◆各種設定ごった煮注意
解説があるものは先にご確認ください
時には放課後の教室で。まだ人の多い職員室や、静まり返った資料室って時もある。何故あなたが?と疑問を抱かせる人は、大きな体をくにゃりと曲げたり、壁にゆったり背を預けたりしていた。理由の一つであろう者に聞いてみたが、返ってきたのはひと言だけ。
「猫みたいなもんだよ」
そうか、と言ったものの釈然としないのは俺だけじゃなかったようで、幾度か似たような場面を見た。誰かしらがイルカに問いを投げかける。不思議な組み合わせについて尋ねられても、イルカはけろっとした顔で繰り返す。
「猫だよ。それだけ」
誰が聞いても答えは同じで、俺達の疑問は解消されない。
子ども達の机で丸付けをするイルカの横で頬杖をつくはたけ上忍。職員室でプリントを作るイルカを眺める木の上のはたけ上忍。資料室で書架の間に潜るイルカと何故か室内から窓の外を眺めるはたけ上忍。
特に最後に至っては視界に入るどころか明後日の方向を見ているというのに、何故いつも一緒にいるのか。作業を手伝うわけでもなく会話もない。何故?と首を捻る周りでは、それぞれが好き勝手なことを言う。
上忍同士で賭けでもやってるんじゃないかとか。イルカが何かしでかして、人目の無い間に懲罰を受けてるんだろうとか。恋ですよ!と叫ぶ者もいたが、恋とはあんなに静かなものだっただろうか。
誰の出す答えもしっくり来ない。だからやっぱり、当事者の答えが合っているのだと思う。
「猫みたいなもんだから」
そうか、と思っていたのでつい声をかけてしまった。資料室の窓枠に取り付いて中を覗き込む姿は、どう考えたってイルカを探していたとしか思えない。キョロキョロと見回したあと気配を探るようにしてじっと静止している姿に、もしかしてと思う。ふたたび動いた首はそれでもと諦めきれない気持ちの表われのようで、心なしか落ちた肩に確信を得る。小さなため息が聞こえたのを頼りに、身を捩った人へ思わず声をかけた。
「休みです!」
「え?」
「イルカ、今日は休みです。熱があるって連絡があって」
「そうなの?」
「はい」
「そっか」
すぐにでも飛び降りるのではないかと思ったのに、ひょいと中へ入ると壁に凭れて腕を組んだ。
「どうぞ。作業中だったんでしょ。続けて」
「あ、はい」
ぺこりと頭を下げて書架に向き直る。本を取り中身を確認して書類に書き込みをし、ファイルに綴じる。いつもと同じ作業を繰り返しながら、そっと壁際を覗き見た。目を瞑り腕を組む姿はよく見たけれど、眉間の皺だけが違う。
見られているわけでも無いのに妙な重圧を感じ、額に浮いた汗を拭った。どうしてはたけ上忍はここに留まっているのだろうか。イルカの傍にいたのだと思っていたが、実際は別の目的があったのかもしれない。そういえばいつも日の当たる場所にいた気がするし、イルカが言っていた「猫」というのはそういう意味なのか?
