◆各種設定ごった煮注意

解説があるものは先にご確認ください
※イル誕ですが暗いです。そしてハピエンじゃない……。
 カカ誕へ続きます、たぶん。



 机に散らばったプリントをまとめる手が重い。のろのろと掻き集めているのは心情の表れかと嫌になる。
 今日は誕生日。本当なら恋人がいる特別な日になるはずだった。こんな気持ちになるなんて想像もしていなかったのにとため息が出る。
 戸締まりを確認して電気を消した。暗い廊下を抜けて校門を潜ると、里の通りも人気が無い。とうに夕餉の時間も過ぎ、ぽつぽつと明りが灯るのは飲み屋くらいのものだ。賑やかな店内から僅かに響いてくる声が妙に心地好かった。きっとこの距離が、今の自分にとっては休まるのだろう。
 その理由に思い至ってまた心が暗くなる。家路を辿る足が一層重く感じられた。

 

 カカシさんと付き合い始めたのは半年ほど前だ。きっかけも誕生日だったと思い出す。俺では無く、彼のだったけれど。
 あの日は当直として夜の受付に一人で座っていた。そろそろ日を越えるなと誰も来ない部屋で時計を眺めていたら、そっとカカシが入ってきたのだ。
 開いたドアから吹き込む外の空気と、微かに漂う血臭が任務を物語っていた。覆面で大半が隠された顔からも窺える疲労の濃さと報告書が、一方的な思い違いではないと裏付ける。判を押し「お疲れ様でした」とかけた声に僅かな吐息が重なって、珍しいと驚いた。もっと驚いたのは、その後の笑顔。カカシさんはさっきまでの気配を消して、笑いながら言った。
「ああ、ごめんなさい。終わったなと思って」
 そうか、この人は笑うのかと思ったら、もう胸の中に焼き付いていた。

 部下の元担任、教え子の上司という枠から友人へと進めたのは俺の方だった。焼き付いた彼の笑顔は時々胸の中をじりりと焼いたが、絶対に気取られないように気を付けていたつもりだ。尤も彼自身に指摘され、無意味だったことを知ったのだが。
 どうなることかと心臓が止まる思いをしたが、意外なことに付き合おうと言ったのは彼の方だった。顔色を無くす俺に、「あなたといると、なんか居心地が良いから」と言われ強く目を瞑った。そうしないと足の先から一気に駆け上ってきた涙が溢れてしまいそうだったのだ。
「す、好きです」
 不格好な告白は杯の水面を揺らし、含み笑いごとカカシさんに飲み込まれた。どんな顔をして飲んだのかは分からない。ぎゅっと目を瞑るのに必死だったから。ただ「うん」、と言えば良かったのだと気づいたのはかなり後。
 彼の提案の源は、好意であって恋ではない。俺自身も受け入れられた事への驚きがなかなか消えず、おおよそ恋人とは言いがたい時間が長く続いた。まるで初めて付き合う者同士のように、ゆっくりと手探りで時間をかけて少しずつ距離が縮まってゆく。焦れるほどの速度は、逆にお互いの関係を壊すまいとする意思のようで時々胸が疼いた。名ばかりの関係でいることが、却って彼の愛情を感じさせたのだと言ったら愚かだろうか。それでもちゃんと恋人同士となったのだから、最終的には正しかったのだ。
 ずっとこのまま緩やかに添うのだと思っていた道が急に曲がりくねり始めたのは、約ひと月前。大怪我をした彼が、仲間に担がれて帰還してからだった。



 真夜中の病院へ駆けつけると、意外にもカカシさんは元気そうだった。
「包帯でグルグル巻きにされてるけど、致命傷じゃないです。ごめんなさい、驚いた?」
 ヘラリとベッドの上で笑う人に安堵のあまり喚き散らしたのは、今考えても恥ずかしい。彼が自力で歩けぬほどの傷を負ったと聞いて、少々取り乱してしまった。俺を見る彼が嬉しそうに笑うので、余計落ち着かなかったってのもある。から、俺だけのせいじゃない、絶対に。
 本人から心配無しと言われ、ではまた明日来ますねと肩の力を抜いたが、翌日また全身を固くする羽目になる。訪れた病院のベッドはもぬけの殻。どういうことだと飛んで帰った俺を、エプロンをつけた彼が出迎えた。
「ひと月ほど休養を言い渡されました。お家のことは任せてね」
 ばちんとウインクを決められて、肩から鞄がずり落ちた。

