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 一は特別。一等賞、一番星、なんだって一が付けばそれだけでランクが上がるような気持ちになれる。ずっとそう思っていた。毎日接する子ども達もそう思っているので、こんな年になってもやっぱり変わらない。いつの間にか、一等賞よりも誰かの一番になれないかなあなんて風に、願いの方向は変わってしまったが。
 いつか、と願っていたのは自分が冴えない中忍であるという自覚があるから。俺のことを、一番好き!って言ってくれるような人が現れるのはまだまだ遠い未来だと思っていたのに、俺を一番に選んでくれた人がいる。それも里で一番の忍だからビックリだ。彼は意外にも繊細でとても優しく、子ども達から聞いていたイメージとは別人のようだった。
 忍として常にピリピリしているわけでもなく、ただ穏やかに寄り添うように笑ってくれる。付き合って欲しいと言われ、自身の想像とは違うギャップにやられ、何というかもう、彼の一番である自分に舞い上がってしまった。
「あんなすごい人が俺を好きだって!信じられるか?俺も信じられん!」
 里中に響く声で叫びたい思いを堪えれば、浮かぶのは何とも気色悪い笑み。そんな顔に笑いかけてくれて惚れないわけが無かろうか。無理だってばよ。

 すぐに一緒に住むようになり、少ないレパートリーの中から料理を作ったりして、同棲生活を満喫し始めた。カカシさんって普段は顔のほとんどを隠しているから知らなかったんだけど、すっげぇ格好良い。驚いた。マジで。里一番のイケメンって言っても良いと思う。
 さぞかしモテるんでしょうねぇって言ったら、「恋人は先生が初めてです」だって!嘘―!って叫んだ。今回は本当にすごい声が出た。でも嘘じゃなくて本当らしい。
 カカシさんは、恋人が出来るのも一緒に住むのも初めて。俺が全部カカシさんの一番最初。嬉しくって浮かれまくってイベントだ記念日だってやりまくった。七夕まで……?って友達には言われたけど、初めてだって言ってたからいいんだよ。
 カカシさんが経験してない事は全部一緒にやりましょう!って言ったんだ。そしたらあの人は嬉しそうに笑って頷いた。
 今だって毎月のお付き合い記念日を一緒にお祝いしてる。ケーキを食べたり一楽へ行ったり、祝い方はそれぞれだけど、彼が里にいる時は一緒に過ごすと決めているのだ。いつも嬉しそうに笑って楽しんでくれて、カカシさんの笑顔はずっと変わってない。だけど、俺は最近笑うのが辛くなってきた。毎月一番楽しみにしていた日が、ちょっとだけ辛い。



