◆各種設定ごった煮注意

解説があるものは先にご確認ください
 ノックの音に顔を上げると、書類を抱えて入ってきたのはイルカ先生だった。お願いしますと渡された書類を確認して判を押す。
「教頭も板についてきたみたいですね」
「全然ですよ。からかうのはやめて下さいカカシ様」
「そっちこそ。様はやめて。ちなみに今シカマルは出てますが」
「ちなみに俺は勤務中です。火影様も同様かと思われますが」
「もーお」
 ドサッと背もたれに寄りかかり椅子を左右に振る。先生の眉がちょっと険しくなった。お仕事中でしょ?と釘を刺された直後だから仕方が無い。そんな顔も俺にとっては怖いどころか可愛い顔だ。んふふと笑いながら椅子を揺らしていると、盛大なため息と一緒に眉間の皺が剥がれ落ちた。ピシッと直立していた先生が腕を組み足を緩ませる。動かしていた椅子を止めて机に身を乗り出した。
「休憩も必要ですからね」
「そうそう。お茶する?」
「そこまでは」
 クスクス笑う顔に、つい手を伸ばしてしまいそうだ。公私のけじめはキッチリと!を信条にしているだけあって、火影室でのイチャイチャは断固拒まれる。ここで手を伸ばしたら、届く前に扉まで下がってしまうだろう。教頭となって間もないこともあり、先生はことさら俺達の関係に気を張っていた。帰還後の受付で飲みに行く約束をしていた頃が嘘のように、互
いの距離を厳格に保っている。それはもう悲しいくらいに。
 今だって二人きりで向かい合うのは何日ぶりだろうか。仕事が忙しく家へ帰る時間が取れないこともしばしば。プライベートはすれ違いばかりで触れ合う機会を逃しているのだから、こんな時くらい大目に見てくれてもいいのになと思う。キスの一つや二つくらい。
「ダメです」
「俺何も言ってない⋯⋯」
「言わなきゃ分からないとでも?」
「そうね、そんな仲じゃないもんねえ」
 首を傾げて見上げればポッと頬が赤くなる。そんな反応して、手を出せって言ってるようなものなのに、まったく困った人だ。うっかりが起きないようにしっかりと手を組んで上に顎も乗せた。組んだ指がギリリと鳴る。我慢我慢。二人きりになれただけでもラッキーなんだからと、恋人が逃げないように尻をしっかりと椅子に張りつける。
 先生は隙の無い笑顔でこちらを見ていたが、ふと伸ばした人差し指で手甲を撫でた。
「え、何? 俺はこんなに頑張ってるのに先生からはいいの?ズルいけどズルいって言わないからもっと遠慮しないで」
「ストップ! 違いますそうじゃないです、すみませんつい」
「つい恋人に触りたくなったんでしょ。手甲じゃなくてもっと直に触っていいよ?何なら口布」
「下ろすなって!」
 ハッとした先生がキュッと口を結ぶ。その口にキスさせてくれたら全部流してもいいんだけどなあと思っているのはお見通しらしい。きっちり一歩下がってしまった。
「今日生徒と外へ出たんですけどね、その時に火影様の話になって」
「俺の?」
「はい。一人引っ込み思案な子がいまして。誰かの影に隠れることが多く、からかわれて悩んでました。自分でも分かっているのにうまくいかなくて、家で相談してたらしいんです。そしたらその子の弟が、お姉ちゃんは火影様と一緒だから強くなるよ!って励ましてくれたって」
 緩く上がった頬と僅かに細められた目に、その子を思いだしているのだろうと分かった。優しい瞳は教頭になっても「みんなのイルカ先生」のまま変わらない。
「火影様はとっても恥ずかしがりやなんだよって言ってたそうです。恥ずかしがりやさんだからお顔を半分隠してるしお手々も隠してるんだよ、ゆいちゃんと一緒だね、だからゆいちゃんも恥ずかしがりやでも強くなるよって慰めてくれたって」
「光栄ですね。俺も恥ずかしがりやだから一緒に頑張ろうって伝えて」
「何言ってるんですか。でもありがとうございます」
「火影ってのはすごいね。そんな風に言われるんだなあ」
「火影になったからじゃないでしょう。あなたはいつだってみんなから慕われていた里の英雄ですよ。あなたの背中を見てきた者は、あなたが知る以上にいるんですから」

 いつも取りこぼしてばかりだったし走ることしか出来なかったけれど、先生から見た俺は違うらしい。頷くことは難しいが少しむず痒くて、いつも曖昧に笑い返してしまう。微妙な反応を見たあとは優しく抱き締めてくれたり手を握ってくれたりするのだが⋯⋯、やっぱり今日はダメみたいだ。
「ねえちょっと散歩に」
「そろそろ休憩はおしまいにしましょうか」
「えー?短いよ」
「ここでちょっとっていうんじゃなくて、後で目一杯の方が良いでしょう?今日は帰ってきてください。待ってますから」
 先生の指があやすように手甲を擽る。薬指の付け根をなぞるように撫でるので、掴まえようとしたが逃げられてしまった。
「待ってますから」
「分かりました。今度どの子か教えて下さいね。もっと恥ずかしがりやもいるんだよーって教えてあげないと」
「誰のことです」
 きょとんと可愛い顔をするのでその顔だと指差してやった。顔の真ん中を指していた指をつーっと垂直に下ろす。止めたのはちょうど心臓の上あたり。ハッとした先生はきゅっとベストの上を押さえた。口を尖らせてぶうぶう言う。
「しょうがないじゃないですか。ズルいですよ。自分は手甲つけてるからって」
「じゃあ堂々と付ける立場になりますか。俺はいつでも0Kですけど」
「え」
 驚いた顔をして俯いてしまった。慌てて立ち上がると見下ろす項がじんわりと赤くなっている。項だけじゃなく耳も真っ赤だ。
「せ、先生」
 何度か呼びかけるとようやく顔が上がった。真っ赤な顔の中で見上げる瞳が潤んでいる。両手はベストの下にある指輪を押さえるように胸に当てられていた。
「⋯⋯休憩延長します⋯⋯」
 手甲を外した左手を彼の両手の上に重ねた。



2021/05/11(お題提出日 2021/04/04)
2021/08/29(日) 02:38 ワンライ COMMENT(0)
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