 夕飯の肉じゃがをつつきながら聞いた話によると、カカシさんが自ら動けなかったのは、怪我のせいではなかったらしい。経絡系にダメージを与える術を受け、一時的にチャクラを封じられていたのだとか。
「まあ簡単に言うと、経絡系に毒を流し込まれたようなもんでしょうか。治療は受けたんですけどね、完全に抜けないとどう作用するのか分からないので、しばらくフツーにしてろって言われまして」
「チャクラを使うなって感じですか」
「そ。まあ長いお休みをもらったと思いなさいって言われちゃいました。せんせ、明日は何食べたい?」
「……秋刀魚」
「もー!だから好き」
 卓袱台を飛び越えようとするので慌てて止めた。二人ともちょっと浮かれていたのは否定しない。多忙な上忍と内勤の中忍だ。恋人になってからも当然、のんびり休日をなんて時間は取れなかった。一日中二人でいられることにウキウキするのは仕方ないだろう。実際、十日くらいは家の中で笑いが絶えなかった。でも一回目の検査が終わった後、彼の表情は暗くなった。
「念のためって。体を動かすのもダメっておかしくない?」
 眉間に皺を刻み深いため息をつく。チャクラを使えないのならトレーニングだけでもさせてほしいと要求したら、すげなく却下されたらしい。不服そうに茶を啜る姿にこちらの眉も下がる。
 医師の心配も分からなくない。カカシさんは里の看板だ。たとえ微量だとしても、毒が残っているのならどんな影響が出るか分からない以上、許可できないのだろう。正直、見守る側としてはホッとした部分もある。ひと月の休養を言い渡されているにも関わらず、カカシさんからは今にも窓を叩かれるのではないかと構えている気配が漂うのだ。忍だからと言ってしまえばそれまでだが、そこはかとない不安がなかなか消えなかった。
 十日ごとと言われていた検査が三日早くなったのを知ったのは、校門によりかかるカカシさんを見つけた時だ。じっと空を見つめる瞳が、式が飛んでくるのを待っているように見えて動けなかった。自分から検査を受けに行ったのだ。三日も早く。
 1ヶ月一緒にいようと言った。忙しくてなかなかゆっくり過ごせないからこの機会にたっぷり寛ごうと言ったのに、彼の瞳は呼ばれるのを待っている。その資格を得る為に動いたのだと分かってしまった。
「先生」
 俺を見て笑いながら手を振る姿に胸が痛んだ。いつかと同じように胸が焦げる。遠い人を想っていた時と同じ痛みが強く刺さる。
「お迎えですか?」
 張り上げた声が震えていないように祈った。喉の苦しさを誤魔化すように駆け寄った。

「あれがまだマシだなんて思わなかったなあ」
 ぽとんと落とした言葉が拾う者もなく地面に吸い込まれる。どれだけため息を吐いてもただ溶けてゆくだけ。いい加減足の進みを早くしなければ。

 任務に出られず体を動かすことさえ禁じられたカカシさんは、平静を装いながら少しずつ不満を溜めていった。彼が言い出さない以上、こちらから突くわけにもいかず俺も黙ってやり過ごす。確実に溜まる不満はいつか爆発するだろうと思ってはいたが、想像とは別の方向へと噴き出した。彼は俺を溺愛し始めたのだ。
 元々優しい人だった。休養中は任せろとの言葉通り、家の中は全て彼によって整えられていた。ピカピカになった部屋や卓袱台に載りきらないほど並ぶ料理は、閉じ込められた苦しみの足掻きだ。彼自身に自覚があったのかは分からない。でも、満たされない不十分さを感じていたのは確かだろう。それを俺にぶつけてきた。
 俺の好きな料理、俺好みの温度の風呂に入浴剤。夜のベッドの中までも、カカシさんはひたすら俺に尽くした。一日中降り注ぐ大量の睦言。「愛してる」、「大好き」、「可愛い」と言われるごとに不安が増す。笑顔を張りつけて喜びを装ったところで心は急激に冷えていった。甘く囁かれるたびに不安になるのだ。
 きっとこの人は俺を信じていない。チャクラを使えない男を、同じように思い続けることなどないと思っている。
 忍として一流の人だ。幼い頃から戦場を駆けてきた彼にとって、忍であることは切り離せない。何もかも封じられた現状は、俺には想像も及ばない恐怖なのだろう。カカシさんは苦しんで戦っている。
 でも俺は、そういう時に拠り所となるのが大切な人であると思っていた。苦しい時は家族や恋人、友人が支えてくれる。だが彼にとっては、四六時中確かめずにはいられないほど不安なのだ。苦しみを打ち明けることも、やり場の無い苛立ちをぶつけることも出来ない。それなのに、俺を見るたびに自分の状態を突きつけられて。他でも無いこの俺が、彼の不安の種になっている。
 彼にどう声をかければいい?大丈夫ですよと言えば良いのか。忍でないあなたも愛しているから心配するなと言えば、安心させられるのか。
 でも彼は彼であって忍なのだ。彼自身がそう望んでいるし、時が経てば解決するのも分かっている。それなのに、俺が「忍ではない自分を見ろ」と彼の望みを否定する言葉を投げるのか。
 どうすれば良いのか分からない。ただ俺は苦しかった。「好きだ」と言われるたびに、俺を否定されているように感じるのが。以前のように、純粋に嬉しいと笑えなくなったことが。