考えに没頭していたため、不意に聞こえたため息に飛び上がる。
「あ、ごめんね。ビックリさせたか」
「いえっ」
ぶんぶんと首を振る俺を見て笑ってくれた。眉を下げた顔は、先程の顔ともいつもの「猫」とも違っていて、溜めていた疑問を吐き出させるには充分な表情だった。チャンスだ、と思ったのもある。「猫」はいつもイルカといて、俺が話しかけられるのはきっと今しかないとも思ったから。
「お、お聞きしてよろしいでしょうか」
「いいよ、何?」
「はたけ上忍は、何故いつもイルカの近くにいらっしゃるのでしょうか。会話も何も無く、ただ傍にいる理由があるのかと思いまして」
ぱちぱちと瞬きをしたはたけ上忍は、答えを考えるように視線を彷徨わせる。沈黙の中に心臓の音が響いて全身が痛い。
聞くべきではなかった、というか、聞いても良かったのだろうか。イルカとはそれなりでも、はたけ上忍とはほとんど接点など無い。俺は明らかに二人のプライバシーでしかない領域に、どーんとこちらの好奇心をぶつけたわけで、怒られても仕方がないと分かっていた。もうどうしようもないけれど、後悔と緊張でどうにかなりそうだ。
「音が、ね」
「……音ですか」
「あの人が、テストの丸付けをしたり、プリント作ったりする時に、音がするでしょ。ペンのシュッて音とか、文字を書く音とか。書庫だったら本のページを捲る音、巻物を開く音。ファイルにプリントを綴じるとカチッて鳴る。あれとか」
「はあ」
「それが、好きで。あの人の周りにある音が好きだから、いさせてもらってたの」
陽だまりでくつろぐ猫みたいに目を細める。
会話がしたかったわけでも触れたかったわけでもなく、ただイルカの立てる音だけを聞きに傍へ。幸せそうな顔が偽りのない言葉だと証明していた。
でも猫は猫。ただの猫でいるなら、あれ以上イルカに近づくことは出来ないはずだ。この人は、不安げに気配を探る理由や眉間の皺の意味を、分かった方がいい気がする。
はたけ上忍は猫ではないのだから、うかうかしているとあっという間に雲が翳り陽だまりは消えてしまうだろう。イルカの傍の温かい場所は誰かのものになる。それはきっと、本意ではない。イルカにとっても。
「俺も同じ作業をしてたんですが、どうでしたか」
「えっと……、お疲れ様?」
「そういうことじゃなくて……。イルカの咳がどんな音か聞きに行った方がいいと思います」
とんとんと自分の眉間を叩いてみせる。ハッとしたように額に触れ、一度頷いて窓から飛び出していった。あっという間に消えた背中に笑いを堪えながら窓を閉める。
あなたが聞いていたのは恋の音ですよ、なんて言ったらさすがに格好つけすぎか。里の誉とまで言われる人も、ただの男だったらしい。いや、どちらかというと鈍い方か。
弱っているイルカの声はどんな風に響くんだろうと思いながら、プリントをファイルに綴じる。カチッと噛み合う音がした。
2021/10/17
「猫みたいなもんだよ」
そうか、と言ったものの釈然としないのは俺だけじゃなかったようで、幾度か似たような場面を見た。誰かしらがイルカに問いを投げかける。不思議な組み合わせについて尋ねられても、イルカはけろっとした顔で繰り返す。
「猫だよ。それだけ」
誰が聞いても答えは同じで、俺達の疑問は解消されない。
子ども達の机で丸付けをするイルカの横で頬杖をつくはたけ上忍。職員室でプリントを作るイルカを眺める木の上のはたけ上忍。資料室で書架の間に潜るイルカと何故か室内から窓の外を眺めるはたけ上忍。
特に最後に至っては視界に入るどころか明後日の方向を見ているというのに、何故いつも一緒にいるのか。作業を手伝うわけでもなく会話もない。何故?と首を捻る周りでは、それぞれが好き勝手なことを言う。
上忍同士で賭けでもやってるんじゃないかとか。イルカが何かしでかして、人目の無い間に懲罰を受けてるんだろうとか。恋ですよ!と叫ぶ者もいたが、恋とはあんなに静かなものだっただろうか。
誰の出す答えもしっくり来ない。だからやっぱり、当事者の答えが合っているのだと思う。
「猫みたいなもんだから」
そうか、と思っていたのでつい声をかけてしまった。資料室の窓枠に取り付いて中を覗き込む姿は、どう考えたってイルカを探していたとしか思えない。キョロキョロと見回したあと気配を探るようにしてじっと静止している姿に、もしかしてと思う。ふたたび動いた首はそれでもと諦めきれない気持ちの表われのようで、心なしか落ちた肩に確信を得る。小さなため息が聞こえたのを頼りに、身を捩った人へ思わず声をかけた。
「休みです!」
「え?」
「イルカ、今日は休みです。熱があるって連絡があって」
「そうなの?」
「はい」
「そっか」
すぐにでも飛び降りるのではないかと思ったのに、ひょいと中へ入ると壁に凭れて腕を組んだ。
「どうぞ。作業中だったんでしょ。続けて」
「あ、はい」
ぺこりと頭を下げて書架に向き直る。本を取り中身を確認して書類に書き込みをし、ファイルに綴じる。いつもと同じ作業を繰り返しながら、そっと壁際を覗き見た。目を瞑り腕を組む姿はよく見たけれど、眉間の皺だけが違う。
見られているわけでも無いのに妙な重圧を感じ、額に浮いた汗を拭った。どうしてはたけ上忍はここに留まっているのだろうか。イルカの傍にいたのだと思っていたが、実際は別の目的があったのかもしれない。そういえばいつも日の当たる場所にいた気がするし、イルカが言っていた「猫」というのはそういう意味なのか?
