◆各種設定ごった煮注意

解説があるものは先にご確認ください
 分厚いカーテンの向こう側。決して見通せないあちらから、ほんの少し衣擦れの音がする。わざわざ起き上がってくださったのだなと思うと申し訳ない。こちらのことは気にしないでくださいと言ってあるのだが、真摯な方なのだろう。申し訳ないと思いつつ、やはり嬉しいと思ってしまう。自分が使える主が尊敬できる相手だというのは幸せなことだ。たとえその仕事が本来とは遠くかけ離れていようとも。
「今日は全部召し上がられたのですね。良かったです」
「はい。とても美味しかったです。いつも残してしまって申し訳ありません」
「謝られることなどないですよ。お口に合いそうなものがあったら何でも仰ってください。出来る限り用意致しますので」
「ありがとうございます」
「何かご所望の品はございますか?お持ちします」
「そうですね……いえ、ありません」
「本当ですか?遠慮なさらずに」
「……あの、では、胃薬を。あればで良いのですが……頂けたら助かります」
「お加減が?」
「いえ、その……お、……美味しかったので食べ過ぎました……すみません」
「煎じてきますね」
「ありがとうございます」
 空になった丼の乗った盆を持ち頭を下げる。部屋を出て扉を閉めた瞬間、堪えきれず笑いが漏れた。本当にお可愛らしい方だ。すぐに薬湯をお持ちしよう。台所へ向かい盆を置き、大きな薬棚を開ける。
「白朮と茯苓、半夏に……大棗も入れるか」
 土瓶に水と取り出した生薬を入れて火にかける。煎じている間に下げてきた丼を洗った。シラギク様の夜は早い。里が夕陽に包まれる頃には一日が終わる。お休みになられる前に薬湯をお持ちしなければ。じりじりとした思いで土瓶を見つめながら、まだ陽が落ちませんようにと願った。



 結界が身震いするように軽く揺れるのを感じた。日誌を閉じて机の上を片付ける。魚の煮付けが入った鍋に火をつけて冷蔵庫を開けた。お浸しと漬物を並べ、その横に茄子の入った冷やしにゅうめんの椀を置く。葱を切っていると大きな溜息を吐きながらカカシ様が入ってきた。
「ただいま~」
「お疲れ様です」
「本当に疲れた。もうお腹ぺこぺこ。今日は魚?」
「はい。もう温まりますが」
「ん。じゃちょっと顔見てくるね」
 ひらりと後ろ手に手を振ってシラギク様の部屋へと向かう。戻ってくるのを待つ間に最後の仕上げをして食卓を整えた。後はご飯をよそうだけだ。椅子に座ってぼんやりと足音が聞こえるのを待つ。線が細いと聞いていた通り、シラギク様はほとんどをベッドの上で過ごされているようだった。まだ火影に就任して数ヶ月、忙しさの極みの中にあるカカシ様がシラギク様の起きていらっしゃる時間に戻れることはほとんどない。新婚だというのに妻の寝顔ばかりを見つめているのは、どんなお気持ちなのだろうか。せめてもう少しご夫婦の時間を取れないだろうかと、毎日そればかり考えている。
世界を巻き込んだ大戦が終わり、つかの間の平和が訪れた。里の為に戦場を駆けてきた人はようやく休めるはずだったのに、里の長となり以前と変わらぬ忙しさだ。せめて愛する人との時間をと願って結婚したのだろうに、これでは余計に辛いだけなのではと、関係のない俺までがやるせない。それを一切見せない姿にもまた心が苦しくなるのだ。無力な自分と無欲な人に溜息が出そうになる頃、足音が聞こえる。自分に出来るのは温かい食卓を用意するだけだと立ち上がった。

「これ美味しい。けど、変わった料理だね?」
「冷やしにゅうめんです。シラギク様の夕食に素麺をお出ししたので」
「その残り?」
「違いますよ!シラギク様には温かくして召し上がって頂きました。でもカカシ様は」
「様禁止」
「……カカシさんはもっと喉越しを良くした方が食べやすいんじゃないかなって。毎日お疲れですし」
「うん、つるつるっと入っていいね。今日はさー、冷や汗かくことばっかりだったから、冷たい麺が美味しいよ。ありがとね先生」
「いえ」
「……これは業務外なんだから、やらなくていいんだよ?俺の世話まで任務には入ってなかったでしょ」
「俺がやりたくてやってるだけですから。気にしないでください」
「うん。……ありがとう」
 疲れ切った体で座る一人の食卓が、どれだけ侘しいかは良く知っていた。本来なら新婚の奥様と囲むはずだった場なのだ。少しでも慰められたと思えば嬉しかった。