 一緒に住み始めた頃の倍の時間をかけて家へ辿り着いた。ドアを開ける前に口角を引き上げる。きっと誕生日のご馳走を用意しているだろう。盛大に驚いて喜ばなければ。
「おかえりなさいっ」
 いきなりドアが開いて驚いた。隙間から覗いた顔がいつもと違う。
「入って入って」
「ただいま……。あの、その格好は」
「ごめんね。連絡があって急に任務に出ることになったの」
「え?でも」
「大丈夫!昼過ぎからみっちり検査受けて、オッケーもらったから。体解してたら思ったより時間がかかっちゃって、集合時間ギリギリだよ。ごめんね、俺もう行かなくちゃ」
 狭い玄関に立って額当てを締める彼を眺めた。ベストに口布、腰にはポーチが。体中に溢れていた不満や藻掻きは綺麗に消えて、皆のよく知るはたけカカシが立っている。
「カカシさん、俺、今日誕生日です」
「え?……あっ、急な連絡で、ごめん、俺」
 焦ったように居間を振り向く彼に首を振った。部屋の中は暗く、明りがついているのは玄関だけ。居間の電気は消えているし、何の匂いもしない。言われなくとも分かっている。
「分かってます。これから出立でしょう?プレゼントだけもらっていいですか」
「ご、ごめん、俺何も」
「鍵をください」
「鍵?」
「この家の鍵を。返してください」
「先生、それって」
 笑みを浮かべて手のひらを向ける。自然に頬が緩んだのが答えだ。きっと、これが正しい。
「ごめんね、忘れてたわけじゃないよ。朝は覚えてた!先生には内緒にしといて、帰って来たら驚かせようと」
「鍵は、ポストに入れといてください。ご無事をお祈り致します。さあ、もう行かないと」
 しーっと人差し指を口に当てた。コツコツと窓を叩く音がする。彼を呼ぶ音だ。カカシさんが待っていた物がきた。
「ごめん、帰って来たら!」
 尚も言い募ろうとする人を押し出し、笑って手を振る。閉めたドアに額をつけてゆっくりと深呼吸を繰り返した。
 入念に外の気配を探り笑いを漏らす。ひょっとしたらいるかもなんて、何故思ったのだろう。こんな場所に留まっている訳がない。カカシさんはずっと飛び出したくて堪らなかったのに。
 もういないのだと実感した途端、涙が溢れてきた。胸の内に溜めてきた苦しみを洗い流すように、こらえずに全て吐き出す。
 どれだけ悩もうと分からなかった。あれほど苦しんだというのに、彼は呆気ないほど簡単に昇華して飛び出して行った。自分では救えないと分かっていたけれど、彼のことが好きで。どうにかしたいと藻掻いていたが、こうも突きつけられると諦めるしかないだろうが。
 夢だったと思えばいい。彼の誕生日から、ずっと夢を見ていた。これは時間をかけた自分への誕生日プレゼントだったのだ。だから、誕生日が終わったら返さなきゃいけなかった。それに従っただけのこと。
 胸が痛いけど苦しさは消えて楽になった。何よりじゃないか。
 最後まで彼の思う俺でいられただろうかと考えて、あの言葉を飲み込んで良かったと思った。大丈夫だ。たぶん、大丈夫。
 思い切り鼻を啜って少し笑った。
2022/05/26(木) 20:32 記念日 COMMENT(0)
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