 あっと思ったのは、カカシさんのお誕生日だった。二人で過ごす最初の一大イベントに俺は張り切りまくり。秋刀魚や茄子を買い込んで一生懸命用意した。プレゼントも準備万端、大きな声のおめでとう!は部屋中に響いて。二人で腹が破れるかと思うくらい飲み食いした後、幸せな気持ちのまま卓袱台の横に寝転がって聞いてみた。
「いつもは何をして過ごすんですか?」
「いつも?」
「はい。誕生日は一年で一番重要な日ですから!俺は絶対、一楽でトッピング全載せ大盛りチャーシューメンを食べるって決めてます!カカシさんは?」
「俺は何もないなあ」
「何も?」
「うん」
 思わずむくりと起き上がる。卓袱台に頬杖をしたカカシさんは、起き上がった俺を見て少し口角が上がった。可愛い。
「ご馳走とかお祝いとか」
「大抵任務だし、一人で仕事。里にいる方が珍しいかもしれない。今年は外じゃなくて良かったよ。先生ありがとう」
 良かったと頷いたけれど、その時何かがチクッと刺さった。ちょっとした違和感にムズムズしながらも、カカシさんの誕生日は終わり。次はお月見だなあと思って、壁のカレンダーを眺める。
 暦に合わせてたくさんのイベントを。全部に初めてだと言う人へ、一番最初に一番楽しんでもらいたい。そう思っていた。
 カレンダーを見るたびに、次はああしようこうしようって考えて毎日楽しかった。でも、ふと思う。ひょっとしたらそう思っているのは俺だけなのだろうか。嬉しいと言って笑ってくれるけれど、自分からしようと言われたことは一度も無い。彼は、俺の自己満足に付き合ってくれているだけなのかもしれない。
 一度浮かんだ疑問は腹の奥に居座ってなかなか消えてくれない。内心ではウンザリしていたとしても、優しい人だから言えないのかも。初めて!一番!と浮かれる俺をどう思っているのか。告白したのは向こうだけど、いざ付き合ってみてガッカリしていたらどうしよう。彼は俺を恋人にしたことを後悔しているのでは?
 そう考えると、彼の一番だと浮かれていたのがどれほど愚かなことだろうか、なんて思ったりして。ずっと特別に思ってきた一番ということも、やたらくすんで見える。
俺にとって特別な一は、彼にとっては逆なのかもしれないなあと思った。里で一番の忍は孤高の存在で、誕生日を祝えないくらい忙しく、常に一人だったと言っている。彼にとって一は独りの一。俺みたく始まりの一ではなく孤独の一かもしれない。初めてですか!と浮かれるたび、彼の孤独を抉り込んでいたのか……?
 もう恥ずかしいったら無い。テンションはダダ下がり、いつ愛想を尽かされるかなんてビクビクするし、彼に似合う恋人でいなければ振られるのではと緊張する。だけど約束は破れないので、ちょっと控えめにお祝いは続けたりして、俺はもう支離滅裂だ。

 平常心と唱えつつやり過ごし、いつの間にやらお付き合い記念日は十二回目に。彼と付き合い初めて一年経った。本来なら1周年ですよ!と大騒ぎする所だが、明日が来るのが怖い。キリ良く別れましょうって言われたらどうする?やだなあ明日が来なきゃ良いのになあなんてカレンダーを睨んでいる。
 そろそろカカシさんが風呂から上がってくるはずだ。明日の予定について話しかけられたら何て言おう。何が正解かと頭の中はずーっとぐるぐる回りっぱなし。
「先生」
「はいっ!」
 一流の彼は気配を断つのがお上手。部屋の中で俺の心臓は時々止まる。引きつり笑いを張り付かせ、ゆっくりと振り向いた。
「明日なんだけど」
「はい!どうしましょうか!ぱーっと外で飲むのもいいし、がっつり買い込んで家でもいいですね!」
「それもいいんだけど、全部ナシで」
「え……」
「色々考えてくれてると思うけど、全部キャンセルしていい?」
「……はい」
 やっぱりか。とうとう来たかと股の上で拳を握る。叩きつけるのは一人になってからだ。
「明日は待ち合わせしましょう。受付が終わったら、アカデミーの門で」
「へ?」
「せっかくの一周年でしょう。初めてで一度きりの、最初の一年を過ごしたお祝い。俺があなたを喜ばせたいの」
「俺を?」
「うん。この一年、たくさん考えていっぱい楽しませてくれたでしょう。今度は俺の番ね。先生に教えてもらったから、俺も頑張る」
 えへへと笑う顔を見ながら思いきり頬をつねった。痛い。とても痛い。
「カカシさん~痛いです~」
「あはは。だろうね」
「俺もっと違う想像してました~」
「だろうね」
「え?」
「なんか途中から挙動不審になってたもん。可愛いから黙ってたけど。いつ音を上げるかと思ってたら結構もったね。やっぱり先生も忍だねえ」
「カカシさん~」
 涙目になってずびずびと鼻を啜った。笑いながらティッシュを渡してくれる。嬉しいけどちょっと悔しい。
「これからもよろしくお願いします!」
「それは明日ね」
「カカシさん~」
 一際大きな嘆きが飛び出る。カカシさんは俺の泣き声を聞きながら嬉しそうに笑った。



2021/12/05
2022/02/11(金) 00:16 ワンライ COMMENT(0)
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