクリームコロッケまで何でもござれなだけでなく、つやつやと光るぷりっぷりの白玉まで作れてしまうことだ。茹でたてに砂糖をかけたら最高なのよと言われて味見させてもらったが、白玉の概念が変わるほどの衝撃。美味い。めちゃくちゃ美味い。白玉というのは、ぜんざいに浮かべたりきなこをまぶさなくても、単体だけで恐るべき潜在能力を秘めていたのだ。食感九割、味はその他に頼ってるもんなあなんて見くびっていた俺は相当の愚か者。熱々の白玉と砂糖。この組み合わせは無敵だ。
「あのね、心配しなくてもその餡子も充分に美味しいから。美味しい白玉小豆になってるから大丈夫よ」
「それは分かります。分かりますが、それはそれなんですよ」
「うみのさんって甘い物好きだったのね。知らなかったわー」
「この白玉が凄すぎるんですよ。白玉革命」
「お前は何を熱く語っとるんだ」
 腕組みをした綱手様が呆れたように見下ろしているが、お分かりではない。このボウルに浮かぶ白玉が、氷水に己の熱を消滅させてしまうあはれをお感じになられないのは非常に残念だ。シンクで冷やされていた白玉がボウルごと運ばれていく。シンクの縁に両手をついたまま、くっと喉をつまらせた。
「簡単だから明日も作るわよ。それでいい?」
「教えてください……」
「はいはい明日ね。綱手様とシズネさんにお茶淹れて差し上げてくださいな」
「はい」
 湧かしておいたやかんから湯を湯飲みに注ぐ。少し冷めてきていい案配だ。急須に茶葉を入れて湯飲みからゆっくりと湯を注ぎ、充分に開くのを待つ。その間にオオバさんがガラスの器に盛った白玉小豆を出していた。つやつやと光る白玉の横にてらてらと光る小豆。あれも美味そうだ。
「うみのさんの分ね」
 オオバさんは本当に優しい。俺の心をよく分かってくれる人だ。
「イルカ、涎たらすなよ」
「しませんよ」
 いくら何でもそこまでは。最後の一滴まで湯飲みに注ぎきり、茶を運ぶ。四人でちょっとしたお茶の時間だ。いただきますと手を合わせて、プリプリの白玉にトロリと溢れる餡子をたっぷり乗せた。口に入れるとむちむちとした歯ごたえに、ややねっとりとした甘さの餡子が絡んでもう。
「オオバさん……」
「はいはいありがと。お代わりあるわよ」
 キラリと光るスプーンでもう一つ白玉を掬った。氷水の中で待つ仲間はぜひとも俺に救出させてもらいたい。
「食べ過ぎて出っ腹を晒すなよ。遠慮なく押してやる」
「今白玉をお代わりしたくらいじゃ出ませんよ。……晒すって何ですか?」
「お前の健康診断だよ」
「俺の?シラギク様の診察にいらっしゃったのではないのですか」
「そちらもですが、イルカ先生の体調管理もカカシ様からお願いされているんです。食べ終わったらしますね」
「俺ばっちり健康ですよ。ずっと屋敷の中にいるからちょっと鈍ってるかもしれませんが、調子の悪いところは無いです」
「鈍ってるって?具体的に」
「ええー」
「恨めしそうに白玉を見るな。食べながら考えていい」
「ありがとうございます」
 遠慮無くパクッと口に入れて考える。食事も美味しく食べているし特に問題のある所はない。わざわざ綱手様に診て頂くほどの不調など思い当たらないのだが。
アカデミー教師だった時は、外地へ出なくとも子ども達の相手や実習を通して忍として動く機会があった。正直今の生活は、忍としての動きが鈍っていないかと不安になることもある。普通に過ごしている分には影響なくとも、組手をしたら分かるかもしれない。かといってこんな所で暴れ回るわけにもいかないし、仕事を理由に鍛錬を怠っている自分にも問題があるだろう。
「うみのさんあれは?最近すごく眠たいって言ってなかったかしら」
「あー」
「不眠なのか」
「逆です。夜家に帰ってぐっすり眠ってるのになんかすごく眠たいんですよね。たいして動いてもいないのに何でだろうって」
「ここ全然忙しくないし、お昼寝タイムを作ろうかしらって言ってたくらいです」
「二人で冗談言ってただけですよ」
「分かっとる」
 腕組みをした綱手様がじろりと睨む。全身を探られているようで落ち着かない。居心地が悪くて尻がもぞもぞしてしまった。肩を落とす俺の皿にオオバさんが白玉を追加してくれる。そーっとスプーンを持ち上げて食べた。やっぱり美味い。
「食べたら診察だ」
「大丈夫ですよ」
「それは私が決める」
「はい」
 大人しく頷いてもう一つ白玉を口に入れた。
2021/08/26(木) 02:24 空蝉の帳 COMMENT(0)
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