考えに没頭していたため、不意に聞こえたため息に飛び上がる。
「あ、ごめんね。ビックリさせたか」
「いえっ」
ぶんぶんと首を振る俺を見て笑ってくれた。眉を下げた顔は、先程の顔ともいつもの「猫」とも違っていて、溜めていた疑問を吐き出させるには充分な表情だった。チャンスだ、と思ったのもある。「猫」はいつもイルカといて、俺が話しかけられるのはきっと今しかないとも思ったから。
「お、お聞きしてよろしいでしょうか」
「いいよ、何?」
「はたけ上忍は、何故いつもイルカの近くにいらっしゃるのでしょうか。会話も何も無く、ただ傍にいる理由があるのかと思いまして」
ぱちぱちと瞬きをしたはたけ上忍は、答えを考えるように視線を彷徨わせる。沈黙の中に心臓の音が響いて全身が痛い。
聞くべきではなかった、というか、聞いても良かったのだろうか。イルカとはそれなりでも、はたけ上忍とはほとんど接点など無い。俺は明らかに二人のプライバシーでしかない領域に、どーんとこちらの好奇心をぶつけたわけで、怒られても仕方がないと分かっていた。もうどうしようもないけれど、後悔と緊張でどうにかなりそうだ。
「音が、ね」
「……音ですか」
「あの人が、テストの丸付けをしたり、プリント作ったりする時に、音がするでしょ。ペンのシュッて音とか、文字を書く音とか。書庫だったら本のページを捲る音、巻物を開く音。ファイルにプリントを綴じるとカチッて鳴る。あれとか」
「はあ」
「それが、好きで。あの人の周りにある音が好きだから、いさせてもらってたの」
陽だまりでくつろぐ猫みたいに目を細める。
会話がしたかったわけでも触れたかったわけでもなく、ただイルカの立てる音だけを聞きに傍へ。幸せそうな顔が偽りのない言葉だと証明していた。
でも猫は猫。ただの猫でいるなら、あれ以上イルカに近づくことは出来ないはずだ。この人は、不安げに気配を探る理由や眉間の皺の意味を、分かった方がいい気がする。
はたけ上忍は猫ではないのだから、うかうかしているとあっという間に雲が翳り陽だまりは消えてしまうだろう。イルカの傍の温かい場所は誰かのものになる。それはきっと、本意ではない。イルカにとっても。
「俺も同じ作業をしてたんですが、どうでしたか」
「えっと……、お疲れ様?」
「そういうことじゃなくて……。イルカの咳がどんな音か聞きに行った方がいいと思います」
とんとんと自分の眉間を叩いてみせる。ハッとしたように額に触れ、一度頷いて窓から飛び出していった。あっという間に消えた背中に笑いを堪えながら窓を閉める。
あなたが聞いていたのは恋の音ですよ、なんて言ったらさすがに格好つけすぎか。里の誉とまで言われる人も、ただの男だったらしい。いや、どちらかというと鈍い方か。
弱っているイルカの声はどんな風に響くんだろうと思いながら、プリントをファイルに綴じる。カチッと噛み合う音がした。
2021/10/17
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