 仕事自体は夕方には終わるのだが、カカシ様の帰りを待っていると自然と帰宅は日を跨ぐ時間に近くなる。お忙しいのだろうなと思うのと同時に、本当は薄々気づいていた。きっとまだ執務室には仕事が山積みで、帰ってこられる状態になどなかったのではないか。でも自分が帰らなければ俺がいつまでも待っていると分かるから、無理矢理にでも切り上げているのではないかと。負担をかけているのかもしれない。けれどあの人は仕事をしすぎだし、もっと奥方様の傍にいた方がいい。俺がその重石となっているのなら、疎まれたってこのやり方を変えないぞと決めている。誰だって好きな人と一緒にいた方が良いのだ。人の持っている時間は驚くほど短い。気づいたときには全てこぼれ落ちていることだって、世の中にはよくあるのだから。
 灯の落ちた商店街を歩きながら振り返る。暗闇の中にそびえるアカデミーは遠くて、毎日通っていた頃とは別物のように見えた。時間などあっという間に過ぎてしまうのだ。





 カカシさんが六代目火影へと就任し、里は大戦の影を少しずつ薄くしていた頃だった。俺は再開したアカデミーで子ども達を教え、いつも通りの日常という言葉が馴染んできた頃に火影室へと呼び出された。火影直々の任務など中忍では受けることもなく、アカデミーの相談かと思っていたら、いつもの笑顔を消して神妙な顔をしたカカシ様が座っている。空気の違う火影室に、これはただの話ではないと身を引き締めた。どんな任務が振ってくるのかと、緊張に混ざってほんの少しの興奮が顔を出す。すっかりアカデミーの教師として馴染んでいたが、やはり自分も忍なのだという実感。じわりと上がる体温を感じながら全身の神経を尖らせた。
「あなたに特別任務を受けてもらいたい」
「はい」
「火影屋敷で妻の世話役になってください」
「……はい?」
「極秘で結婚しました。明日にでも発表しますが、イルカ先生には彼女の世話役を任命します」
「あの、なぜ俺を。奥方様の世話役ならくノ一の方が良いのでは」
「シラギクは体が弱く、一日のほとんどをベッドの上で過ごしています。ほんの僅かな刺激でもかなりの負担になる。誰よりも信頼する人に彼女を任せたいのです。だから、あなたにお願いしたい」
 険しかった瞳が、僅かに光るのを感じた。瞳に浮かんだ愛情と、籠の鳥となる人への憐れみが入り混じった苦悩。カカシ様に恋人がいたとは知らなかった。きっと里の人間で知っている者などいないだろう。それほどまでに大切にしてきた存在を、誰かに託さなければならない。許されるのならば自分が一日中つきっきりで世話をしたいだろうが、里の長という立場を考えれば不可能だ。今だって机の上には山積みの書類が並んでいる。どうしても手を出せないのならばと、他の誰でもなく俺にその存在を託すと言って下さったのだ。
「謹んで拝命致します」
「良かった。連絡はしておくので、明後日から火影屋敷へ出勤してください。子ども達との挨拶は明日に」
「はい」
「ごめんね。でもあなたにしか頼めない」
「承知致しました」
 ホッと表情を緩めたカカシ様へ笑いかける。教科担当はあるけれど、担任として直接受け持っているクラスはない。タイミングとしては良かったと言えるだろう。俺が任務につくことでカカシ様の気掛かりが減るのならば、これは喜ぶべきだ。安堵したように椅子の背にもたれ掛かる姿を見て間違っていないと確信した。この人はもっと心穏やかに過ごすべきなのだと望む自分がいる。里の仲間として、可愛い子供達の師として、たまに飲みに行く友人としてもそう思う。その力になれるのならば躊躇いなどなかった。火影室を辞して足早にアカデミーへ向かう。猶予は一日。その間に引き継ぎを整えてしまわなければ。
2021/08/26(木) 01:44 空蝉の帳 COMMENT(0)
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